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ボクらの歴史[2007年11月の歴史]
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2007年11月01日(木)
■歴史の残滓■
兵庫は三木で調査のおしごと。

三木といえば対秀吉の「三木合戦」。
ことに所謂「三木の干殺し」の三木城の2年近くに及ぶ籠城戦。
そして、城主別所長治の苦渋の決断。しかも長治は当時23歳ッ!!
なんかこう…燃える…もしくは萌えますねッ!!

この時期のこのエリアは荒木村重の謀反だとか竹中半平衛の逝去やら色々あって
自分で勝手に物語を作ってしまいたくなりますね〜。変な想像やら妄想やらで。

で、ちょうど現地の近くにその別所家の菩提寺の法界寺があり、
空き時間にちょっと立ち寄ってきました。
更に事前の現地踏査の折は三木城址も訪ねましたし、
合戦後に秀吉が整備した姫路への街道「姫路道」の跡の道も歩いてみました。

無論、400年以上前の当時とはすっかり様子は変わってしまっているのですが、
それでも城跡周りの斜面や高低差、旧街道の何とも言えない曲がり具合やなんか辺りから
当時がしのばれてなかなかに楽しかったです。

きっちり残っていたり、復元された城跡やなんかを訪ねるのも楽しいのですが、
こういう「なんとなしに」当時を想像する、というのもこれはこれでオツなもの。
自分なりの想像(とか妄想?)もできますし、ね。

いえ、ちゃんと仕事はしましたヨ?


2007年11月02日(金)
■出撃前に…■
明日からのおでかけの準備などの為、働きはじめて2回目の5時台退社。
むしろ、なんだか気が落ち着かないのです(苦笑)

心斎橋に出てお買い物。
といってもカワチで表紙用の紙を買っていたりするわけですが(笑)
あとは、ちょうど先日紅茶の葉が一つ切れたので、
そごうの地下でマリアージュの秋物のお茶を買ったりも。
まだ淹れてみていないのですが、甘い香りの葉で結構面白そうなお茶。

で、「三都」合わせの新刊ですが、残念ながら断念、と相成りました。
「V」の王子xリオン配置なのに「III」のトーマスxセシルの短編なんぞを〜
と思っていたのですが結局間に合いませんでした...orz

これで結局夏コミ〜冬コミの間に新刊一冊もなし、
ということになってしまいました。ダメダメですねー。

■この週末の予定■
明日(11/3)はまたしても(?)阿波は徳島に。

おしごと…、も一応あるんですが、徳島といえば例によって皆谷尚美さんのライブに。
7月の吉野川フェス以来です。楽しみ〜♪

その後は高松に移動、「サンライズ瀬戸」に乗車、東京へ。
いやまぁ、いつものパターン過ぎるわけですが。

サンライズ」エクスプレスで「黎明」の紋章な王子の本を、というのが何となくいいので
初三都の「33」以来ずっと往復どちらか(あるいは両方)「サンライズ」を使うのが恒例に…。
実際、車内(特に海側上段個室)からの黎明の空の色はなかなかのもの。
夏から初秋の頃ですとちょうど真鶴だとか湯河原辺りの海が臨めるところで夜が明けるので絶妙。
 # もっとも、厳密には「黎明」は英語だと「dawn」とかになるらしいですが

そして4日は「三都物語37」。スペースは「ソルファレナ6」です。
前述通り、残念ながら新刊はなし。現在鋭意ペーパー制作中。
なんでも足の下の2Fではマリみてオンリーがあるとのこと。
お知り合いのしあきさん辺りも来られるようですが。

終了後については未定。
実は帰りの切符すら取っていなかったりします。
別にいざとなれば新幹線でその日の間に帰れなくもないですし、てきと〜てきと〜♪
 # 適当にごはんなとに誘っていただければきっと喜んで飛んでいきます(笑)

では行って参ります。
現地でお会いする方よろしくお願いします。


2007年11月04日(日)
■秋の旅行記 1日目(11/3)■
ただいま帰りました(22時前帰宅)。
充実の2日間でした。

まずは昨日3日。

前夜から色々とやるべきことがあったので結局ほとんど寝ている間もなく朝6時少し前に出発。
寒いのなんの。特に駅までの自転車が。もう手袋やらマフラーやらが欲しいくらい。

7時15分OCATバスターミナル発の「阿波エクスプレス」で徳島へ。
阪神高速の湾岸線の天保山辺りでは初めてちょうど天保山渡船が見えてちょっと得した気分。
一度上から見てみたかったので。

で、その直後に見事に沈没。気が付いたらもう鳴門市内でした。
淡路島を走っている記憶が全くありませんよ(苦笑)

徳島市内二カ所であった皆谷尚美さんのライブに。

一つは眉山の山頂の特設ステージ、もう一方は市内の藍場浜公園の「狸まつり」の会場。
曲目は下記の通り(…だったと思う。メモとらなかったので)。
「狸まつり」は♪「遠いこの街で」が無かった…気がする(弱

