チョッパーの打った鎮静剤の効果で、サンジは深く眠っている。



「急いだ方がいい。体に負担がかかりすぎる。」
チョッパーは、ルフィにそういった。

ずっと、眠らせていなければならないのなら、間断なく薬を投与しなくてならないし、
その間、当然食事も、排泄も出来ない。

「わかった。」
ルフィは力強く頷く。

「ナミ。」ルフィは、ナミを近くに呼び寄せる。


ナミは、ルフィの側に歩み寄った。
「ルフィ、アジトはわかってる。とりあえず、誘き出すよりもこちらから動いた方が
手っ取り早いわ。いいわよね。」と自分がサンジに替わって作戦を練る役割を
請け負った事を暗に確認する。

「あの男と、ゾロとあんたを連れていくわ。それで充分。」

「じゃあ、ウソップとチョッパーは、サンジの事をしっかり頼む。」
ルフィは、ナミの提案を飲んだ。


ゾロは、ヒュウを肩に担ぎ、ナミとルフィとで彼らのアジトに向かう。

宝のありかの地図を奪われたのだ、きっと、慌てているに違いない。


港から少し歩いた入り江に、差ほど大きくはないが やたらと華美な装飾を施された
ゴーイングメリー号と同じ位の規模の船があった。

「あれがそうよ。あの船は、ギョロギョロの実の男のもともとも持ち物みたい。」
「あとの船は、操られている海賊達の船よ。」

海賊達がゴーイングメリー号を襲っている間、ナミをチョッパーはその船の中にこそ、
なにか鍵があると睨んで、重点的に検索した。

「悪魔の実の能力者」なのだから、その催眠術のような力になにか 種のようなものなど
あるわけはないが、弱みを掴むための何かを探し、長年泥棒をしていたナミの勘で
宝の地図を手に入れたのだった。

ナミの力を持ってしても開かない、鍵付きの大きなトランクが在ったが、大きすぎて
持って出るわけにも行かなかったし、それ一つに時間をかける訳にも行かなかったので、
手を殆どつけずに帰ってきた。

