いつものように、自分の頭の中だけで考えるので、サンジが一体何を言い出すのか
誰も見当がつかない。

「ぶっ飛ばしたいのは、船長だけか。」
サンジの問いにルフィは頷いた。

それだけいうと、サンジは また、黙ってしまう。
この時に色々考えているのだが、それには余り時間はかからない。

しかし、周りの者はサンジの言葉を待っている。
しばし、少し緊張した空気が周りを支配した。

だが、その空気はサンジの溜息混じりに吐き出した言葉で一変する。

「・・・・だめだ。いい考えが浮かばねえ。」

緊張した空気が軽い落胆と、肩透かしに緩んだ。


とにかく、その日初めてサンジは「ヒュウ」と言う男に食事を食べさせた。
これで、この男は狂暴なコックに情けをかけてもらえるようになったのだ。


その夜、サンジとゾロは皆が寝静まった深夜、キッチンで酒を飲みつつ、
例の相談事をしていた。

「もしも、催眠術だとか、暗示とかの類なら、俺達やチョッパーがどうにかできる事じゃねえからな。厄介だぜ。」サンジは、グラスに注がれたラム酒をちびちびと舐めるように
口に含みながら、目の前のゾロに向かって自分の見解を述べてみる。

「・・・そりゃ、難しいな。力ずくでどうにかなるもんじゃねえ。」
ゾロも真剣な面持ちで、相槌を打つ。


「そこなんだよなあ・・・・。」
ふう、と小さな溜息をついて、サンジが片手で自分の頭を掻いている。

「それより、今回は随分悩んでるんだな。お前が俺に相談するなんて、
珍しいじゃねえか。」とゾロは少し笑いを含んだ声で話しを続ける。

サンジはいつも、自分一人で考えて、それを誰にも言わず、ただ指示だけを与えると言う
謀(はかりごと)のやり方をする。

いちいち、理由を説明するのが面倒なのか、しくじった時、責任を自分一人で負うつもりなのかは定かではないが、サンジを信頼しているからこそ、皆はそのやり方に従うのだ。

ゾロはそんなサンジを誇らしく思うと同時に、まだまだ サンジという人間の懐の
深さを判りかねている自分に気がつく。

要は、得体が知れないところがあるのだ。
時には、誰よりも優しい、と思う時もあるのに、
時には、残酷で、冷血な海賊になる時もある。

どちらも、サンジなのだ。



ただ、サンジが心の中で何を考えているのか、さっぱり判らなくなる時がある。
そういう時こそ、ゾロは更にサンジに注目する。

そして、新しい発見をして、またその部分に強く惹かれる。
ゾロは、今までずっとその繰り返しだったような気がした。

そのサンジが、初めて自分に相談事を持ち掛けて来たのだ。

それがゾロには嬉しかった。

サンジはまだ、メガネをかけている。
ゾロは、そのレンズに移りこんでいる自分の顔と眼があった。

サンジの視線をその後ろから感じる。

サンジは、「・・・探ってみるのが一番いいんだろうが・・・。ミイラ取りがミイラになる可能性もあるだろ?」とゾロの考えている事などまったくお構いなしに話しを続ける。

「自分も催眠術なり、暗示なりにかかっちゃ洒落にならねえもんなア。」と独り言のようにブツブツと呟いている。


「・・・気分転換した方がいいんじゃねえか?」ゾロは上目ずかいにサンジへ
誘いをかけた。

「ああ?」サンジは真剣に相談していたはずが、頭ではそんな事を考えていたのか、と
ゾロの言葉に眉を寄せて、あからさまに拒絶の意を示した。

だが、ゾロは誘った時点で、引っ込むつもりなどない。

「お前、人が真剣に話しをしてるのに、そんな事考えてたのかよ、ケダモノ!!」
と怒り出しながら、椅子から立ち上がりかけた。

この場合、蹴り飛ばしてくるのではなく、キッチンから飛び出すつもりなのだ。

サンジは、ゆっくりとしたペースだったが、ラム酒をさっきから立て続けに
2・3杯は空けていて、ほろ酔い状態だった。

その状態でゾロとやり合っても押さえ込まれるのは目に見えているので、
とりあえず、逃げるつもりらしい。

ゾロは、積み重ねてきた時間からサンジの行動を先読みし、サンジに近づくより先に
ドアに内側から鍵をかけてしまった。

「・・・・っ。」自分の行動を先読みされたのが悔しくて、サンジの顔が
不快そうに歪んでいる。

「・・・すっきりしたら、何かいい考えが浮かぶかも知れねえぜ?」と
ゾロが悪びれることなく、横柄な態度のまま尚もサンジを誘う。

「すっきりするのは、お前だけだろ?俺は無理矢理されるのは嫌なんだよ。」
サンジは、頑として受け入れようとしない。

「お前もすっきりすりゃイイんだろ。」ゾロはサンジの体を捕まえる。

「そんないい方がむかつくっていってんだ!!」自分の体とゾロの体の間の
僅かな隙間に足を折り曲げて挿し入れ、ゾロの鳩尾を蹴り飛ばそうとしたが、
隙間が狭すぎた。

そのままの姿勢でギュウギュウと力任せに抱きしめられる。
「いでででで!!足が折れるだろ、クサレチンコが!!」とゾロを汚い言葉で罵倒するが、
ゾロは、そのまま持ち上げて、ソファにサンジの体を投げこんだ。

