「判ったよ、行きゃ、いいんだろ、行きゃ!」
捨て台詞を残して、ゾロはゼダの招きに応じて、宮殿に向かった。
サンジをエースから取り返してから、2日たっている。
その間、ウーピー卿も忙しかったのだろう、自分達になんの
連絡も寄越さなかった。
この国の状況になど、ゾロは全く興味がない。
余計な事に首を突っ込んで、無駄な時間を使ってしまったとしか
思えない。
道すがら、町の下段に不思議な花が咲いているのがヤケに目についた。
普通、花は、赤や、黄色や、桃色なのだか、その花は青かった。
小さな青い花が群がるように咲いている。
可憐なのだが、無造作に生えているところを見ると どうも、雑草らしかったが、
ゾロには初めて見る花だった。
ゾロの様に 花などになんの縁もゆかりもない男でさえ 目につくほど、
その青い花は群生しているのだ。
「おい、あの花はなんて言う名前の花だ?」とゾロは自分を誘導するように
先に立って歩く使者に尋ねた。
「さあ?めずらしくもない雑草ですから、わかりません。」と
申し訳なさそうな答えが返ってきた。
(へえ、お前が花なんかに目が行くとは、明日は空から魚でも降ってくるな。)
サンジが側にいたら、笑いながら きっとそう言うだろうな、と思った。
サンジなら、この花を見てどんな事を言うだろう。
風にさえ 揺れるほど繊細な花をつけているのに、誰の世話も受けず、
自然の与える恵みも 試練も享受して
しっかりと根を這っている逞しさも併せ持つその花を
ゾロは綺麗だと思った。
2日ぶりに会ったゼダは、ますます女性化して 匂い立つような美しさになっていた。
同じ顔立ちなのに、女と男という性別の差が出たら、ここまで
雰囲気が変わるものか、と正直ゾロはほんの少しだけ驚いた。
が、だからと言って、別にどうということもない。
サンジが色の違うシャツを着ていても違和感を感じないほどの鈍さで
ゼダの変化も捉えていた。
「・・・2億ベリー。」ゾロはただ、短くそう言った。
ゼダが苦笑いとも、困惑ともわからない表情を浮かべた。
「・・・庭に案内します。」
サンジが足を貫かれ、ドルドルの男に沈められた、王族しか立ち入れない
あの庭に、ゼダはゾロを誘った。
「・・・ここは王族しか入れない場所なんです。」
池が血で澱んでいた、とウーピー卿が言っていた。
それがこの池か、とゾロは その池に近づいて覗き込んだ。
その背中に、ゼダの声がかかる。
「色々、ご迷惑をお掛けしました。」
ゾロは背中を向けたまま、答える。
「別に。謝る相手が違うだろ。」
今回、サンジだけが酷い目にあった。
他のものは何もしていない。
2億ベリーを貰ったとしても、謝罪するなら サンジにして欲しいと
ゾロは思ったのだ。
「・・・ロロノアさん。」
「あなたは、鷹の目のミホークを倒すのが夢だと言われてましたよね。」
鷹の目の名前を聞いて、ゾロが振りかえる。
緊張の面持ちを浮かべたゼダが 熱い視線でゾロを見つめていた。
「海賊に襲われたと世界政府に申請すれば、王下七武海をこの国に
呼び寄せる事が出来ます。」
ゼダには、この方法しかなかった。
「あなたが好きです。」
ゼダは、ゾロへの思いが溢れて、言葉が繋がっていないけれど、
唐突に自分の気持ちを口に出してしまった。
(え?)
(あなたが好きです?)
ゼダの言葉に ゾロは耳を疑った。
そして ただ、黙ったまま ゼダのほうへ向き直った。
鷹の目の事をゼダが口に出した事に対しては 過敏なほどに
反応してしまった所為で、ゾロの眼差しは厳しいものになっていた。
「鷹の目がどうしたって?」
「私は、七武海を呼び寄せられます。この国で、剣の技を磨いて、
時期が来たら 鷹の目のミホークをここへ。」
ゼダは、自分の告白を無視して、ミホークの事を聞き返してきたゾロの
険しい目つきを見て、怯えたような 弱弱しい声で答える。
「ふん。」
ゾロはその申し出を 残酷にも鼻でせせら笑った。
「俺とあいつの約束を何も知らねえあんたに口を挟まれたくねえな。」
ゾロは 静かに、けれど 力強く ゼダに決意を短く語る。
「俺はあいつのいるところまで、自分の力で歩いていかなきゃ意味がねえんだ。」
「俺にあいつと戦えるだけの力量が備わったら、天命が俺達を引き合わせる。」
「他人が口を挟めるような、陳腐なものじゃねえ。」
ゼダには、ゾロを自分に向かせる術が何も残されていなかった。
全く 望みがないのは承知していたけれど、それでも それが現実になって、
体が戦慄くほど 悲しくなった。
「う・・・。」
涙など流しても 無駄なのも判っているのに、嗚咽が漏れる。
ゾロは目の前で サンジを泣かしているような、妙な気分になったが、
顔を押さえて泣く姿に
(あのバカがこんな風に泣いたりしたら 君が悪くて仕方ねえだろうな。)と
