第9話
サンジとギョロギョロの男との攻防の優劣は 逆転した。
片目に焼けつくような熱さを感じた後、頭が真っ白になった。
サンジの援護をするべく後ろにいたウソップが棒立ちになったサンジの背中を見て、
ハッとした。
海軍の船で出会った海兵と同じ反応だ。
「サンジ!!」
大声で呼びかけ、駆寄った。
サンジの双眸は大きく見開かれ、それこそ 魂を抜かれた様になってしまっている。
ウソップは、サンジの名を大声で何度も呼びながら、肩を掴んで強く揺さぶった。
サンジはなんの抵抗も見せずに、ウソップのされるがままになっている。
ガン・クレージーは、片手でサンジに潰された耳を押さえ、歯が折れたのか、
血だらけの口から 呪詛のように
「・・・・その男を殺せ。」と呟いた。
サンジの体が 一瞬、ひきつけを起したような反応を見せた。
光りを無くした瞳が 揺らぐ。
「その男を殺せ。」
サンジの口が一文字に引き結ばれ、拳が指先が白くなるほど強く握りこまれた。
そして、固く結ばれた口からは、ギリギリと歯をかみ締める音がする。
「サンジ!!」ウソップは、叫ぶようにサンジの名を呼ぶ。
呻くように サンジがウソップへ声を絞り出した。
「・・・に・・・・逃げろ。ウソップ・・・・。」
サンジの顔が苦痛に歪む。
「体が・・・・自由に・・動かねえ・・・。」
もとより、逃げるなど 考えられない。
「バカ野郎、逃げれるわけねえだろ!!」
ウソップは サンジの体から 一旦離れ、すかさず その後ろの男に照準を合わせ、
自分の武器を引き絞った。
「火薬ぼ・・・・・」
サンジが両手を広げて ウソップの前に立ちはだかる。
「し!!」
止めようとしたが止まらなかった。
サンジの上半身で、火薬星が爆音を炸裂する。
「サンジ!!」
火薬星の勢いで後方へ倒れこんだサンジへ、ウソップは体を投げ出すように
駈けよる。
両手が焼ける事など考えず シャツを燃やす炎を 必死で掌で叩き消した。
幸い、座りこんでいた男を狙ったせいで サンジの顔には 黒い煤(すす)が着いただけだった。顔に火傷などはついていない。
だが、サンジは尚も苦しげにウソップに言い続けている。
「逃げろ、ウソップ」とうわ言のように。
「ゾロ、ルフィ、来てくれえ!!」ウソップは、叫んだ。
「殺せ・・・・。」男の呟き、それは、サンジの体を呪縛していた。
「クソ野郎・・・・。」サンジの体が 壊れかけたネジ巻き人形のような
ギクシャクした動きで起きあがった。
「そいつら、全員を殺せ・・・・!!お前の体はそのために有る」
サンジは血が滲むほど唇をかみ締めている。
ガンクレージーは 何度も同じ言葉をささやいた。
何度もそう囁いても、サンジは頑として動かない。
ウソップの悲鳴を聞いたゾロは 少し離れた場所から 自分を阻む無表情の海賊達を
甲板へ沈め、すぐにサンジのもとへと駈け付けた。
サンジが自分の呪縛に完全に飲まれない事を悟ったのか、ガン・クレージーの顔が強張り始めた。
「引き上げるぞ!!」
怒鳴ったその言葉で、彼の「兵隊」達が、一斉に男の元へと集まった。
まるで、壁を作って彼を守る、衛兵の玩具のようだ。
ゾロは、レンズの外れた眼鏡を見て、ウソップの悲鳴の訳を知る。
その瞬間、「ボンッ」と言う音と共に、煙が上がった。
「煙幕で逃げるつもりだ!!」咽ながら、ウソップがゾロに叫ぶ。
その煙りは、酷く粘膜を刺激し、ゾロも、ウソップも目を開けるどころか
息さえ出来ない。
煙りが風に溶けるころ、ゾロとルフィが倒した「兵隊」以外、そこには
なんの姿もなかった。
サンジは、ゆっくりとゾロとウソップを降り返った。
苦悶の表情を浮かべ、そして、その体からは 明らかに殺気を放っている。
その時、ようやく ルフィも駈けつけてきた。
「どうなった?!!」と大声で無邪気に状況を尋ねて来た。
「・・・不味い事になったぞ、ルフィ。」ゾロは低く呟く。
