蝋の男の掌に、鋭利な棒がむくむくと生み出された。
狂気地味が笑い声を上げて、その拷問道具をサンジの太股に深く突き刺す。
「うあっ」
激痛にサンジの悲鳴が上がる。
「喋ったら 抜いてやるガネ。喋らないなら、こうしてやるガネ。」
ドルドルの男は その巨大な蝋の針を さらに強い圧力と妙な振動を加えて
サンジの太股にねじ込んだ。
悲鳴など、あげるものか。
サンジの意地が 僅かな呻き声をあげることさえ 拒絶して歯を食いしばる。
サンジは、蝋で固められた両手で、ドルドルの男の手首を思いきり殴りつけた。
鈍い音がしたが、すぐに横っ面に衝撃を受け、目の前に一瞬 星が飛ぶ。
「ゼダはどこだ。」
落ちついた、妙に静かなラダの声が サンジを尋問する。
だが、サンジはゼダが見つかったこと自体を知らないのだ。
だが、大人しく 「知らない」などと言うのも 悔しかった。
言ったところで 拷問から逃げられるわけでもないし、自分の油断で招いた
窮地をなんとか 自力で打開しなければならない。
「言えねえな。」自分の語尾が消えそうな程弱いのが忌々しい。
けれど、そんな虚勢を吐いて、ラダを見上げ、せせら笑ってやる。
無傷だったもう一方の足にも ドルドルの男の針がねじ込まれた。
一方。
ゴーイングメリー号では。
サンジが拷問を受けていることなど、知る由もなく。
男部屋では、身を縮めるようにして、床に膝を抱えて座っている
ゼダをゾロは 黙ったまま、じっとみていた。
キッチンでは、ウーピー卿がやって来ていて、今日の出来事や
王宮での サンジの様子を報告していることだろう。
ゼダが見つかったことを ウーピー卿に隠しているし、
ゼダにも 自分達がウーピー卿と関わりがあることも 教えていないので、
二人を合わせないように 気を配っているわけである。
目の前のゼダをゾロは、穴が開くほど、ぶしつけな視線のままでじっと見ていた。
「・・・似てるな。」ぼそっと呟いたゾロの言葉に 所在無くさ迷っていた
ゼダの視線が 反応した。
「・・・え?」
顔が似ていると、声まで似るもので、サンジなら ゾロの言葉を聞き返すとき、
「ああ?」と 眉を顰めながら 「聞き返さねえと聞こえねえような声で
喋るんじゃねえよ。」と責めるような目つきを向けてくるのだが、
ゼダは、怯えたような 縋るような そんな目つきでゾロを見上げる。
ゼダは、素直で、邪気がなく、無垢な子供がそのまま 大人になったような
雰囲気を持っていて、徐々に 体が女性化していっているのか、
サンジより ずっと 物腰が柔らかかった。
見れば見るほど 似ているのだが、逆に その違いが際立つ。
(どう、扱っていいのか、さっぱりわからねえ。)
と腹の中で溜息をつく。
同じ声、同じ顔だから つい、言葉を荒げてしまうこともある。
そうすると、メソメソ泣き出してしまったりするものだから、どうにも
扱いにくくて ゾロは困惑した。
「なんでもいいから、情報を探るつもりで喋ってなさい。」と
ナミに言われたけれど、一体 何を話せばいいのか、
皆目 見当も付かないのだった。
ゾロの溜息は、ついに腹から、「はあ・・」と情けなく溢れてくる。
幼いとき、挑みつづけて ついに一度も勝てなかった くいなの面影を
海軍の女軍曹に見て、「パクリ女」と思ったことはあるけれど、
パクったなんて ものではない。
「・・・あの・・・・。」
おずおずと控えめにゼダはゾロに声をかける。
その声でそんなしゃべり方するな。
気持ち悪いんだよ。
と、うっかり言ってしまって、泣かせてしまい、ナミに随分 からかわれた。
「サンジくんに会えないからって、八つ当りしちゃ、王子さまが気の毒でしょ?」
「・・・私をどうするんですか・・・・?」
「別にどうもしねえよ。」
ぶっきらぼうにゾロは答える。
確かに、エースのところから ここへ連れてこられた事に関して、
ゼダには説明らしい説明など 全くしていないし、不安になって当然だろう。
「事の発端は、あんたが結婚式を嫌がって逃げたからじゃねえか。」
ゾロは、ゼダへ初めてまともな会話をするべく、声をかけた。
「なんで、逃げた。一国の王子がそんな無責任をして、騒ぎにならねえと思ったのか。」
言葉を選び、口調に気を使ってゾロはゆっくりと話す。
かつて、この船には自分の国と、その国民を命をかけて守ろうとした
誇り高き 王女がいた。
彼女と比べると、このゼダのなんと 脆弱なことか。
