第7話 


ウソップに向けて、その男の目に力が篭ったように見えた。

じっと、男はウソップを凝視するが、ウソップに変化はない。

相変らず、上ずった声を上げながらどんどんと火薬星を撃ちこんでいる。


ウソップの頭を飛び越え、ゾロは海賊達に斬り込んでいった。

「うあっ」いきなり,自分の目の前に現われたゾロに驚いて、咄嗟に攻撃の手を止める。

「急に出てくるなよ!!当っちまうだろ!!」とゴーグルを外して怒鳴った。
その時。

ウソップは頭の中に渦巻きがグルグルと回って,周りの景色がその向こうで
揺らめいた錯覚を感じた。

だが、ゾロの放つ気迫が 妖しい気配を中和したのか、意識を飛ばすことなく,
慌てて咄嗟にゴーグルを掛け直した。

(日射病か・・・?)

ゴーグルを掛けると眩暈は治まった。

その時。

ゾロはウソップ以外の人の気配を感じて振りかえった。

「隊長!!」そこには、まだ若い海兵が立ち竦んでいた。

「本部に連絡している間に、一体これはどういうことです???」
どうやら、この海兵は通信係かなにかなのだろう、この部隊の人間らしい。
とにかく海兵が海賊を守っているのだから、驚くのは当然だ。
その顔には 明らかに驚愕が浮かんでいる。


ゾロ達に構わず、男は自分の仲間のもとは駆寄った。

ゾロは、その瞬間を見逃さなかった。


駆寄ろうとした海兵の体が突然、動力を止められた機械のように止まった。

そして、一呼吸置くとゆっくりと自分も仲間たちと同様、ギョロ目の海賊の前に
彼を守るように立ちはだかった。
その動きは、余りにも不自然だった。

振りかえったその男の顔からは 表情が消えている。

「・・・これか・・。」ゾロは呟いた。
「ヒュウ」が言っていた、
(その海賊の船長と目が合った瞬間の記憶から今までの事を全く思い出せない)と言う
光景がまさにこれだったのだろう。
ウソップも驚いてその様子を見ている。

「驚いたか、コソ泥海賊共・・・」ギョロ目の男が二人に向かって不敵に笑った。

「俺の名前は ガン・クレージー。」

「ギョロギョロの実の能力者だ。」

ここで、この男を倒しても、「海賊達を海賊らしい海賊に戻す。」という
ルフィの望む結果にはならない。


「ウソップ、俺達の用は済んだ。引き上げるぞ。」
ゾロは、ウソップに声をかけると同時に ウソップの襟首を掴んで甲板から海へ向かって
飛び降りた。
海面に大きな水飛沫が上がる。

海兵達は二人の上に銃弾を撃ち込んで来た。

「火薬がダメになっちまう!!」と泳ぎながらウソップが嘆きながら泳いでいる。

ゾロはそれには答えず、手にいれた情報を頭の中で整理していた。



船に帰り、早速皆を集め、ゾロとウソップはさっきのことを話した。

「お前らの話には 2つポイントがあるよな。」
サンジは煙草を吹かし、一見 興味のなさそうな顔つきで指を二本立てた。

そして、それを再び 一本に戻す。

「まず、クソ剣士になんの変化もねえことだ。」
「その辺、詳しい距離感を知る必要がある。」サンジは続ける。

そしてもう一本、指を立てる。
「それからもう一つ。」


「海兵に効いて、ウソップに効かなかった事だ。」
「何が違うか、よく考えれば防ぐ方法が見つかるはずだ。」


皆は頷く。

ゾロとウソップの話を総合すると 
ゾロと「ガン・クレージ」との距離は20メートルから30メートル。
その距離に入らなければ、「ギョロギョロの能力」の効力は発動されないらしい。