ルフィもサンジのただならぬ様子に、表情を引き締めた。
「・・・みてえだな。」
「ルフィ・・・。頼む、俺を眠らせろ・・・後は、任せる・・・。」
体の自由は奪われたものの、思考は自分の物である。
サンジは、長いリーチを持つルフィに自分の意識を飛ばすほどの
衝撃を与えて欲しいと望んだ。
「・・・判った。」
ルフィは、後ずさった。
「ゴムゴムの〜。」
ルフィが効き手の肩にもう一方の手を添えて、確実にサンジの鳩尾を狙う。
ルフィの腕が伸びると同時に、ゾロがサンジの後へ回りこみ、羽交い締めにする。
その動きが余りにも素早く、自分の体の動きを自ら封じこめようとしている
サンジには反応できなかった。
「ゾロ、お前何やって・・・?」ウソップがゾロのその行動に疑問を投げかけるのと、
「ニギリコブシ!!」とルフィの拳がサンジの鳩尾に食い込むのとが殆ど一緒だった。
サンジとゾロは、ものすごい勢いで後に吹っ飛んでいく。
「く・・・・。」
脱力したサンジの体を抱きとめて、ゾロは体を起こした。
体の自由が効かないのなら、咄嗟にその攻撃を避けようとして、ルフィが狙っていた
鳩尾を外してしまい、そこへ攻撃を受ければ しなくてもいい怪我をしてしまう。
それを防ぐために、ゾロはサンジの体を拘束したのだった。
その1時間後、ナミとチョッパーは 帰ってきた。
事の状況を聞き、チョッパーは眉を曇らせる。
だが、ナミはあえて明るく、自分達の収穫を報告した。
「この島のアジトには めぼしいものが無かったの。でも。」
「いいものを見つけたわ。やつらのお宝が隠してある場所の地図よ。」
ナミは、小さく畳まれた紙を取り出した。
「これでもう一度、おびき寄せるのよ。これを返してやるから、サンジ君を元に戻せって。」
その意見に皆は頷いた。
意識を失ったサンジをとりあえず、男部屋に運びこんだ。
チョッパーが鎮静剤を打つ。
「これでしばらく、目を覚まさないよ。」
だが、目を覚ました時、一体どういう反応を見せるのかはわからないという。
ウソップがすっかり元気をなくしている。
「俺が眼鏡をちゃんと直してやればこんな事にはならなかったのに・・・。」
その言葉にナミが首を振った。
「大丈夫よ。お宝の地図はこっちが握ってるんだもの。どうしたって、元に戻るように
させるんだから、なんの心配もないわ。」とあくまで明るい。
しばらく、目を覚まさない筈だったのに、サンジは周りの気配を感じたのか、いきなり
起き上がった。
一番、ベッドの側にいたチョッパーの体が反対側の壁にめり込むほどの勢いで
蹴り飛ばされる。
チョッパーは、声を上げることさえ出来ず、くたくたとくず折れてしまった。
「チョッパー!!」ウソップが駆寄る。
「サンジ!!」ルフィは大声を上げた。
それは、叱責ではなく、ただ驚いて上げた声だが、サンジはそっちへ向き直った。
まるで、意識がないのに体だけが勝手に動いているようだ。
ルフィの方へ目を向けていても、ルフィを見てはいない。
サンジの瞳には、何も映っていない。
床に手をつき、回転してルフィとの距離を一気に縮める、そして、ルフィの肩口に
両足を叩きつけ、ルフィの頭を足で挟んだ。
そのまま、体を仰け反らせ、再び 床に手をつき、その反動でルフィを
背中から床に叩きつける。
ルフィが起き上がってくるのを待たずに、仰向けに倒れているルフィの
体の上で 遠心力を加えるための回転をしながら 膝を狙って全体重をかけ足を落下させてきた。
ルフィはその足を両掌で受け止め、投げ飛ばした。
サンジも、チョッパーのように壁にめり込む。だが、すぐに立ち上がった。
「ナミ!!ゾロを呼んできてくれ、倉庫から鎖を持って来いって!!」
ルフィは 呆然としているナミに大声で怒鳴った。
ゾロはナミの知らせを聞いて、すぐに飛び込んできた。
だが。
鎖は持っていない。
サンジとルフィが 殺気を漲らせて対峙している。