今、この国に内乱の原因を招いたのは、もとはといえば この男なんだか
女なんだか 良く判らない 王子なのだ。
どうも、ゾロが見る限り、この王子には その責任感というか、
罪悪感が欠落しているように見えた。
「・・・武器を作って、国力を上げて、それが一体 なんになるのでしょうか。」
ゼダが小さな声で呟いた。
「私の国は、武器を作ることによって、栄えてきました。」
武器を作ること。
戦争があればあるほど。
このグランドラインの何処かの国に 激しい戦争があって、
たくさんの人が殺し合いをする道具が 頻繁に売買されれば されるほど、
この国は潤う。
ゼダは、自分が王位を継ぐ、という自覚を持たされた幼い頃にそれに気がついた。
この国の王になるには、ゼダは優しすぎた。
優しすぎたゆえに、残酷な決意を固めていたのだ。
「この国は滅びればいい。国民も、王族も 全て 消え去った方がいいと思ったのです。」
今まで、数々の殺戮のためだけに この国で作られた武器は 一体 どれだけの
命を奪ってきたのだろう。
その代償に。
王族だけでなく、国民全てにその罪を償わせるべきだ、とゼダは言う。
「私が身を隠したのは、これ以上 国力を上げることに対する反対の意を
現したかったからです。」
ゾロは、ゼダの話しを黙って聞いていた。
そして、少し ゼダを見直した。
弱弱しい、腰抜の、女々しいだけの 男だと見くびっていた。
あの 強い男と同じ容姿を持っているなら、これくらい、自分にさえ厳しい強さと
自己犠牲を伴うほどの優しさも その胸に持っていて 当然だった。
そして、王宮の一室では。
「しぶとい男だガネ。」
サンジの太股から 太い蝋燭が突き出ている。
真っ白な蝋にサンジの血が纏わり突き、床にも血だまりが出来始めている。
「部屋を血で汚されるのは、困るが。」とラダは暫し、考えこんだ後、
「仕方ない。」と呟いた。
そのラダの顔に冷酷な陰が宿っていた。その冷たい瞳のまま、サンジを見下ろしている。
ドルドルの男が突き刺した蝋の錐は、サンジの太股の外側から内側へ
肉と皮膚を突き破って貫通していた。
そのおかげというべきか、恐らく 太い血管を傷つけてはいても、
吹き出すような大出血ではない。
「く・・・・っう・・・・・・。」
唇から血が出るかとおもうほど、サンジはきつく 唇を噛んで痛みに耐えた。
「ゼダはどこにいる。」
「それを聞いて・・・どうするって・・・?」
サンジは、搾り出すように声を出した。
だが、その顔は、ラダを嘲笑っている。
「お前は一体誰だ。」
この状況でまだ 不敵に笑う男にラダは、鳥肌が立つような怖れを抱いた。
「この男は、海賊ですガネ。」
サンジの変わりにドルドルの男が答える。
明らかに優位に立ちながら、サンジの気圧されていたラダがドルドルの男の方へと視線を逃がした。
「海賊だと?」ラダは思いがけない答えを聞かされて、やや驚いたような声で
ドルドルの男の言葉を反芻し、聞き返す。
その間、サンジは激痛に苛まれながら ラダの言動を分析してみる。
自分にゼダの居場所を詰問するという事は、ゼダが行方不明になったのは
ラダの所為ではない、ということだ。
さらに第三者なのか、ゼダ自身が失踪したのか。
いずれにせよ。
知らない物は答えられない。
「なにを企んでいる。」
ラダは質問を変えた。
サンジが簡単に口を割るような男ではないと 判断したのだ。
「さあな。」質問を変えたところで、サンジの態度も言葉も変らない。
ドルドルの男は 無言でサンジの足に突き刺さった蝋の錐(キリ)を引きぬいた。
一瞬、恐ろしいほどの圧力を持って、サンジの血が吹きあがり、
ドルドルの男の体にまで降りかかる。
卑屈で卑しげな表情を浮かべて
ドルドルの男はその傷跡に 靴底を押し当て 圧力を加えた。
「あっぐっ・・・・・っ。」
サンジが身を捩る。
ドルドルの男の足を退かそうにも、両手が蝋の手枷で拘束されているので
それもままならず、足蹴にされるがままになっているしかなかった。
「どうせ、知っていても吐くような男ではないガネ。」
生かしておく価値があるのか。
それとも、いっそ 始末した方がいいのか。
ラダは判断しかねた。
この国の実権を握れるかどうかの絶好のチャンスが手の届くところまできている。
同じ、王族の血を引きながら、その出生が定かでないために、
幼い頃から日陰の身に甘んじてきた。
