プリンスの悲劇

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「待たせしました。バイオレットフィズです。」

薄暗い照明、シンプルな内装、BGMは静かなピアノ。
そんなバーで、細身のバーテンダーが
滑らかな動きで 華やかな笑顔で客にカクテルをサーブする。

「ありがとう。」それを受け取る女性は、その容姿に目が釘付けになる。

蜂蜜色の細い髪。
薄い色の眼鏡ごしに見える ガラスのような透明感のある蒼い瞳。

「おい、ウエイター。」奥の中年の男がその男を呼ぶ。

そのバーテンの顔が一瞬で 変貌する。
「ああ?なんか用か。」

「な、なんだ、その態度は!俺は客だぞ!」とその中年の男は バーテンの猛獣のような目つきに一瞬で竦み上がった。

「客なら 人を おい 呼ばわりしていいと思ってんのか、ああ?」
「テメエはこの店の雰囲気にそぐわネエ、品がネエ客は 帰れ。」

自分だって 汚い言葉遣いをしているくせに 客に向かって
暴言を吐くそのバーテンダーに客は不快にはなっているものの
恐ろしくていい返せないようだった。

「サンジくん、いいから 君はカウンターの中に入ってくれ!」
慌てて その店の責任者なのだろうか、黒髪を後ろで一つにまとめて
束ねている そのバーテンが身につけているよりも少し
上質な服装の男が慌てて カウンターから出てきた。

そのバーテンダ―・・・・麦わらの一味のコック、サンジは小さく舌打し、
もう一度その男に一瞥をくれて大人しく カウンターの中に入る。


このバーでサンジが働き始めて今日で 3日なる。

なぜ、海賊であるサンジがこんなところで働いているのか、というと。
麦わらの一味の金が底をついてしまったからだった。

この島に来る前、ゴーイングメリー号は凄まじい嵐に遭遇した。
そして、船は大破。
ナミのお宝も、海の藻屑と消えた。

世界政府に軍用兵器の開発で認められ、潤っているこの
小さな 王政の島国には 海軍ではなく 世界政府直属の精鋭部隊が派遣されていて、
海賊ごときの侵入さえも許さない強固な警備が敷かれている。

たまたま、殆ど 難破船状態だった麦わらの一味の船は、通りかかった親切な漁師に
助けられ、その島に上陸する事が出来た。

だが。
船の修理代に ゾロやサンジが賞金首を狩って 蓄財していた金を使ってしまうと、
次の航海へ出発する物資を買い揃える金がなくなってしまったのだ。

スリ、恐喝、美人局、略奪、など 海賊がするべき方法で金を稼げばいいのだが、

「俺達は、この島の人たちに助けられたんだ。恩をあだで返すような事は
出来ない!」というルフィの一言で、まっとうな 金の稼ぎ方をしなければならなくなった。

とはいっても、航海に必要な物資をそろえるのに 300万ベリーほどあればいい。

ナミ、サンジ、ウソップ、ロビン、チョッパーの働き口はすぐに決まった。

ゾロとルフィは、最初から働く気などない。

面倒を起こされると厄介なので 誰もそれを責めるものはいなかった。

働き口が決まった、と言ってもその島の賃金は恐ろしく 安かった。
ナミが 観光客相手の土産物屋で一日働いても 3000ベリー。
ウソップが 軍用機械の工場で 3000ベリーと少し。

チョッパーが医者として 病院で働いても 5000ベリー。
ロビンは、夜、酒場で働き、それでも1万ベリーも稼げない。
サンジは 昼はコック、夜もコック、深夜はバーテンダーとして働いて
それでも どうにか6000ベリーだ。

一日に 20000ベリー足らずなら、皆の食事だけで消えてしまう。

「あ〜、なんか、ドバッとお金なる事ないかしらね。」

そんな爪に火を灯すような 惨めな生活をしていたある日の事。

それは、サンジがバーに勤め出して、3日目の夜の事だった。

客と揉め事を起こしそうだったサンジは カウンターの中でシェーカーを振っていた。

目の前には、なんだか くたびれきった、体の大きな初老の男が頭を抱えて座っている。

(・・・随分 しおれてるおっさんだな。)
サンジは、なんとなく その男の事が気になった。

「おっさん、なんか飲むか。」

そう声をかけると、男は驚いたように顔を上げた。
そして、サンジの顔をまじまじと見つめると、いきなり
「で、でんか!」と叫んだのだ。

「でんかア?」その言葉と場にそぐわない大声にサンジの方が驚いた。

男は急に立ちあがり、サンジの両肩を掴んで、カウンターごしにその体を引寄せた。

「おい、何しやがる!」
「殿下こそ、こんなところで!!私がどれだけお探ししたか!」
「何言ってんだ、人違いだ!」
「子供の頃から この手でお育て申したゼダ殿下をこの私が身間違うはず、ないでしょう!!」


