「この国は滅びればいい。国民も、王族も 全て 消え去った方がいいと思ったのです。」
「私が身を隠したのは、これ以上 国力を上げることに対する反対の意を
現したかったからです。」

この国が犯してきた 罪をこの国の消滅と言う形で償うのだ、とゼダは言った。

この 一見 脆弱なプリンスにそんな決意があった事には、ゾロは正直 感心した。

だが、納得は出来ない。

「そりゃ、筋が違うんじゃネエか。」

ゾロがゼダに まともな話しをするのは初めてだった。

さっきまでの会話は、ゾロが短く 尋ねた事に対する ゼダの答えであり、
ゼダにとれば ゾロという人間が 何を考えているのかを 知る機会を得た事になる。

「お前がこの国の後継者として生まれたのは もう 運命なんだ。」
「罪を償うつもりなら、国を滅ぼすことじゃなく、他に方法があるんじゃネエか。」
「この国を滅ぼしちまえば、それこそ なんの償いも出来ねえだろ。」

ゼダは、じっと ゾロの言葉に耳を傾けている。

その真摯な態度が いよいよ サンジとの違いを際立たせ、ゾロを冷静にさせた。

「じゃあ、私はどうすればいいのでしょう。」

「自分の好きにすりゃいいだろ。」

無責任で 突き放した言葉にしか聞こえないが、ゾロの口調には、そうでない、
誠実さが篭っていた。

ゼダは、それをしっかりと感じ取った様で、真剣な眼差しで真っ直ぐにゾロを見ている。

「私の好きなようにする?」そう聞き返してきたゼダの口調にはさっきまでの
弱々しいだけの頼りない口調とは少し違っている。
「平和な国にしたいなら、そうなるように考えて行動すりゃいい。」
「豊かな国にしたいなら、そうなるように・・・。お前がこの国の王になるんだろ。」
「だったら、自分の好きなように出来るじゃネエか。」

国の政治がそう簡単に出来るはずなどない。
ゾロが言った単純な言葉は、理屈では太刀打ち出来ない程の力強さでゼダの心を
揺さ振った。

けれど・・・と ゼダは、力なく 苦笑した。
「私は そんなに強くありません。」
「誰かが 私を支えてくれないと・・・・・。」
「私は誰かに 支えられないと 何も出来ない弱い人間です。」

そう言うゼダをゾロは 黙って見返す。
その視線を受け止めきれず、ゼダは俯いてしまった。

もしも、サンジが同じ立場だったら、どう言うだろう、と思った。

俺のやりたいようにやる。
誰にも口は出させネエ。

そんな風に言うだろう。

側に手助けしたい人間がいても それを拒絶し、逆風だろうと、高い波だろうと
自分が進みたい方向へ まっすぐに突き進んで行くに違いない。

「そんなことはネエ筈だぜ。」
「お前は、自分の国を滅ぼしてもいいって腹を括ってたじゃネエか。」
「その覚悟が本物だったら 一人で立っていられる筈だ。」

サンジとゼダを重ねたわけではない。
ゾロは、サンジの姿、サンジの声で ゼダが弱音を吐く姿など 見たくなかっただけだ。
同じ姿をしているのなら、同じように 強い男でいてほしい。

ゾロの言葉がゼダの心を 大きく揺さぶり続ける。

この国を憎んでいるわけではない。
愛しているからこそ、これ以上の罪を犯したくなかったのだ。

「・・・じっくり、考えてみます。本当に私が望んでいる国の姿を。」


どうして、エースがこの島に来て、偶然麦わらの一味が首を突っ込んでしまった
この1件に関わり合いを持つようになったかと言えば、少し、話しはさかのぼる。

エースは、拾ったコックもどきのゼダを ルフィに預けてから自分の船に戻った。

今のエースの仕事は、自分の部下を始め、白ひげ海賊団の仲間を
狩った海賊狩りへの報復だった。

それは、白ひげの船長からの直接の指示で、
早く この仕事を片付けて 自分の仲間の元へ帰らなければならない。

この仕事にかけるべき時間は 2ヶ月。
この一月の間に、8割方の報復はこなしてきた。

この国に、自分の部下を狩った賞金稼ぎを追い詰めたが、見失った。

この国から その相手が逃走した形跡はない。
だとすれば、どこかに隠れている筈だ。

だが、その探索の最中に、一目ボレした相手を見つけた。

弟、モンキー・D・ルフィの船のコックだ。

食欲も 性欲も 満たしてくれそうだな、というのが第一印象なのだが、
それよりも、強靭な意志、高い戦闘能力、まるで 
海の上で生きる為に生まれてきたかのような佇まいのその男に一目ボレしたのだ。

