天井が高く、白い壁、磨き上げられた重厚な板の上に、
品のいい絨毯が 祭殿へ向かって真っ直ぐに敷かれている。
この国の郷土音楽なのだろうか、不思議な音と旋律の流れる中、
真っ黒な衣で全身を覆い包んだ神官の担ぐ 輿に乗せられ
花嫁は神殿に運びこまれてきた。
薄紫の衣装に身を包んだ、清らかで初々しい姿に
思わず 来賓がざわめく。
「おい・・・あのコックが結婚する相手って、あれかよ。」
近衛兵に混じってその式を見守っていたゾロは隣のウソップに囁いた。
花嫁の輿の後ろから、群青と真紅の衣装に身を包んだ、
男が二人、並んで神殿に入って来たのだ。
群青の方は、軍務大臣の息子。顔中がテカテカと光り、
額には、滴り落ちるほどの汗を掻いている。
サンジの2倍はありそうな、でっぷり太った大男だ。
真紅の方は、財務大臣の息子。
こちらは中肉中背だが、鼻の穴が 人の分の空気まで吸い込んでしまうのではないか、と
思うほどむやみに 大きく、その割りに眼は 開いているのか
いないのか 判らないほど小さく、そして、口からは 収まり切れない、
並びの悪い歯が見え隠れして、しきりに口元をもごもごと動かしている。
「・・・・逃げたくなった、皇太子の気持ちも判るな。」
ウソップはゾロの言葉に頷いた。
祭壇の前までくると、二人の新郎だけが輿から降りた。
サンジの輿だけが あらかじめ設えられていた 台の上に置かれたままだ。
儀式は滞りなく 進んでいく。
神官の声が響き渡った。
「それでは、誓いの口付けを」
それを聞いた時、ゾロはしまった、と思った。
やはり、来るのではなかった。
目の前でサンジが他の男と口付けするところなど、見たくない。
ゾロは、視線をあらぬほうへと向けた。
神官に手を引かれて 花嫁が輿から降りる。
群青と真紅の新郎達は、両脇から花嫁に近づいた。
その時。
神官の手から離れた、花嫁の体が床に崩れ落ちたのだ。
そこにいる全員が 一瞬 何が起こったか 判りかねて 凍ったように
動かなかった。
花婿達は、ただ、顔を見合わせるだけ。
神官が花嫁を抱き起こす。そして、慌てた様子でウーピー卿を呼び寄せた。
ゾロの眼からは かなり遠目だったが、その顔色がはっきりと見て取れた。
神官の腕から ウーピー卿の腕に渡された花嫁の顔は、苦しげに真っ青になっていた。
「な、なんだ?」
「どうなさったんだ。」
「緊張して 貧血でも起こしたのか?」
ゾロの周りの近衛兵達もこの異常事態を察して、ざわめく。
本物のゼダならそういう事があるのかもしれないが、
サンジが緊張して ぶっ倒れるなどということは まず、考えられない。
神殿は大騒ぎになり、結婚式どころではなくなった。
麦わらの一味は、その騒ぎに乗じてチョッパーの鼻を頼りに
サンジの現状を把握するために王宮に潜入した。
「どういうことなんだよ!」
まず、ウーピー卿に食って掛かったのは ルフィだった。
サンジは、皇太子の部屋に運びこまれ ぐったりと眠っていた。
「私にも 何がなんだか、わからないんです。」とウーピー卿自身も
かなり動揺していた。
「なにか、毒物の所為で 具合が悪くなられたそうで・・・。」
「「毒ウ??!!」」
麦わらの一味が一斉に同じ言葉をウーピー卿に聞き返す。
「はあ、・・・何時、口にされたのかわからないのですが・・・。」
「なんの毒だよ?」と早速チョッパーが尋ねる。
「まだ、分析中だとか・・・でも、命には別状はないはずです。」
「こんな話し、聞いてないわよ。お金はいらないから、もう 手を引くわ。」
とナミが言い出した。
ウーピー卿はますます 慌てる。
「今、サンジ氏を連れて帰られたら 収拾がつかなくなります!」
「これが初めてじゃねえんだよ。」目が覚めたのか、ベッドの上でサンジの声がした。
ゆっくりとベッドの上に体を起こす。
「大した事ねえ。やたら 心臓がバクバクして、頭がガンガンして
ぶっ倒れたけど、大した毒じゃねエよ、多分。」
「初めてじゃねえってどういうことだ。」ゾロがサンジの言葉を聞き咎めた。