「ゼダ殿下??」店の客がざわめいた。

「ええ、ゼダ殿下?!」
 店の客がカウンターの前で 次々とひざまづいていく。

サンジの雇い主だろうか、さっきの髪の長い男も床に跪いている。

「おい、違うって!!なんだよ、おい、離せって!」

サンジの肩を掴んでる男は 信じられないバカ力でサンジの体を持ち上げ、カウンターから引っ張り出した。

「店主、この礼は後日させてもらう。」
「承知しました、ウーピー卿。」

ウーピー卿と呼ばれた男はサンジを担ぎ上げると店の外へと運び出した。


「そいつをどうするつもりだ。」

店の外に出た途端、聞き覚えのある声と凄まじい殺気がウーピー卿の足を止めさせた。

「ゾロ!!」
なんだって、こいつはこんなところにタイミング良くいるんだ?
サンジは、まず その事に混乱した。

簡単な事だ。
店に入る金がないので サンジが仕事を終えるのを外で待っていたのだ。
「君は何者だ。」ウーピー卿も腕っ節にはかなり 自信がありそうだ。
ゾロの殺気に怯みもせずに 真っ向から それを受けて立っている。

「おっさんこそ、何者だ。」
「そんなヘボコックを拉致して どうしようっていうんだ。」

「誰が、ヘボコックだ、ぶっ殺すぞ、テメエ!」
ウーピー卿が返答を返す前に サンジがゾロに突っかかった。

「ここでコックッつったら テメエしかいねえだろうが、ボケ!」
「ああ?ヘボは余計だ、クソオヤジ!」
「誰がオヤジだ、ヘナチョココックが」
「なんだと、聞き捨てならネエ、ヘナチョコかどうか、試してみるか、おお?」

ウーピー卿は 口だけ出なく徐々に 殺気が漲り出した
二人罵り合いに ようやく 自分が人違いをしたのかもしれないという気になってきた。

「ちょ・・・、ちょっと、待ってくれ、君達・・・。」
「おら、おっさん、俺をさっさと降ろせよ。このバカ、死ななきゃわかんネエらしい」

「早く、そいつを離せよ。その悪イ頭を首から斬り飛ばしてやる。」
「ちょ・・・、ちょっと、待ってくれ、君達。」
「おら、おっさん、俺をさっさと降ろせよ。このバカ、死ななきゃわかんネエらしい」

「早く、そいつを離せよ。その悪イ頭を首から斬り飛ばしてやる。」

二人に 急かされてウーピー卿は 戸惑った。
だが。

息を大きく吸いこむと、

「止めたまえ!!」と鼓膜が破れるか、とおもうほどの大音響で怒鳴った。

その余りのでかさに サンジとゾロの口は閉ざされ、表情も固まった。

「・・・えへん。」
ウーピー卿は、咳払いをする。
そして、サンジをようやく 肩から下ろした。

「本当に、ゼダ殿下ではないのですか?」とまた 穴の開くほど サンジの顔を見る。

サンジは眼鏡を外した。
「だから、だれだよ、ゼダ殿下って。俺は サンジ。」

そうですか・・・と さっき大音響を出した人間とは思えないほど
蚊の泣くような小さな声で呟くと、ウーピー卿は、がっくり、と肩を落とした。

「人違いだったのか・・・・しかし、こんなに似ているのに・・・。」



この人違いの所為で 麦わらの一味は また厄介な事に巻き込まれてしまう。
そう、あの ウイスキーピークで ビビと出会うった時のように。


ウーピー卿の話しはこうだ。

ゼダ殿下というのは、この島の皇太子だ。

この島は、王政でこのゼダ殿下がゆくゆくは この島の支配者となるのだが、
今、この島を実際に支配し、統率しているのは軍事大臣と財務大臣だ。

王を戴く事で 彼らの政治的行動は それがどんなに利己的な事でも、正義となる。

軍事大臣と財務大臣は二つの派閥を作り、水面下で色々な諍いを起こしてきた。
だが、王家はその力の均衡を保つために 最終的決定権を決して 彼らには委ねない。

3つの勢力を一つにまとめ、さらに国力を増そう、という提案が
なされ、この皇太子は 財務大臣、軍務大臣 それぞれの嫡男と婚姻する事になったのだ、という。


「ちょっと待て。」


サンジは、そこまで聞いた時、
ウーピー卿の話しに口を挟んだ。

ここは、さっきのバーの前ではなく、ゴーイングメリー号のラウンジだ。

王家に関わる問題の匂いを嗅ぎ取ったサンジは金になるかもしれない、とナミにこの
ウーピー卿の話しを聞かせたくて船に連れてきたのだった。

「嫡男と、皇太子って、男同士じゃネエか。」

「ああ、そのことですか。」

ウーピー卿は、話しを続ける。

「王族は、特殊な体質でしてね。3年に一度、半年間だけ性別が逆転するのです。」
「男は女に、女は男に。」

「皇太子は、今年で21歳。婚姻後、女性に変化する時期にさしかかります。」
「結婚式は、明後日なのです。それまでに 皇太子を見つけなければ」
「大変な事になってしまいます。」