と、いっても色恋の話ではなく、
自分の部下に、あるいは 白ひげの船に連れて帰れば自分たちの海賊団にとってのメリットは計り知れない。

敏腕のコックであり、また あの伝説の赫足を継いでいる男だ。

自分の為に、というよりも 海賊王にと自分が熱望している"白ひげ"のコックとして、
彼以上に 相応しい人間はいないと思った。

ところが、拾った男は瓜二つだが、別人だった。

見てくれに惚れたわけではないし、白ひげの力にならないどころか、
航海の邪魔にさえなる、呆れるほど 弱弱しい男だった。

白い肌、蒼い瞳、蜂蜜色の髪。
瑞々しい容姿をしている割に、プライドの高さも伺えた男だったから、
男を抱く趣味など微塵もないエースでさえ、非常に興味をそそられた。

だが、同じような容姿をしている、その拾い物に ちょっかいを出したものの、
やはり ルフィのコックに抱いたような 欲情は全く起きなかった。

どちらかというと、女を強姦しているような気分で 萎えた。

それをルフィの船に取りあえず 届け、事情を聞くと本物は
王宮にいるという。


「略奪や強奪が本当の海賊のやり方なんだぜ、ルフィ。」

エースは、ゴーイングメリー号から立ち去る時に、薄い笑いを口元に浮かべ、
誰にも聞こえないほど 小さな声でそう呟いた。

エースは 王宮に潜入した。
厳重に警戒されていても、グランドラインで 有名な白ひげ海賊団の
1個隊の隊長を張る男だ。

田舎島の衛兵の目を盗むくらい、造作もないことだった。

この島をくまなく探しても、自分の目指す標的が見つからなかったこともあって、
もしかしたら 王宮のどこかに潜んでいるかもしれない、という予想もあった。

その理屈は、弟と一緒で 「勘」である。
この兄弟の「勘」は 理屈で物ごとを考えて出す 答えよりも ずっと的確なのだ。

エースが厳重な警備をくぐって辿りついた 静かな建物の一角で、小さな水音を聞いた。
それまで、物音一つしなかった静か過ぎる空間の中の聞こえたその水音は
すぐにエースの感覚を鋭く 研ぎ澄まさせた。


血の匂い。

蝋の匂い。

人の気配。

瞬時にそれを感知して、エースはその感覚を頼りに 気配を殺しながら
それが感じられた場所へと 素早く 移動した。


「その生意気な目を抉り取ってやるガネ!」

ドルドルの男の手が鋭い錐(キリ)に変化している。
その目の前には、体を池に沈められている 蜂蜜色の頭が見えた。

ドルドルの男が 手に生えた蝋の錐を 白い肌が僅かに覗く顔面へと振り下ろす。

その時、凄まじい熱を孕んだ炎がまるで 1本の矢の様に ドルドルの男と蜂蜜色の頭の間を割って入る様に走った。

鋭い錐は、一瞬して 溶けた飴の様に変化し、地面にぼたりと重たく 滴り落ちる。

それを見て、ドルドルの男は驚愕し、メラメラの男は不敵に微笑んだ。

「・・・綺麗な目が台無しになるところだったな。」

間一髪で コックの命の危機を救う事が出来たらしい、とエースは
安堵し、その次に ドルドルの男に敵意を剥き出しにした視線を向けた。

薄い血の匂いが鼻腔に流れこんでくる。
だが、自分の標的が思い掛けなく 目の前に現れた事で エースは 一挙両得を
得ようとした。

「メラメラの男!」
ドルドルの男が驚愕の声を上げる。
そして、後ずさった。

蝋に炎だ。
勝負は目に見えている。

「うちの部下をよくも 賞金に変えやがったな。」

エースは、眉を寄せ、ぞっとするほど冷たい声で ドルドルの男に近づいた。

「火拳!」

腰を落とし、勢いよく突き出した拳は、一瞬にして 火炎放射器と化す。


サンジの顔にも、輻射熱を感じるほどの高温の炎が 一気にドルドルの男の体を
包む。

悲鳴をあげ、ドルドルの男はサンジが浸かっている池に飛びこんだ。
ジュウ〜、という音と、肉の焼ける匂いが同時に沸き立つ。


「へっ。一気に炭にしてやることも出きるんだぜ。」とエースは、
ドルドルの男をせせら笑った。

「お前は、生きたまま うちの船長のところに連れて行かなきゃ、俺が任務をサボった事になるから殺しゃしねえ。それとも、自分の力で蝋人形になるか。」


エースは、ドルドルの男を池から引き摺り上げた。
一瞬で炎に巻かれ、火傷よりも酸欠で 完全に意識を失っていた。

エースは手早く その男の両手を拘束して 無造作に地面に転がしておき、
ようやく お目当てのコックの側に歩み寄った。


コックは、自力で池から這い上がり、ぐったりと地面に横たわっている。
その足元を見て、見なれている筈なのに エースは思わず息を飲んだ。

太股から どくどくと血が流れ出ている。
両手、両足が 蝋の枷で拘束されていて、それを自分で止血することは出来ず、
それでも激痛に呻き声さえあげずに ただ、歯を食いしばっていた。

「待ってろ、すぐに溶かしてやる。」


コックは、エースのその言葉にちらりと無表情な一瞥を寄越した。
それを エースは肯定と取った。

火傷をさせないようにするには あまり勢いのある炎を出してはいけないが、
これだけの固い蝋を全て溶かすには、それなりの熱がいる。
それに、出血が酷く、早く止血しないと 命にかかわるだろう。

エースは、熱を凝縮した炎をまず、足の拘束を溶くのに使った。
よく考えれば、止血してから 蝋を溶かせばいいのかもしれないが、
ここで止血できるような傷ではなそうだった。

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