ゼダとの婚約でようやく、王族の一員として日の当る場所へ出られると思った。
ところが、国の大臣達の決定で その唯一のチャンスを奪われたのだ。
一生、夢を持つ事もなく、正体不明の人間として 無意味に生きていかねばならない、
それが自分に科せられた運命だと 諦める。
そんな事は 絶対にしたくなかった。
この国を根こそぎ 奪う。
それだけを夢見て、ラダは今日まで生きてきたのだ。
目の前の血まみれの男をうまく 利用する手はないものか。
ラダが死ねば。
この国の血族は、自分以外にはいなくなる。
特殊な体質を受け継がなかったという理由で 自分が王族として認められなかったが
そうなれば「王位」は必然的に自分のものになる。
この男の死体があれば ゼダが死んだ事に出きる。
本物のゼダがもしも 出てきたら、「ゼダの偽物」という濡れ衣を着せて
殺してしまえばいい。
「・・・ミスター・ドルドル。始末しろ。」
ラダの頭の中で 陰謀の計画が練りあがった。
「死体を運び出す手間がかかるからな。中庭の池にでも 放りこんでおけ。」
誰がゼダを殺したか。その疑いが自分にかかったとしても、誰も どうすることも出来ないだろう。
ラダは自分の計画にほくそ笑んだ。
この国の「王」の権威は 「正義」の旗を掲げるのに必要不可欠なのだ。
その「権威」がラダやゼダの体に流れる 「血」なのだから、それを絶やすような事は
たとえ 軍務大臣であろうと、財務大臣であろうと 出来ない筈だ。
「わかりましたガネ。」
ドルドルの男はしぶしぶ 頷いた。
もう少し、いたぶってやりたかったのだが 今の飼い主はラダなのだ。
その指示に従わねばならない。
ドルドルの男は アラバスタから満身創痍で逃げだして、グランドラインをさ迷い、
流れついたこの国で 金を稼ぐために 海賊を狩った。
その海賊の仲間である能力者にしつこく 付狙われていたところを
偶然 ラダに救われ、匿われていたのだ。
ドルドルの男は サンジの体の下の毛足の長い絨毯ごと おもむろにサンジを担ぎ上げる。
「離せっ!」
重い拘束具をつけられたままの体では もと BWの幹部だった男の
細腕に持ち上げられることにさえ、抗う力を出せなかった。
深夜の王族の居室のある建物付近は その外部に厳重な警備を配置されてはいるものの、内部は 本当に選ばれた人間しか立ち入ることが出来ない所為で
拍子抜けするほど 警備が手薄だった。
サンジとラダが初めて 顔を合わせた 中庭には 清涼な地下水をくみ上げている
清んだ池がある。
ドルドルの男は サンジの体を妙に静かな動作で その水の中へ沈めたのだ。
「水音を立てればさすがに誰かが来るだろうガネ。」
池の深さはごく浅い。
だが、身動き出来ず、足に深い傷を負っているサンジに 確実に静かに致命傷を与える
場所である事には代わりはない。
「もっと、血を流した方が早く楽になれるガネ。」
一度は、完膚なきまでに蹴り飛ばした男に 嘲笑されること、
死が目前まで迫ってきていると言うのに、サンジはそれが我慢ならなかった。
失血して ぼんやりし始めた意識を凝縮した 射るような目つきでドルドルの男を睨みつける。
それは手負いの獣の目つきではなかった。
今だ 戦いを挑む 気概を充分に込めた視線に
ドルドルの男の背筋を一瞬 氷のような空気が駈け抜ける。
明らかに勝者は 自分なのに、その目にドルドルの男は怯え、逆上した。
「その生意気な目を抉り取ってやるガネ!」
ドルドルの男の手が蝋の拷問道具に変わる。
「その生意気な目を抉り取ってやるガネ!」
ドルドルの男の手が蝋の拷問道具に変わる。
目に蝋の錐(きり)が突き立てられる。
サンジは、そう思った。
ドルドルの男もそのつもりだった。
サンジが思わず 目をつぶる。
狂気地味たドルドルの男の笑い声が耳に届く。
サンジの全身に鳥肌が立ち、緊張感に体が竦んだ。
頬に熱風を感じた。
少し、髪が焦げる音と、匂いも。
「ギャアアアアッ」
ドルドルの男の悲鳴にサンジは 驚いて 瞳を開けた。
今夜は新月で、漆黒の闇に包まれている。
けれど、松明のような明かりが ぼんやりした サンジの視界に入ってきた。
「・・・綺麗な目が台無しになるところだったな。」
聞き覚えのある声だった。
ルフィ?
いや、違う。
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