婚姻を妨害したと、軍務大臣と財務大臣がいがみあう。
王家も この婚姻に 承諾しかねているのか、と槍玉に挙げられるだろう。
結婚式の為に招いた同盟国の前に国の 問題を晒してしまう。
世界政府もこの混乱を快くは思わないだろう。
兵器を開発する援助金の削減も予想される。

など、婚姻が成立しなかった時のリスクは大きい。

「この島から出航した船はないはずなのです。結婚式さえすめば
あとはどうとでも 取り繕えますし、なんとしても 皇太子を探し出します。
どうか、・・・・。」
「私に力を貸してください。」とウーピー卿はルフィに頭を下げた。

「力って・・・・どうすりゃいいんだ?」とルフィは首を傾げた。


「サンジ氏を ほんのしばらく 貸してくだされば。」



その言葉にサンジが激しく反論した。
「冗談じゃネエ、野郎同士の、しかも 二人の野郎相手になんで俺が!」

ゾロも苦虫を眉を寄せて 機嫌の悪さを前面に押し出した顔つきをしている。

「まさか、タダ、なんて言わないわよねえ?」
ナミが妖艶な顔つきで ウーピー卿に詰め寄る。

「この国は軍事産業でもうけてるんでしょ〜〜お〜う?」

「おい、ナミ・・・。」ゾロが口を挟みかける。
それを横目でちらり、とみたナミの目は まさに 魔女の目つきだった。

「いくらだせるのかしら?」

ビビの時は、10億ベリー吹っかけた。
だが、今回は ただ 結婚式の影武者をするだけだ。

そんなに吹っかけて断わられたら元も子もない。

「500万」とウーピー卿は絞り出すようナ声を出した。

「ナメてるの?」目を細めて、ナミはウーピー卿に渋い顔をして見せた。

「1000万。」と半ば怒鳴る様にウーピー卿は答える。
だが、まだまだ、交渉の余地はある、と踏んでナミはさらに
「うちのコックさんは、そんな値段じゃ貸せないわ。」と言い放った。
「倍、出しなさいよ。」