いや、殺気を放っているのはサンジだけだ。
ルフィは、防戦一方なのに対し、サンジは明らかにルフィの急所を狙っている。
「ゾロ!!なんで、鎖を持って来なかったんだよ!!」
ルフィは、手ぶらのゾロを叱咤する。船長の命令に従わなかったのだ、
ルフィが怒るのも無理はない。
「・・・あいつを鎖で縛るのか、・・・・?」
ゾロの顔が険しくなる。
だが、ルフィの顔は それよりももっと険しかった。
「俺は、皆を守らなきゃならねえ。・・・・サンジも、だ!!」
その横っ面にサンジの蹴りが飛んでくる。
ゾロとの会話に気を取られていたら 大怪我をするだけでは済まない。
サンジの今は、ただの照準を合わせる機械のような役割しか果たさない
瞳がゾロに向けられる。
その時だった。
サンジの体の動きが止まった。
「ウ・・・・・ウ・・・・・」致命傷を負った獣のような呻き声を上げ、
いきなり 床に倒れこんだ。
ルフィは、なんの躊躇もなく、サンジの体を押さえつけた。
「ウ・・・・ウ・・・・・ア・・・・アアア。」
首を仰け反らせて、空を掴むように腕を伸ばしている。
「ゾロ、鎖!!」
ルフィは尚も 鎖をとりに行く気配を見せないゾロを急かした。
「鎖で縛れば正気に戻るのか、そうじゃねえだろ!!」
ゾロが思わずいい返した。
船長の命令に従わなかったことなどない。
心からルフィを信頼し、どんな時でも、その天性の感覚で下される決断を
疑ったり、逆らうようなことはした事など一度もない。
今初めて、ルフィの命令に 不服を唱えた。
それは、感情諭だと自分でも判っていた。
サンジを、自分の手で鎖で縛りつけるなど 今のゾロには出来ない。
「ルフィ、鎖だ!!」
何時の間にか、ウソップが鎖を持ってきていた。
ゾロはそのウソップを 振りかえり、竦みあがるような視線を向けた。
だが、ウソップは怯えながらも 目を逸らさなかった。
「俺らを守るためだけにサンジを縛れ、なんてルフィが言う訳ねえだろ!!」
「頭冷やせよ!!」
そういわれて、ゾロは急に 冷静になった。
サンジはまだ、ルフィの体の下で 狂気地味た暴れ方をしている。
ゾロは、二人に近づいた。
「ルフィ、俺がやる。」
誰かの手で、冷たい鎖にまるで罪人のようにつながれる姿など見たくない。
そんな姿を見るくらいなら、自分が繋いでやりたい、と思った。
ゾロがそういうのを見越したのか、ルフィはその言葉を途中で遮った。
「駄目だ。」
「ゾロは駄目だ。」
ゾロの姿を見て、サンジは攻撃を止めた。
そして、「殺せ」と体が動くのに抗い、その苦痛にのた打ち回っているのだ。
ゾロが近づくことで、サンジの苦しみは一層酷くなる。
そんな気がした。
何故、そう思ったのかは言葉では言い表せない。
それは、ルフィしか持ち得ない、確実な「勘」だった。
そして、それは確かなことだった。
ルフィは、ウソップから鎖を受け取り、サンジの体を拘束した。
「ロープで縛るのは、・・・嫌だったんだ。」
ルフィは、呟いた。
それこそ、罪人のようだ。
鎖なら、そんなにきつく縛らなくても重量そのものが動きを拘束する。
一瞬でも、ルフィの判断を疑った自分をゾロは恥じた。
サンジは尚も 暴れつづける。
サンジの意識はない。
体が勝手に暴れているのだ。
もしも、意識が戻って、自分達が目の前にいればその板ばさみで サンジは
発狂してしまうかもしれない。
そこまで行かなくても、ヒュウのように完全に操られた方が苦痛は少ないはずだ。
それでも、サンジはゾロの姿を見て呪縛から逃れようとした。
ゾロの気配を感じて、攻撃するのを本能的に止めようとしたのだ。
その結果、呼吸さえままならない錯乱状態に陥ってしまった。
チョッパーは、更に鎮静剤を打つ。サンジの体が完全に動かなくるほど、強力な、鎮静剤を。
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