ゼダを狙っている黒幕が誰か判らないうちは、ゼダを宮殿へ返す訳には行かない。
「ウーピー卿に知らせるか?」ウソップの言葉にナミが首を横に振った。
「ダメよ。そんな事したら 1億ベリー、値切られちゃう。」
ナミは腕組みをして考えた。ゾロが口を開く。
「とにかく、宮殿にいるあの馬鹿にまかしてりゃ、なんか 探ってくるだろ。」
「こっちはこっちで 色々探れるはずだ。この島の事情なんかもあんまり 知らねえしな。」
どっしりと構えているゾロを見る ゼダの瞳に熱が篭り始める。
その事に、今は誰も気がついていない。
一方 サンジの方は、ゾロの予想どおり、
見舞いに来る重臣達の顔や 挙動を見、その経歴をウーピー卿から
さりげなく聞き出し、ゼダを狙いそうな相手を探っていた。
しかし、軍務大臣と財務大臣との派閥争いは判ったが、
ゼダに対して、というよりも 王家に対しては 長年沁みついた
畏敬の念のみしか感じる事がないらしく、そんな態度しか見て取ることは出来なかった。
ただ、
「所詮は、お飾りなんだな。」と言う印象は拭えない。
ゼダが王位を継ごうと、継ぐまいと、政権がどうにかなることはなさそうだ。
おそらく、ゼダに必要とされる仕事は、王家の血を絶やさない子孫を
残すことだけなのだろう。その血こそ、この島の最大の「正義」となりうる最大の武器になるらしい。
その肖像画を見たけれど、本当に驚いた。
これなら、産まれた時から側にいた ウーピー卿が見間違えたのも無理はない。
「体が治った様だね。」
部屋にいるように、と言われたものの、ずっと部屋にいるのも退屈なので サンジは中庭に 寝間着にガウンを羽織った格好で一人、散歩をしていた。
ゼダにそんな口を利く人間をサンジは 始めて見た。
振り向くと、鮮やか過ぎるほどの金髪に、ブルーグレーの瞳、サンジより 少し背の高い
若い男が立っていた。
(誰だ・・・?)
サンジは、訝しく思ったが、それを態度には出さず、ただ 黙って立っていた。
「同じ、宮殿に住んでいるのに、お前が発作を起こしたと聞いても
会わせてもらえないなんて、酷い扱いだよ。」と男は溜息をついた。
(・・・発作・・・?ああ、そう言う事になってるのか・・)
ゼダには、心臓に疾患がある、とウ―ピー卿が言っていたことを思い出す。
「お前のたった一人の肉親だと言うのに、枕元に行くことさえ許されない。」
言葉はとても殊勝だが、男の口調や表情に どこか ふてぶてしさを感じた。
「こうして、中庭を散歩することさえ、本当は許されてはいないのだがね。」
「どうしても、お前に会いたくて、戒めを破ってしまった。」
「殿下!何をしておられます!」
サンジの世話をしてくれる、(というより、ゼダの乳母でもある 侍女の一人)が
大声でサンジに叱責の声をかけた。
もちろん、サンジの正体には まだ 気がついていない。
そのあまりの大声に驚いて 声の方へ顔向けると 恐ろしく 真剣な顔で転がるように走ってくる。
「まだ、風に当っては体に触ります!」
そう言って、駆寄ってくると、サンジの目の前の男にきつい視線を投げつけて、
「ラダ様、ここは王族以外の立ち入りを禁じられている庭です。」
「即刻 立ち去ってください。」と厳しい口調で言い放った。
「お前は立ち入っているじゃないか。」とせせら笑う男に、屈することなく、
「お側に侍っている者は特例で許されています。」と言い返す。
「お前の顔は覚えておくよ。私にそんな無礼な言葉を吐いた事をいつか 後悔するだろうな。」と
小さくつぶやくと、サンジと侍女の方に背を向けた。
「・・・・と、言うようなことがあったんだが、ラダって誰だよ。」
自室でソファに深く腰を降ろし、煙草を吹かしながらウーピー卿にサンジは尋ねた。
今は、深夜で側には誰もいない。
「・・・ラダ様が・・?そんな事を?」ウーピー卿の眉が曇った。
「・・・ラダ様は、ゼダ殿下の兄、という事になっていますが、下賎の血を引いておられて、王位継承の権利のない、王家の人間だとは認められていない方なのです。」
サンジは、それを聞いて呆れたように、
「一番 妖しいじゃねえか。そいつだよ、ゼダの命を狙ってるってやつは。」
というと、ウーピー卿は首を横に振った。
「それはありません。」
「なんでだ。ゼダが死んだら、王位はそいつのもんなんだろ。」
「ゼダ殿下とラダ様は、つい 先日まで 婚約されていたのですから。」
「はあ??兄弟で、男同士だろうが。無茶苦茶だな。」
「ですが、ラダ様とゼダ殿下の血など 繋がっていませんし、