サンジは煙草をベッドの下からもぞもぞと取り出すと、口に咥えて
火をつけた。一口、酷く顔をしかめて吸いこんで、煙を大きく吐き出す。
「連れてこられた日だ。寝てたら 布団の中から毒蜘蛛が出て来やがった。」
「次の日は、バルコニーに出たら、上から煉瓦が降ってきたぜ。」
ウーピー卿の顔色が変わった。
「何故、それをもっと早く行ってくれなかったんです!」とサンジに詰め寄る。
「犯人をとっ捕まえてやろうと思ってたんだよ。」とサンジは飄々と答える。
その顔色はもう そんなに悪くない。
「なア、ナミさん。もう、こんなヘマしねえよ。犯人とっ捕まえて、
本物を探し出したら 1億ベリーって言うのはどうだい?」
にっこりわらって言う サンジの提案をナミは 渋々 承諾した。
「判りました。お願いします。」
ウーピー卿は うなだれたまま その取引に応じた。
そして、せっかくなのだから色々と打ち合わせをする。
ゼダについて、麦わらの一味は色々と 情報を得ることが出来た。
彼が心臓に軽い疾患を持っていること。
サンジだから、大した事にはならなかったが、ゼダなら
おそらく 毒によって 死に至っていたかもしれない。
性格は大人しく、サンジとは正反対だと言ってくれていい、ということだった。
ゼダの匂いをチョッパーが記憶する。
これで、ゼダを探しやすくなった。
「俺を狙ってくるって事は、ゼダって奴、生きるぜ。」
色々な心労が重なって 今度は ウーピー卿がぶっ倒れそうになっていたのだが、
サンジのその一言で少し 安堵の表情を浮かべた。
更に、
「チョッパーが匂いを覚えたんなら、明日中には見つかるさ。」という
ウソップの言葉に気が緩んだのか、少し目に涙を浮かべた。
ウーピー卿が 今日の処理に忙しいので 麦わらの一味はとにかく一度
船に帰る事になった。
近衛兵が皇太子の護衛をするのには なんの不自然もない。
ゾロは翌日からチョッパーと ゼダ探索の為に走りまわらなければならないが、
その日は 城に。
サンジの側に残った。
「なんのつもりで残ったのか、当ててやろうか。」
サンジは 二人きりになってから ゾロに向かって意味深な笑みを向けた。
「お前が考えてる事じゃねえよ。」ゾロは 部屋に設えられていた
豪奢なソファに腰を降ろす。
その側にサンジは歩みより、ゾロの足をまたいで向き合って座った。
「どこに乗ってる。」
「お前の脚の上だ。」と悪戯っぽく笑うサンジに、ゾロは困惑した。
「やらねえよ。」ゾロは腕を組んだまま 顔を顰めた。
「なんでだ。そのつもりで残ったんだろ。」
どんなに迷惑そうな表情を浮かべても、サンジは一向に平気なようで、
ゾロを誘う。
「そんな事より。お前、もう一回、あれ、着て見ろよ。」
ゾロは、部屋の隅に掛けられているサンジが昼間着ていた衣装を
顎で指し示した。
「めんどくせえ。第一、あれは一人じゃ着れねえし。」
もう二度と、ゾロの前であんな格好はしたくないサンジは、さらっと嘘をついた。
「手伝ってやるから、着てみろ。」
昼間のサンジにゾロは確かに目を奪われた。
もっと、見たい、もっと側で良く見たい、と思ったのは正直な気持ちだった。
「面倒だから嫌だっつってんだろ。やんのか、やらねえのか、どっちだよ。」
サンジは、ゾロの気持ちなどさっぱり判らない。
笑われるか、馬鹿にされるかのどちらかだと思うと、絶対に 袖を通したくないのだ。
「なんで、そんなに嫌がるんだ。」
「てめえこそ、なんでそんなに着せたいんだよ。」
そこで正直に言えばいいものを、やはり 言えない。
「可笑しな格好だったから、もう一回見てえと思った。」と答えてしまった。
その口をサンジが柔らかく塞いだ。
衣装の事など どうでもいい。
「普段着の服なら着てやるよ。その代わり。」ゾロの耳元で小さくサンジは囁いた。
「笑いやがったらぶっ殺すぞ。」
結局、その普段着もゾロによって 全部脱がされてしまうのだが。
3日ぶりの行為でもあり、豪華な寝台での情事に二人は夢中で抱き合った.