すぐに冷静さを取り戻す。
「泣いてる暇はネエだろう。あんたは自分の国の事を考えるべきじゃねえのか。」
と 声をかける。
(ああ、もう、めんどくせえ。)
早く、2億ベリーを貰って帰りたい、とゾロはここにいるのが いたたまれなくて
心底そう思った。
サンジなら、口から矢継ぎ早に慰める言葉をかけて、すぐに女を泣きやませる事が
出来るだろうに、ゾロは所在無く、だが、端から見れば
女を泣かして平然としている 不遜な態度の男としか見えない。
いくら泣いても、ゾロは言葉一つかけない。
ゼダは、どうして こんな無愛想な男に恋をしてしまったのだろうと
ますます悲しく、情けなくなって、ただ、泣き続けた。
「ゾロも罪な男よね〜。」
船では、ウソップ相手にナミが可笑しそうに肩をそびやかしている。
「あの王子様の視線、ずっとゾロを追っかけてたもの。絶対、今ごろ口説かれてるわよ。」
「でもよ、口説かれたからって、どうにかなるもんじゃねえだろ。」と
ウソップが相槌を打つ。
「だって、ゾロだぜ。」とウソップも含み笑いをする。
いくらサンジに似ているからと言っても、昨日今日知り合った女に惚れるような
だらしない事をゾロがする筈がない。
ただ、泣かれて困っているだろうな、と二人は予想して面白がっているのだ。
「悪いが、俺は忙しいんだ。早いところ、2億ベリー、払ってくれ。」
ゾロはかなり我慢した。
ゼダが泣き止むまで我慢しようと思ったが、まだ 満足に歩けない
サンジの事も気になるし、30分ほど待って、
とうとう痺れを切らし、ゼダを急かした。
「・・・あ、すみません。」
ゼダは、一枚の封筒をゾロに差し出した。
どうやら、小切手らしい。
ゾロはそれを受け取った。
最後くらい、少しだけ優しい言葉をかけてやれなければ
ここから立ち去りがたいような気がして、ゾロは必死で考えた。
(あいつならどう言うだろう・・・・?)
サンジなら、同じ状況になったらどういうかを考えてみる。
(お嬢さん、泣かないで下さい。僕と君の運命の糸はいつか未来で
繋がっているかもしれません。)
・ ・・言えるわけがない。第一、口が回らない。
「・・・また来る。」
知り合ったばかりの人間に 自分の野望の事を軽軽しく口にしたくなかったから、
ゾロは それだけしか言わなかった。
ミホークを倒したら。
世界一の剣豪になったら。
あいつがオールブルーを見つけたら。
また、ここに来る。
ゾロはそう言うつもりでゼダに 余韻の残る言葉を残してしまった。
「明日の午前中には碇を上げるわよ。?」とナミに念を押され、
ゾロはサンジの肩に手を添えながら、町を歩いている。
ゼダの告白から一夜明けて、ゼダの即位式があと2日後に迫っていた。
招待された世界政府の要人や、それに伴って海軍も多くこの島に
やって来るだろうから、その前にこの島を離れなければならないのだ。
「・・どこ行くんだよ。」
サンジは外に出るのは嫌がらなかったが、足の傷のせいでまだ 一人では
歩けない。
ゾロの肩に掴まって、そろそろと歩いている。
ゾロは顎で例の花をサンジに指し示した。
「何・・・あの花がなんだ。」サンジは怪訝な顔をした。
教会での結婚式の時に身につけていた、この国独特の衣装はサンジに良く似合っていた。
赤紫の衣装だったのに、瞳の蒼色を相殺することなく、
サンジはどんな色の服を身に纏っていても、海を連想させる「蒼」が
薫るのだ。
「お前のあのへんちくりんな格好を思い出すんだ。あの花を見ると。」
綺麗だった、と言おうものならまた 怒るだろう。
また、ゾロもサンジに向かってそんな言葉が思い浮かんだわけではなく、
小さな蒼い花とサンジのイメージが重なっているように
感じた事を 深く考えず そのまま口に出したに過ぎない。
けれど、ゾロのそんな複雑な心をサンジは 理解できず、
結局 いつもどおりの口喧嘩になってしまったのだが。
「へんちくりんたア、どう言う意味だっつ。」
「へんちくりんが気にいらねえか、なら みょうちくりんだ。」
「なんだと、人がすっかり忘れてるのに くだらねえことを思い出しやがって!」
ゾロはたった 数日でサンジが 驚くほど回復している事がその
張りのある声と生き生きとした表情の動きに察して、
心が沸き立ってきた。
「俺は忘れねえよ。もう、あんな格好をしてる姿、二度と拝めネエだろうからな。」
「一生、笑いのネタにしてやる。」
この国の産業を改革し、名君と謳われたこの国の王は、ただ、国民だけを愛し、
生涯 独身を通した。
その結果、この国の得意な体質の一族は断絶する事になる。
ただ一言、「また、来る。」と言う言葉だけを信じて、
緑の髪の大剣豪を待ち続けた彼にとって、
ロロノア・ゾロとの出会いは 悲劇だったのか、そうでないのか、
何者も、ゼダ本人でさえも わからない。
(終り)