サンジの体がスプリングの反動で弾む。
即座にゾロはその体に覆い被さった。

「んっ・・・!!」サンジの口がまた、自分を罵る前にゾロは塞いでしまう。





言葉では「無理矢理されるのは嫌だ。」というものの、唇さえ犯してしまえば、
もう同意の上での行為だとゾロは思っている。

しばらく ゾロの体の下で、抗い、のた打ち回っていたサンジの体が
やがて溶けるように柔らかく 弛緩していく。

ゾロの接吻に酔い始めたのだ。

そして、ゾロもようやく自らの意志を示すように、愛撫を返してきたサンジの接吻に頭の芯を甘く痺れさせられる。


「・・・ランプぐらい、消せよ。」
ゾロの行為が下半身に及ぼうとした時、僅かに乱れた息の中から、
命令口調だが、どこかに薄い甘えを乗せた声音で囁いた。

「・・・ダメだ。このままがいい。」ゾロは手も、口も休ませず、
即座に答えた。

「・・・消してくれ。」
サンジは、いい方を変えた。明るい中での行為は嫌だ。

ゾロの愛撫に溺れ切っている様を見られる羞恥を考えると、どうしても、
明かりを消して欲しかった。

だが、ゾロはその言葉を黙殺し、尚もサンジに快楽を与えるための愛撫の手を止め様としない。

サンジは、体を起こして、テーブルの上のランプを消そうと手を伸ばした。
ゾロは、その手首を掴んで、ソファにサンジを引き戻す。

ゾロは柔らかくサンジの体を抱きしめた。
「消さねえ。・・・今日は、お前の全部を見る。」

「・・・変態。」サンジは、甘いゾロの囁きにだらしなく流されていくのを
拒むように悪態をついた。

「好きなようにいえ。」ゾロは、そんなサンジの無垢な気持をちゃんとわかっている。
だから、その悪態を微笑ましいと思いこそすれ、咎める気にはならない。

ゾロは、ここへ来て、ようやくサンジの顔から眼鏡を外した。

「眼鏡の顔も悪くねえと思ったんだが、・・・お前はやっぱりこのままの顔のほうがいい。」
ゾロは心の中に湧いた気持をそのまま言葉にした。

眼鏡は、床の上に無造作に置かれる。

第6話


ランプに照らされた所為で、二人はいつもよりも明らかに昂ぶった行為に
身も心も満たされた。

汗ばんだサンジの体を胸の乗せたまま、ゾロはサンジの呼吸が整うのを待っている。

「・・・きつかったか。」ゾロは、自分の顔のすぐ側にある、金色の髪を指で梳いた。
「・・・いや。なんともねえ。」体はゾロに甘えるように預けている癖に、
サンジの声も口調もいつもどおりの無愛想なものだった。

「眼鏡・・・?」サンジは、上半身を起こし、自分の顔をつるりと撫でて、
初めて眼鏡がなくなっていることに気がついた。

ゾロも何も考えず、そのあたりに置いたし、まだ頭の芯が溶けたままなので、
一瞬どこへやったか思い出せなかった。

「確か、床に置いたんだが・・・?」とゾロは、
首を捻ってソファに仰向けに寝転んだまま、片手だけを床に這わせて眼鏡の場所を探ってみた。

「ナミさんのお気に入りなんだからな。ちゃんと探せよ。」
サンジは、まだ上気した顔のままなのに、ナミのことをすぐに口にした。

「じゃあ、てめえが探せよ。」ゾロはサンジの無神経さに腹が立った。
行為の後の甘い時間くらい、ゾロに自分を独占させるくらいの思いやりがあっても良さそうなものだ。

行為の最中でさえ、ナミのことを考えているような疑いさえ持ってしまう。

「お前が外して、どっかに置いたんだろ!お前が探せ!!」
もちろん、サンジにそんな器用なことが出きる訳はない。

ゾロに抱かれている間に、別のことを考えられるほど余裕はないし、
むしろ、トリップしてるといってもいい位なのだ。
だから、今ゾロがナミの名前を聞いて いきなり機嫌が悪くなった理由など
全く自覚していないのだ。