もはや、サンジの口を挟める状態ではない。
ナミが駆け引きに入った以上、今更 「嫌です。」と言い切る根性はサンジにはなかった。

「わかりました。2000万ベリー必ず用意します。」

かくして。
サンジは、「ゼダ殿下」として、結婚式に出なければならなくなったのだった。

サンジは、ウーピー卿に「王宮」に連れて行かれた。

とにかく、このことは決して「麦わらの一味」とウーピー卿以外、誰にも知られてはならない。

「しかし、二人の野郎相手に 一体どんな結婚式を挙げるのかしらね。」

サンジが不在の間は、密かに ご馳走が届けられる手筈まで
ウーピー卿に整えさせたナミが、町のレストランからデリバリーされた
食事に舌鼓を打ちながら 首を傾げた。

そのテーブルには、ルフィとウソップしかいない。

それ以外の者は、その「ゼダ殿下」を必死で探しまわっているところなのだ。

どうしても、結婚式までには彼を見つけ出さないと、
考えただけでゾロの頭に血がのぼる。

真似事だし、別に本当に その野郎二人と「永遠の愛」とやらを誓うわけではない。

その現場を見るわけでもない。

なのに、どうしても 自分でも理解できない、苛つきを感じてしまうのだ。

「顔が似てるそうだから、匂いもきっと似てるんだ。頼む、チョッパー。」

ゾロは、チョッパーを急かして 島中 走り回っていた。

「しかし、皇太子ってのは・・・・。暇なもんだな。」

サンジは、まず、衣装を着替えさせられた。

「決して、誰とも話してはいけません。結婚式までは、私の指示に従ってください。」
とウ―ピー卿に言い渡される。


「へい、へい。」
こまごまとした ウーピー卿の言葉をサンジは適当に聞き流す。

「煙草も人前では吸ってはいけません。」

これには閉口したが、仕方ない。



ナミさんが喜ぶから 仕方なしに引きうけた物の、退屈で死にそうだ、と
サンジは 連れてこられるなり、もう うんざりしていた。

「身の回りのお世話をする侍女が行方知らずになったので
新しい侍女がお側に侍ります。ですが、口を聞いてはいけません。」

そんな調子で、死ぬほど退屈な2日間をサンジは王宮で過ごした。

その間、ゾロが不眠不休で 「ゼダ殿下」を探し回っていたことなど、
まったく知る由もなかった。

いよいよ、結婚式の当日がやってきた。

いつも、ウーピー卿はサンジの状況を深夜になってから知らせに来てくれる。


「ねえ、結婚式を見てみたいの、お願い。」

結婚式は、世界政府や同盟国からの来賓と王族、高級官僚以外の
一般人は参列できない。
だが、
ウーピー卿は、「麦わらの一味」を近衛隊に紛れこませ、
結婚式を見せてくれる、と約束してくれた。

「見せてくれないなら、サンジを返せ。」とルフィがごねたからだったのだが。

「見たかねえよ、そんなもん!」とゾロだけが露骨に不機嫌だ。

「じゃあ、来なきゃいいじゃないの。」とナミは皮肉っぽく笑う。

「男のウェディングドレス姿なんか、滅多見れねえもんな。」とウソップも興味しんしんだ。

「あのバカコックの妙チクリンな格好見て大笑いしてやる。」
ゾロはそういう大義名分を無理矢理思いついて、皆と一緒に行く事になった。

ナミとロビンは 巫女に。
野郎連中は 近衛兵に。それぞれ 変装してウーピー卿に
連れられ、サンジの・・・・いや、今日の主役、アルル王国王位継承者ゼダ皇太子の
控え室に向かった。


サンジは、朝 暗いうちから侍女に起こされ、
王族しか立ち入れない 城の奥にある 泉で まず、体を清めさせられた。

王族の見守る中、素っ裸でその冷たい水の中につかり、
その親族たちから 金色のひしゃくで頭から 水をぶっ掛けられる。

(拷問だぜ。これは。)と心の中で毒づくけれど、
ナミの2000万ベリーの笑顔の為に サンジは耐える。

その後、腹持ちの良さそうな食事を与えられ、
終り次第、身支度にかかった。

今、この国の国王は いない。
ゼダの父親は、数ヶ月前、急に病に倒れて あっという間に崩御した。

母親は、ゼダを産んですぐに亡くなったし、兄弟はいない。

次の国王はゼダというのは決定しているが、この結婚式が終って、
ゼダが再び 男性化した時に即位式があるらしい。

身支度を整え、控え室で煙草を吸っていると、ドアがノックされた。

「入れ。」とサンジは低く そのノックに答える。
「どうぞ。」と言ってはいけないのだ。
あくまで、王族らしく、振舞わなければならない。

「ミスター・サンジ。御仲間を御連れしましたぞ。」
そう言って、ウーピー卿は サンジの返答も聞かずに麦わらの一味を その部屋に招き入れた。

「なんだ。ウェディングドレスって言うから、期待したのに。」

開口一番、ルフィがその姿を見て 落胆の声を出した。

サンジの格好は この国の古来からの民族衣装で、
王族が性別不詳のまま 婚姻する慣わしに対応して 非常に中性的なデザインだった。

ただ、薄紫のベールだけが 初々しい花嫁の雰囲気をかもし出しているのだが、
口をへの字に曲げ、煙草をくわえているサンジの姿に
花嫁の可憐さなど 望むべくもなかった。




「でも、素敵!とても、よく似合っているわ、サンジ君。」

それでも、華やかな衣装は サンジに良く似合っていて、確かに眼を惹きつける。

表向きの理由を「妙チクリンな格好のコックを笑ってやる」といって
出てきたゾロだったが、正直 当てが外れたのと、
それでも 眩しいサンジの姿に 言葉も出なければ
直視する事も出来ない。

ただ、ちらり、とサンジの方へ顔を向けると目が合った.

その途端、サンジはすぐに目を逸らして、口々に 誉めたり、感心したり 賑やかに騒ぐ仲間たちへと
顔を向ける。


「さ、時間です。後は、神殿で。」とウーピー卿に
急かされて 麦わらの一味は 部屋を出て行った。

取りあえず、これが終れば御役ごめんだ。
今日の夜には 船に帰れるだろう。サンジは仲間を見送ってから
溜息をついた。

こんな、男か女かわからないような、
チャラチャラした格好をゾロに見られたくなかった。

一瞥した時に見た ゾロの呆気に取られていた顔を思い出す。

(・・・ったく、見世物じゃねえってんだ。何しに来たんだか。)
むしゃくしゃして、自分用に用意されていた 飲み物を一気に煽った。


果物を絞って水で薄めたその飲み物は、甘酸っぱい飲み物だった。