あとは、ウソップと海兵の違いである。
「鼻の形とか?」「年齢?」「服装か?」「頭の良さじゃねえの?」と口々に
発言するが確信は持てない。

サンジは黙ってその話しを聞いていたが、突然 
「なア、ウソップ。お前、小さなドライバー持ってねえか?」と尋ねて来た。

「なんだ、唐突に。」ウソップは一見 今 やっている議論と関係のない事を言う
サンジに怪訝な顔をした。

「いや、昨日眼鏡を落としちまってさ、フレームが弛んだんだ。締めたいから
貸してくれ。」とやはり 関係のない事を口にした。

「今、そんな話してねえだろ!!それに、目が悪いわけじゃねえのに
無理にかけなくてもいいじゃねえか!!」


ゾロはその言葉を聞いてハッとした。


「眼鏡・・・・?。」ゾロは思い当たった。


あの時、ウソップはゴーグルをしていた。
ゾロは、ウソップにその事を尋ねた。

「ああ、確かにあの時ゴーグルをしてて・・・・あ、外した途端、目が回ったんだっけ。」

「・・・眼鏡か。」サンジは吸っていた煙草を灰皿に押しつけた。

そして、また煙草を新しく咥え直す。
ゆっくりと火をつけて、深く吸いこみ、美味そうに吐き出す。

「眼鏡と距離だな。」サンジが決断する。
「眼鏡をかけて 20メートルから30メートル。それなら相手の技にひっかからねえって事か。」ゾロはそれに更に詳しい予測を立てた。


「眼鏡をかけたまま近づいて、心を入れ替えるまで嬲ってやるか。」

サンジは淡々とそう言った。

ナミはサンジのその言葉に目を見張った。
「らしくないわね、サンジ君。いい考えが浮かばなかったの?」

サンジはナミに困ったような顔を向けた。
「・・・さんざん、考えたんですがね。他にいい方法が思いつかないんですよ。」

「催眠とか、暗示とかの知識なんて持ち合わせてねえんだしよ。なあ?」と
サンジはチョッパーの方へ顔を向けた。

チョッパーは頷いた。
ゾロは「ガン・クレージー」の力量を一瞥しただけで看破していた。

「腕自体は 大した事ねえ。お前なら叩き伏せて充分おつりが来るはずだ。」

「俺達はお前を邪魔する壁を取り払ってやる。」

その言葉にサンジが薄く笑った。
「・・・上等だ。」

それから いざ 戦闘の時のプランを練る。

「ナミさんとロビンちゃんはチョッパーと一緒に、
俺達が暴れている間、奴らのアジトにいってお宝を盗んでおいてください。」

ルフィがウソップに、
「ウソップはサンジの援護だ。ゾロと俺は周りの奴らを片付ける。」

「二人とも、絶対にゴーグルも眼鏡も外すなよ。」
ルフィは念を押した。

「わかってる。」サンジとウソップはしっかりと頷いた。


「海軍の船に一体なんの用だったんだろうな。」ウソップが首を傾げた。

「おおかた、海軍の船を装って、略奪に出るつもりだったんだろ。」
サンジが答える。

二人は、キッチンで眼鏡とゴーグルのメンテナンスをしている。

「でもなあ。あいつら、警戒したんじゃねえか。」
サンジが溜息混じりに呟いた。

ウソップがゴーグルを頭にはめて、具合を確かめる。
サンジも、眼鏡の少し揺るんだフレームを修理した。
(・・・ねじが微妙に大きさが違うみてえだけど、まあ、いいか。)
サンジは料理の事になると、神経質なほど繊細だが、それ以外の事は大概適当だ。

「そうでなくても、ルフィと俺で船一隻 使いもんにならなくしたしよ。」
「俺らのことを警戒しても無理ねえぜ。・・・・大人しく出てくるとは思えねえ。」

サンジは、眼鏡をかけて 天井を仰いだ。

そんなサンジをウソップは黙ってみている。

「結局、アジトもわからねえし・・・。」
ウソップがサンジの思考の邪魔にならない程度の小声で呟く。

2、3分経っただろうか。
サンジが咥えていた煙草がフィルターにまで及んだ時、サンジはバネ仕掛けの人形の
様な動きで、急にウソップの前に身を乗り出した。

「・・・ウソップ、お前にしかできない事がある。」


ウソップは、何かサンジに言い含められ、その後すぐに船から下りて
街へ向かった。

その日から、食事の時に帰って来る以外、ウソップはどこかに出掛けている。


その行動の理由を本人に尋ねる暇もないほど、出ずっぱりである。


「おい、お前ウソップに何をさせてんだ?」
食事の支度ができたと言いに来たサンジを捕まえてゾロは尋ねた。

サンジは薄く笑う。
「・・・デートの誘いをかけて貰ってんだよ。気にすんな。」

ゾロはその言葉で、うすうすサンジがやろうとしている事に気がついた。
「ふ〜ん。・・・相手がその気になりゃいいんだがな。」

サンジも、ゾロが自分の考えを察したことを悟る。
そして、表情はそのままに
「その気になるかどうかは、奴の甘い言葉 次第さ。」と答える。

サンジは、ウソップに何か 噂を流させているのだ。
「ガン・クレージー」が「麦わらの一味」を襲いたくなるような 内容の嘘を
ばら撒いて、それに食いついてくるのを待っている。