「・・・どうする、キャプテン?」ゾロはルフィに尋ねた。

どうするもなにも、とっくに正面切って殴り込みをかけるつもりになっている。

「正面から行く。」ルフィは短く答える。

ヒュウは相変らず、どんよりとした表情で身動きしない。
彼が何らかの方法で元の戻るなら、サンジも戻れるはずだ。
それを確かめるために、彼をここにつれてきたのだ。

麦わらの一味の戦闘力とよせあつめの人形の集団のそれとは 比べるまでもない。

彼が何人、兵隊を身の回りに置こうとも、簡単に突き崩せる。

念の為、3人はウソップが用意した眼鏡やゴーグルでめを保護する。

「行くぞ。」ルフィは、二人に声をかけ、ギョロギョロの実の男の船に近づいていった。



「おい、ギョロギョロの男!!」
ルフィがへさきに飛び乗り、船の中に向かって叫んだ。
その後ろにゾロが続き、ナミに縄梯子を降ろしてやる。

ガン・クレージーとの駆け引きはナミ抜きではできない。

「・・・・麦わら。お前は海賊の癖に、空き巣もするのか。」
ガンクレージーが姿を現した。

「海賊を玩具にするようなやつに俺のやり方に文句は言わせねえ。」
ルフィはきっぱりと言いきった。

「お前の所の金髪の男はどうした。可愛い人形になっただろう。」と
ふてぶてしく口の端を釣り上げる。

ゾロが刀の鯉口を切った。
ナミがそれをさりげなく制する。
「・・・・もう少し、我慢しなさいよ。」と小声で囁く。

「お宝の地図、返して欲しいでしょう?」二人の緊迫した空気を和らげるように、
ナミがルフィの後ろから指に挟んだ紙をちらつかせた。

「お前が盗んだのか。」ガンクレージーは苦々しげにナミに顔を向けた。

「・・・隠し場所が良くわかったな。」
「あたしは、海賊専門の泥棒を長年やってたからね。匂いでわかるのよ。」

ナミは、そういうと唐突にその紙に火を付けた。

「何をする!!」慌てたのは、ガンクレージーだけだった。

ゾロも、ルフィもナミのその行動に驚きなどしない。

「・・・・ね、紙なんて簡単に燃えるのよ。」ナミは笑った。

そして、もう一つ折りたたんだ紙を取り出した。

「これが本物。びっくりした?」とガン・クレージーを小馬鹿にしたような
薄笑いを浮かべる。

「取引しましょう。うちにとっては、とっても損なんだけど、あんたに取ったら得な事よ。」

ガンクレージーは、即座に答えた。
「金髪人形を元に戻す替わりに、その紙を返す、という事か。」

ナミが頷いた。

ガンクレージーが可笑しそうに笑った。
「人形さえいれば、お宝なんかいくらでも手に入るんだ。そんな紙切れ、いくらでも
燃やせばいい。」

「お前の所の人形を引き取ってやってもいいぞ。そっちじゃ役に立たないだろう。」


「・・・てめえ。」ゾロが低く凄む。
もう限界だ。この卑劣な男の顔を見ているだけで、反吐が出そうだ。

ゾロは、大股でガンクレージーに近づいた。
眼が据わっている。


その怒りを露にしたゾロの表情をガンクレージーは嘲笑う。
「俺を切るのか?俺を切ったら、金髪の人形は3日で発狂するだろうな。」
「それでいいなら、切ればいい。」

刀を抜かず、ガンクレージーの体をゾロは片手で高々と持ち上げた。

無言でいきなり、海に放りこんだ。

能力者なら、溺れて浮き上がってこない。
大人しく取引に応じないのなら、拷問にかける、というわけだ。

ルフィが、水飛沫を上げたほうの水面を覗きこむ。
その当りの海面に向けて
ガンクレージーの体を掴み上げるために、腕をするするっと伸ばした。


ナミもルフィの隣で、同じ場所へと視線を向けた。

そして、声を上げた。
「あいつ、浮かんできたわ!!」

「何?」ゾロも慌てて そこへ駆寄った。

驚いた事に、能力者であるはずのガンクレージーが水面に浮かび上がり、
こちらを怯えた表情で見上げているのと眼があったのだ。

「・・・あいつ、能力者じゃなかったんだ。」ルフィが呟くのと、
ゾロが刀を一振りだけ口に咥え、水に飛び込むのとが殆ど同時だった。


ガンクレージーは、岸に向かって泳いでいく。
ゾロは、その後を追った。

「ルフィ、あたし達は、この船をもう少し探りましょう。昨日、気になる荷物を見つけてあるの。」

船に残ったナミとルフィは、ガンクレージーをゾロに任せることにした。
能力者でないなら、絶対になにか カラクリがあるはずだ。

それを探し出せば、サンジも 海賊達や 海兵達を 元の戻せるのだ。

ナミの泥棒としての「勘」とルフィの動物的、本能的な「勘」とが
例のトランクにこそ その鍵があると二人に告げていた。


ゾロは、泳ぎではガンクレージーに追いつかなかったが、陸に上がった途端、
5分もしないうちに、至近距離にまで追いついた。

全身、殺気を漲らせている様子に、ガンクレージーはさっきまでの
ふてぶてしさなど装っていられなくなったようで、ただ、ただ、醜く
怯えている。

ゾロの獣じみた、冷えた目をみて、ガンクレージーはとうとう腰を抜かしてしまった。
「・・・・た、たすけて・・・いのちばかりはたすけて・・・。」

ゾロの足元に縋りつかんばかりに命乞いをはじめた。

「・・助けてくれ・・・・。」

ゾロは男を見下ろした。

(・・・くだらねえ男だ。)およそ、海賊の船長になどなれる器ではない。

「さあな。俺は交換条件なんて、面倒だ。」とゾロは素っ気無く答えた。

ギョロギョロの実の男は完全に取り乱した。
ゾロが放つ不遜な気配は、あくまで ガン・クレージーを見逃すつもりなど
微塵もなさそうで、ただ、ただ、その圧倒的な力量の差に震えあがるのみだった。

「・・・ど、どんな女でも、お前の思いどおりにしてやるぞ。」

ゾロは、獲物を弄ぶ猛獣のように、ガン・クレージーを嬲る。
「女なんかに、興味はねえ。」

「、こ、恋人はいるだろう、あの女か?どうだ、言いなりになる女にしてやるぞ。」

ゾロは鼻で笑った。
「・・・あの女?ああ、うちの航海士か。冗談じゃねえ。」

馬鹿馬鹿しいやり取りだが、ガン・クレージーの余りの豹変ぶりにゾロは 
可笑しくてつい、余計な事を口走ってしまった。
「・・・元に戻すだけでいいんだよ、言いなりになるあいつなんてゾッとする。」