ゼダ殿下は特殊な体質の方です。これは、前王の遺言でもあったのですが。」
つまり、ラダという男の出生は 謎だという事らしい。もしかしたら、ゼダの父親もゼダと同じ体質だったから、
女性化した時に 何処かの男のタネを孕んで産まれたのかもしれないし、
男性化した時に、何処かの女に産ませたのかもしれない。
それとも、さかのぼって ゼダの祖父の代からの出生不明な人間がいて、
その子孫がラダという男なのか。
ぜダと血が繋がっていないのなら、後者の方が当てはまるような気がする。
どちらにしても、サンジにとってはどうでもいい事だ。
ただ、どうも あの男が 胡散臭いように思えてならない。
これは、理屈などではなく、ルフィの「勘」と言う言葉に近かった。
そして。
ゴーイングメリー号では。
ゼダ本人から 「ラダ」の存在を聞き出していた。
「妖しいな。」というゾロの言葉をゼダは必死に否定する。
「兄様がそんな事するはずがない。そんな人じゃありません。」
「動機がありすぎるじゃねえか。お前と結婚すりゃ王位は継ぐに等しいわけだろ。
それが出来なくなったから、手っ取り早く てめえを始末する気になったんじゃねえのか。」とゾロは遠慮なく ゼダに自分達の憶測を述べた。
「・・・そんな。」
ゼダは、俯いて目に涙を貯める。
その儚い様子に、もう、誰も何も言えなくなってしまった。
次の日。
事態は激動した。
サンジが、いや ゼダが結婚する予定だった 軍務大臣の息子が急死したのだ。
毒殺だった。
報復の為に、軍務大臣の軍隊が動く。
財務大臣側が濡れ衣だと主張しても 長年 積み重ねてきたわだかまりの前には
双方、抜き差しならない状況に陥って行った。
攻められるなら、防ぎ、更に 機に乗じて 一気に 今まで均衡していた
力関係を優位に持っていくつもりで 財務大臣側も戦闘体制を整えるのは早かった。
国民も真っ二つに別れる。
最悪の事態に向かって、坂道を転がるように たった一日でたいへんな騒ぎに包まれてしまった。
こうなると、犯人探しどころではなくなる。
国中が大騒ぎになっているというのに、サンジのいる王宮は何故か いつもどおりの静けさだった。
外からの情報が入ってこない。
サンジの側・・・というより、ゼダの側にくることを許されている人間は、
外界と切り離された生活をおくっている者らしく、サンジもウーピー卿から 話しを聞かない事には
国中が大騒ぎになっているという事など 知る術はなかった。
そのウーピー卿だが、この事態に東奔西走していて、それどころではなく、
深夜になっても サンジのところに顔を見せなかった。
そのことで、サンジは「なにか 異常なことがあったのか?」という疑いを持った。
そういう疑問が沸いてしまったら、じっとしているわけにはいかない。
怪しいと感じた、その人物からまず 情報を探ろう、と考えた。
昨日 中庭で会った、あの男。
どうにも 無関係だとは思えない。
サンジは、闇に紛れて ラダの居室に向かった。
ゼダは、ラダのことを「兄様」と呼んでいた、と侍女から聞いた、たったそれだけの
情報だけで どこまで ゼダになりきれるか 全く自信がないけれど、
何もしないでいるのは退屈で仕方がなかったのだ。
サンジは、ラダの居室のドアの前で、小さく 咳払いをして、
なるべく 品良く 喋ろうと、接客用の声を出す準備をする。
だが、無言でドアを軽く ノックした。
声を出すのは 最小限でなければならない。
顔が似ているのだから、声も似ているに違いないのだが、口調が違えば
不信感を抱かれてしまうだろう。
ゼダは大人しく、寡黙な性格だとウーピー卿が言っていたから、
なるべく 簡素にしゃべった方がらしく見えるかもしれない。
サンジのノックに答え、扉が無言で開かれた。
「・・・どうした・・・・?」
サンジの姿を見て、一瞬 驚いたような表情をラダは浮かべた。
だが、すぐに 柔らかく微笑むと・・・・その微笑の奥に サンジはやはり、不穏な影を見てとったのだが・・・・ごく 自然な動作でサンジを 部屋に招き入れた。
「こっちにおいで、ゼダ。」
ドアを背にしたまま、無言で立ち尽くすサンジにラダは
椅子に深く腰を降ろした 自分の側にくるようにと声をかけて来た。
女に語りかけるようなその声音に サンジはゾッとした。
婚約中だった、というけれど 一体、どんな関係だったのか わからない以上、迂闊な行動はとれない。
目を伏せ、彼の言葉に従う。
「・・・一人で眠れないのか・・・?婚約者が死んで、悲しくなったのかい?」
婚約者が死んだ・・・・?