「ナミに気に入られるための眼鏡をなんで俺が探さなきゃならねえんだよ。」と
ゾロはいい返して、探すのをやめてしまった。

「・・・くだらねえ事いうんだな。」サンジは口をへの字に曲げたまま、
着衣を身につけ始めた。

ゾロも起き上がり、テーブルの上に投げ捨てていた自分のズボンを取ろうと
立ちあがった。

すると、うっかり足元にあった、眼鏡を蹴っ飛ばしてしまった。

カツン、と小さな音がして眼鏡は床をすべり、シンクにぶつかった。

「あっこのやろ、蹴ることねえだろ!!」それを見て,サンジが早速ゾロを
非難した。

「わざとじゃねえ。」眼鏡になど、もう関心がなくなったといわんばかりの態度で
ゾロはさっさと服を身につける。

サンジは、とりあえずシャツだけを身に着けて眼鏡を拾う。

「・・・なんともなってねえな。」と眼鏡の破損を確かめた。

そう呟くとすぐにそれを顔に戻し、服を身につけた。

「・・・すっきりしたのかよ、大剣豪?」キッチンから二人で男部屋に向かう。
その途中でサンジはゾロをからかった。

「・・・うるせえ。そっちこそ、すっきりしたのか。」
そう答え、即座に隣を歩くサンジの腰を引き寄せ、物陰に誘いこむ。

ゾロは,サンジに押しつけるような接吻をして体を離した。

耳元で甘く 名前を呼び、休む前の挨拶を囁く。

そうすることで,自分もサンジも胸の鼓動が早くなるのだ。

サンジも同じ事をゾロに返して、先に男部屋に入って行く。

ゾロは再び昂ぶってしまった体を 今度は己を鍛える熱に変えて
汗を流してから眠ることにしている。



翌朝。

いつもどおり、ゾロ以外の顔ぶれが揃い、賑やかに朝食をとっていた。

結局、サンジはあれから何の考えも浮かばず、「ヒュウ」は相変らずだ。

ただ、チョッパーが「暗示」なり、「催眠術」なりを解く方法を色々調べているようだった。

それさえ判れば、一気に先へ進めるのだが、田舎島なので資料がないらしく,
余り期待できそうになかった。

その日、ウソップは来る直接対決に向けて、火薬を仕入れに行った。
といっても、買いに行くわけではない。

例の海賊が略奪の限りを尽くしているので、どの商店も碌な品物を置いていない。

なら,どうするのか?

答えは、強奪である。

この島には、海軍の駐屯地がある。
武装した船も、港に無人で放置されている。

もちろん、一人でそんな暴挙はしない。
だが、戦闘員全員で行くほどのことでもなさそうだ。

海軍はなぜか姿を見せていないし、空き巣のように黙って失敬することが
出きることも考えられる。

とりあえず、ゾロが同行する事になった。

ウソップの護衛と荷物持ちである。


海軍の船に用心深く近づこうとするウソップだったが、ゾロは堂々と
身を隠すこともなく、近づいていった。

「ウソップ、誰もいねえみたいだぞ。」
港から甲板を見上げただけで、 人の気配が感じられないことがわかる。

「本当か?」
ゾロの言葉を聞いて,ウソップがようやく 船の側まできた。

ゾロは、持ってきた鉤手付きのロープを頭の上で旋回させ、その船の
横板へ向かって投げた。

確実にひっかっかったことを力を込めて引っ張って確認する。

「縄梯子を降ろすから、そこから来いよ。」ウソップにそういうと,
ゾロはその縄を伝ってするすると甲板へ登って行く。

甲板に出ると、やはり人っ子一人いない。

ゾロはとりあえず,縄梯子を降ろしてから、船内の様子を見て回った。

強奪するべき火薬はすぐに見つかった。

だが、異様なのは どことなく、いきなり何らかの事情で全員がこの船から
降りたようなそんな名残があった。

食べかけの食事の痕跡、半分だけ上げられたマスト。
固定されていない、舵。

弾込めの最中だったのか、床に転がっている銃。

「・・・変だな。」ゾロはその異様な情景の理由こそが鍵だ、と思った。

ウソップが火薬を探し当て、ぞろに「ひきあげよう。」と言って来るまで
少しでも何らかの情報を手に入れようと,ゾロは船内をくまなく歩き回った。

(・・・あいつだったら、どこを見るんだろう・・・?)
サンジの視点ならどんな僅かな手がかりでも見出せるだろうが、
ゾロには,さっきの痕跡以外に判りそうにない。

「ゾロ!!」ウソップの切羽詰まった声が響いた。

(?!)
すぐに厳しい顔つきになり、声のした方へ走っていく。

ウソップが、自分の武器を構え、火薬星で応戦中だった。


黒い上質そうなマントを身に纏い、やけに目の大きな,というよりも
人間離れした大きさの目をギョロつかせた 長身の男の姿がまず、ゾロの目に飛び込んできた。

ゾロは視線を回りに走らせると、総勢20人足らず。
男を守るように取り囲んでいるその男達は、驚いた事に皆 海兵だった。

目の前の「目の玉の男」の外見はどう見ても海賊だ。
なのに、彼が従えているのは全て海兵なのだ。


ゾロは、
「その海賊の船長と目が合った瞬間の記憶から今までの事を全く思い出せない」という
言葉を思い出した。

ウソップに向けて、その男の目に力が篭ったように見えた。

じっと、男はウソップを凝視するが、ウソップに変化はない。

相変らず、上ずった声を上げながらどんどんと「小型」の火薬星を撃ちこんでいる。

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