「人のドレスでダンスを踊ろうとする奴だ。考えてることは、たかが知れてる。」
「ウソップの甘い言葉で、デートに誘えば必ず乗ってくるさ。」

サンジはゾロに揶揄の言葉で 作戦を説明した。

海賊が最も 憎むべき海軍に姿をやつして 略奪行為を行うのは、
以前、「クリーク海賊団」がよく用いていた策略だが、本来、誇り高き海賊がとるべき姿
ではない。

海兵を手先のように操り、その海軍の船を略奪に使おうなどとする彼らは、
海賊の「誇り」よりも、本来の「富」と言う言葉から遠く離れた「金」を最優先する
志の低い海賊なのだ。

そんな相手なら、ウソップの嘘に引っかかってくるはずだ、とサンジは言っているのだ。
「で、どんな甘い言葉で誘ってるんだ。」
ゾロは、サンジの意味を含ませた 情緒的な物言いを理解し、尋ねた。

「それは、ウソップに任せてある。」サンジは、白い歯を見せてニッと笑った。

「その手の「甘い言葉」は俺よりも あいつの方が上手(うわて)だからな。」

「・・・なるほど。」ゾロは納得して 曖昧に微笑んだ。

ほどなく
麦わらの一味の船「ゴーイングメリー号」には、人の心臓よりも大きな、
アラバスタ王国の財宝である「ルビー」が積んである、という噂が流れた。


「そろそろ、来る頃だぞ。」
ウソップはサンジにそう言った。アプローチから 3日経っている。

そして、その日の午後。

昼食がちょうど 済んだ時だった。

見張りをしていた チョッパーが大慌てでキッチンに飛び込んできた。
「来た!!海賊と、海兵が一杯!!」

ルフィ、ゾロ、ウソップ、サンジは、顔を見合わせ、立ち上がった。



港には、人形のように無表情な男達が40人ばかりと、「ガン・クレージー」と
名乗った男がゴーイングメリー号へと移動式の大砲の照準を合わせている。


「おりゃあああああああ!!!」
ルフィの怒号に合わせるように、麦わらの一味は一斉に 彼らの攻撃が始る前に
先制攻撃をかけるべく、港に降り立つ。

「ガン・クレージー」の横をすれ違い様、彼の臭いをチョッパーは記憶する。
それを辿って、アジトを探るためだ。

ゾロとルフィは、かねてからの手筈どおり、サンジの突撃を妨げる海兵と海賊達を
阻むために ルフィは腕を伸ばして 引き寄せ、海に投げこんでいく。
ゾロは 人形の如く 襲いかかってくる 攻め手を一気になぎ払う。

二人が開いた活路を風のように走りぬけ、サンジはギョロギョロの実の男に
加速をつけた鮮やかな飛び蹴りをその胸部に叩きこんだ。

獲物は後方に 声も上げずに吹っ飛んでいく。

サンジは、すぐに着地し、軸足でワンステップした後、起き上がってきた
標的の顔を蹴り飛ばした。

「ガン・クレージー」の鼻から噴出した鮮血が サンジの靴底に吹き付けられる。

再び、「ガン・クレージー」は大きな音を立てて背中から倒れこんだ。
そこへ、すかさずサンジは大きく足を上へ振り上げ、踵を頭の横、
僅か数cmの位置へ叩きつけた。

ギョロギョロの実の男の耳たぶが肉片となり、虫が潰れるような
小さな音を立てて弾け飛ぶ。

「ぐあっ」

初めて「ガン・クレージー」は、小さく悲鳴を上げる。


顔を苦痛と侮辱に歪めて片手で即座に潰された耳を押さえ、もう一方の手で
地面の石を鷲掴みにして、サンジの顔にぶつけてきた。

サンジは、首を捻ってその大人気ない攻撃を避けた。

だが。

石の一つが 眼鏡のフレームに当った。

サイズの合わないネジ。

揺るんだフレームを締めていた、サイズの合わないネジ。


突然の衝撃に、軋んだフレームは、右側の眼鏡のレンズを支えきれず、
ネジの部分に最も無理な力で圧力をかけた。

その部分が弾け飛んだ。

同時に、レンズがフレームの拘束を逃れて、地面に落下した。

明らかに有利に攻めていたサンジが。
(しまった!!)

明らかに、その戦闘能力の低さを曝け出していた「ギョロギョロの実の男」が。

(しめた!!)

そう思った瞬間、この攻防の優劣は 逆転した。

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