翌朝早く。
まだ、侍女が起こしに来る前にサンジの部屋から出なくてはならないので、
ゾロは眠ったままのサンジを残して部屋を出た。
そのまま、ゴーイングメリー号へ向かう。
昨夜のサンジは積極的でよかったな、などと考えながら歩く内に、港に辿りついた。
ゴーイングメリー号が舫を繋いでいる桟橋よりも 大分手前で
見覚えのある 妙なかたちの小船を見かけた。
(あれは・・・・?たしか、ルフィの兄貴の船じゃないか・・?)
己の体を炎に変え その熱を利用して動力とする火拳のエースの船が
港に停泊しているのだ。
しばらく ゾロが気配をうかがっていると、後ろから足音が聞こえた。
振り向くと、やはり、顔にそばかすを散らせた体格のいい青年が立っている。
「よお。ええと、ロロノア・ゾロだな。」
一方的に挨拶をされたことはあるが、口をきくのは始めてだ。
普段から寡黙なゾロの事だ、殆ど 初対面に近い相手に上手く 口が回るはずもない。
目だけで頷くゾロに、エースは複雑な笑顔を見せた。
「ちょうど よかった。妙なもん、拾っちまってさ。どうしようかと思ってたところだ。」
「とにかく、ルフィ達のところに持っていくから、今日は船にいろ、と伝えてくれ。」
そう言って、エースが持ってきたものというのは。
「こいつ、お前のとこのコックじゃねえのか。」
麦わらの一味はそれを見て、仰天した。
「サンジ??!!」
エースが拾ったものというのは、サンジにうりふたつの男だったのだ。
背格好、髪の色、瞳の色、顔つき、体格、そっくりすぎて 双子のようだ。
だが、怯えきって声も出せない脆弱な様子があまりに サンジとは
かけ離れていて、それだけが相違点だといえるほど、その男は
サンジにそっくりだった。
「もしかして、ゼダ殿下って、あんたなの?」
ナミの不躾な質問に、その男は首を横に振った。
「僕は・・・・ゼダじゃありません。」
「嘘つけ。お前、命を狙われてるんだろ。ここにイりゃ、安心だから、正直に言え。」ゾロが突っ立ったまま、その「サンジにそっくりな男」を見下ろしながら 詰問する。
よくみると、髪の色もサンジよりももっと 薄いし、瞳の色も、
サンジの方が 透明に近い蒼色で、彼の瞳はというと、少し 灰色がかっている
蒼だった。
だが、そんな微妙な違いなど、ゾロ以外に判るはずもない。
「俺達が守ってやるから、正直にいえ。お前は、ゼダなんだな?」
穏やかなゾロの声音に安心したのか、ゼダは、ゾロの方へ視線を向けて、
黙って頷いた。
しかし、似ている。
というより、大人しくなったサンジを見ているような気がして、ゾロは、面映くてならない。
「1億ベリー、貰ったも同然ね!!」ナミは、踊りださんばかりに喜んだ。
ゼダに経緯を聞くと、宮殿にいて何度も命を狙われたので、
怖くなり、侍女の家に転がり込んだ。
ところが、侍女の方も とても 皇太子を守りきれないと悟り、
城へ帰るようにと ゼダを説得した。
居場所がなくなったゼダは、海岸の洞穴などに隠れていたのだが、
そこをエースが見つけて、匿ってくれたらしい。
「俺ア、てっきり お前の所のコックだと思ってよ。」
「ところが、口もきかねえし。雰囲気は違うし。」
押し倒したら、泣き出すし。・・・とこれはエースは口には出さなかったのだが。
「料理も作らねえ。一体、なんだ、と思ってたところへ、ロロノアを見かけたんでな。」
「ちょっと待てくれ、お兄さん。」エースが事情をなんの警戒もなく
喋っているのを ウソップが遮った。
「なんで、すぐに連れて来なかったんだ?連れてきたらサンジかどうか、判るはずだろ?」
「そりゃ、お前らの所のコックだったら、そのまま 連れていくつもりだったからさ。」
あっさりとろくでもない事を口にするエースに一同は顔を見合わせた。
冗談なのか、本気なのか、よく判らない。
「形はいっしょでもよ。あの根性が気に入ってるんだ。あいつじゃねえといらねえから
返してやるよ。」
「エース、サンジが気に入ってるのか」
ルフィの無邪気な問いかけに、エースは
「お前より、俺の方が先に見つけてりゃ良かったんだがな。まあ、
そのうち 本気で奪いに来るから 首洗って待ってろ。」と口の端を釣り上げて笑った。
「面白そうなヤマだが、俺ももう行かなきゃならねえ。またな。」
その言葉となんとなく ゾロに嫌な予感だけを投げかけて エースは
再び 白ひげ海賊団の一員としての任務の為に 海へ戻って行った。
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