サンジはその言葉の意味を瞬時に悟る。
鼻の穴の大きな男か、太った男のどちらかが死んだらしい。そのせいで、ウーピー卿が来なかったのだ。
「別に。」と、なるべく抑揚のない声で簡素に答える。
椅子に腰をかけているラダの前に立つ。
当たり前のように、ラダはサンジの細い腰に腕を絡ませてきた。
(そういう関係か。)つまり、体を預け、体に触れ合う事に躊躇いのない間柄。
自然、サンジがラダを見下す形になっている。
そして、サンジの瞳は本当に ラダを蔑み、見下ろしていた。
その感情の抑揚のない、静か過ぎる瞳に ラダは不信感を持った。
幼い頃から 体が弱く 人に庇われ、守られ、自分一人では
何も出来ない青年の筈が、今 目の前にいる男の体からは
押さえ込もうとしても 誤魔化しきれず 溢れ出す 力強い生命力が立ち昇っているように見える。
何気なく 回した腕に 恥ずかしがることもなく。
自分を静かに見下ろしている瞳には、怯えも恥じらいもない。
優位に立つものの 驕りさえ見て取れるような気がした。
着衣の上からでも判る、引き締まった筋肉も、自分が知っているゼダのものとは全く違う。
「お前はゼダではないな。」
ラダの眼光がサンジに向けられた。
(意外に早くばれちまったな。)何しろ、本人に会った事などないのだから、
取り繕う演技など出来るはずもない。
「だったら、どうした。」サンジは薄笑いを浮かべて、ラダを見返す。
そのうなじに冷たい金属が触れるのを感じ、咄嗟に身構えた。
気がつかなかった。その気配に。
「キャンドルロ〜〜〜〜ック!」
一瞬の出来事で、身構えていたのに、捕まった。
サンジの武器である両足に解けた蝋に見えた物体が
絡みついたと思ったら、それは 真っ白な 足枷となっている。
「うわっ」サンジは そのまま 床に引き倒される。
サンジの襟首に沿わされていたのは、金属ではなかった。蝋で出来た 鋭利な刃物だったのだ。
床に倒れこんだサンジの手首にも あっという間に白い蝋が絡みつき、
そして、両手の拘束は癒着して、完全に動きを封じ込められてしまう。
「クソ野郎・・・・っ。」
まさか、部屋に刺客を飼っているなどとは 予想もしていなかった。
しかも、あの 暗殺集団のナンバーエージェントだ。
サンジほどの猛者でさえ、その気配を感じさせなかった犯罪者としての手腕は今だ 健在だったようだ。
「てめえ・・・・生きてたのかよっ」
サンジの言葉で、蝋の男がようやく 気がついた。
「お前はミスタープリンス!」
「知り合いか・・・?」蝋の男・・・・ミスター3とかつて 呼ばれていた男にラダは尋ねた。
「知っているも何も・・・・。」
蝋の男は口の端を吊り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。
「こんなところで恨みを晴らせるなんて、思いもしなかったガネ。」
「あの時の礼は、たっぷりさせてもらうガネ。」というが否や、
床に転がったままのサンジの顔をいきなり 蹴り飛ばした。
重い拘束具の所為で、身動きを取ることが出来ず、サンジは 腹といわず、胸といわず、蝋の男にいいように 蹴られつづける。
「待て、ミスター。」
薄笑いを浮かべて サンジを嬲っていた蝋の男に ラダが声をかけた。
「ゼダはどこか、聞き出せ。」
「承知しましたガネ。」
蝋の男の掌に、鋭利な棒がむくむくと生み出された。
狂気地味が笑い声を上げて、その拷問道具をサンジの太股に深く突き刺す。
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