「・・・元に戻す?・・・恋人って、あの金髪の人形か?」
とガン・クレージーは驚いたようだった。

ゾロは、全く動じない。
「・・・なら、なんだ。」

ゾロの機嫌を損ねたら、命がない。
機嫌をとるつもりか、ゾロに尚もいい募る。

「ああ、あれだけの器量よしなら あんたとお似合いだ。・・・だが、素直で可愛いタイプじゃなさそうだ、どうだ?見逃してくれたら、お前の好きなところだけ残して、
可愛い恋人にしてやるぞ、どうだ?」
と一気に捲くし立てた。

ゾロは、口の端を釣り上げて笑う。
「俺の好きなところを残す?・・・ふん、それが元に戻すって事だ。」

ガン・クレージの首根っこを捕まえ、ゾロは、ルフィとナミの元へ戻っていった。


船につき、さっそく例のトランクを開けさせる。
中から、なにやら色々な薬品が出てきた。

「・・・これは?」とナミが尋ねる。

「催眠がかかりやすくなる揮発性の強い薬品だ。俺が開発した。」と
ガン・クレージーは答えた。
「眼の粘膜から吸収するんだ。」なるほど、だから眼鏡やゴーグルで眼を保護していれば
催眠にかかることがなかったのだ。

「解毒剤は?」
ナミが急かした。とにかく、ヒュウで試して、それからサンジの催眠を解くつもりなのだ。

ガン・クレージーは、粉末の薬をナミに手渡した。
「・・・部下たちにも、飲ませるのか?」と怯えたような眼差しをルフィに向けた。

「当たり前だ。」とルフィは短く答える。

「殺されてしまう」と震えるガン・クレージーに、
「海賊を玩具にしたんだ。罰を受けて当然だろ。」と冷たく言い放つ。



ナミは、ヒュウにその薬を飲ませてみた。

10分ほどしただろうか。

ヒュウの顔に生気が戻ってきた。
そうすると、顔立ちまでが変わったような気さえする。

「・・・ここは?」ヒュウの第一声は自分の居場所を尋ねる言葉だった。

ルフィの説明では、混乱を招くばかりなので、ナミが詳しく説明する。

「・・・じゃあ、俺の仲間はこいつに操られているのか。」
ヒュウは 傍らで顔色をなくして震えているガン・クレージーにきつい
目線を送った。

「こいつは、俺の船の船医だ。・・・・いや、船医だった。」

ヒュウの話では、ガン・クレージーは船医を戦闘で失ったばかりの
ヒュウ達の船に最近、乗船した船医だったという。

「とにかく、お前達には迷惑をかけたようだ。俺の仲間の事はあとでいい。」
「あんたの仲間から、元に戻してやってくれ。」

ナミは、ちゃっかり、ヒュウに礼の約束をとりつけたらしい。
3人は、ひとまず ガンクレージーをヒュウに任せてゴーイングメリー号へ戻った。


近づくと、その気配でサンジは・・・・サンジの体が目を覚ます。
だから、チョッパーもウソップも近づけなかった。

鎖に体を縛られたまま、深く眠りこんでいるサンジが痛々しくて、
二人は少し離れた所からサンジの様子を見ていた。

「・・・鎖が重たそうだな。」ウソップが呟く。

外してやりたいとは思うものの、近づけない。

「外、見てくる。」ウソップの呟きと同じことを考えてはいたが、
どうする事も出来ない辛さから逃げたくて、チョッパーは甲板に出た。

(鎮静剤を打ったけど・・・・。このやり方で良かったのかな・・・)と
ふと自分が施した治療に自信が持てなくなった。

もしかしたら。
もっと他の方法があったかもしれない。

例えば、自分がもっと 心理や催眠についての知識を持っていれば
不必要で、体に負担のかける薬をサンジに投与しなくてすんだ。

(・・・勉強不足だなあ・・・・)と溜息をつく。

憂鬱なチョッパーの鼻腔に 嗅ぎ慣れた仲間の匂いが流れ込んできた。

(帰ってきた!!)チョッパーは、すぐにウソップの元へ走る。

「ウソップ!!帰ってきたよ!!」と飛び跳ねるように。



「・・・困ったな。」ルフィがサンジの前で首を捻った。

近づけば また 暴れ狂うし、かといって遠くから飲ませられない。
ヒュウと違って、意識がないので薬を飲ませるには骨が折れる。

「腕を伸ばせば?」とナミが提案するが、伸ばしたところで不器用な手で、
サンジに薬を飲ませられるという保証はない。

解毒剤は今のところ、余り沢山ないのだ。

ゾロが提案する。
「皆で押さえつけりゃいいだろ。すぐに済む。」

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