♪「遠いこの街で」
♪「コスモス」
♪「交差点」
♪「ちいさなまほう」
♪「これから」
当日は野外ライブにはうってつけの見事なまでの快晴。

眉山の方は同じ眉山ででも室内でのクリスマスライブとはまた雰囲気が違ってよかったかと。
フルバンドは初めてですしね。風のキツさもそれもまた味。

「狸まつり」会場の方は、お祭りの会場のステージにて。
他にはちびっこカラオケ大会やらコナンの着ぐるみショーやらをやってました。
ちびっこのカラオケがまた上手でビックリ。

ステージのセッティングにもたついて14時スタートが少し遅れたので特に後半が少々大忙し。
基本的には眉山のと曲目やなんかは一緒でしたが、音響やら会場の雰囲気も違いますので
こちらはこちらでまた楽しめました。ヴァリエーションの差違が楽しめた、というか。

とりあえず大好きな♪「ちいさなまほう」を2回聴けたので幸せです。

市内でおしごとをこなし、19時半の特急「うずしお」で高松へ。
高松では「サンライズ」車内でのお夜食の買い物をしていてさぬきうどんを食べ損ね。
しょんぼり。

21時26分、寝台特急「サンライズ瀬戸」高松発。
やっぱり夜汽車は始発駅ですね〜。この滑り出す雰囲気がたまりません。
惜しいのは「電車」なので「客車」の様な発車時のゴツンッという動揺が無いことでしょうか。
なんだか物足りないな〜っと。

しばらくは部屋の灯りを落として夜景を肴に阿波の地ビールをば。
ほのかな甘みがいい感じのビールでした。

と、夜汽車の旅を楽しんでいた私ですが、悲しい結末(!?)が待っていたのです。

■秋の旅行記 1日目(11/3) おまけ:俺は神は信じんッ!!俺が神になるッ!!■
冬コミ落ちました…(号泣)
世には神も仏も守護獣もいないのか…。

事前にサークル情報を入力しておいたのでメールで当落の通知が来ていたのです。
それにしても、その通知のメールッ!!

Subject:抽選漏れ
From:コミックマーケット準備会 当落通知メール

いや…こう…Subjectだけで全てが語り尽くされている、
ある意味で芸術的と言ってもいいメールかとは思うのですが………。
(無論皮の肉ですとも、えぇ
なんというか…、もう少し気を持たせて欲しかったッ!!
アレですよ、見た瞬間に地獄の底ですよ。
Webの確認だと必要事項を入力して表示までのしばらくの間がありますし!!

なにしろ一発撃墜ですよ!!
某Nさんのトコロのコメントにも書きましたが、
接敵直後に飛行属性無視でヴァージニアの十連ガトリングで瞬殺された様な、
もしくはWA4で何も行動する間もなくボコられて昇天してるユウリィの様なというか…。

しばらくはあまりの精神的ダメージで呆然としてしまいましたとさ。
ショックの大きさに感情の方がついて来れなかったというか…。

仕方ないのでシャワーを浴びてさっぱりした上で
残っていた酒を一気に片付けて不貞寝してしまいましたとさ。

■秋の旅行記 2日目(11/4)■
と、就寝前にトンデモな出来事があったわけですが、
さすがに睡眠不足だった所にお酒を入れたのでよく寝てました。
途中一度も目を覚まさず5時半過ぎ、富士駅辺りで起床。

夜明け前の空と、それに徐々に照らされはじめて消えていく夜の街の灯りを眺めつつ
昨日のライブの余韻に浸りつつiPodで皆谷さんの唄なんぞを聴いてみたり。
♪「サヨナラの記憶」とか♪「ちいさなまほう」とかが合いすぎ。
しんみりほんのり目尻を熱くしておりました。

東京駅には10分遅れで着。
なんでも夜の間に先行列車が遅れていたんだとか。

そして、幻水オンリー「三都物語37」。が、会場前がいつもと様子が違う。
同時開催イベントが制服系イベント「コスカ」にマリみてオンリー「リリフェス2」ということで
男性のお客さんの入場待ち列がすごいことに。
エレベータも2Fの「リリフェス」、3,4Fの「コスカ」の人が多くて、
5Fの「三都」まで昇がる人がなんだか少ないんですが(^^;

と、その同時開催の2イベントの勢いを見たが故、ということもあるのかもしれませんが、
少々「三都」が寂しい…というわけではないのですがゆったり過ぎるというかのんびりというか…
パワーが弱いというか…、そんな風に感じてしまいました。

なにしろ去年と比べるとサークル数が随分と減ってしまってるんですよね。
「V」を扱う「ソルファレナ」配置だけでも百数十もありましたが、それも今や数十程度。
もはやコスプレスペースが丸々1ホール分近くになっていますから。
さすがに「V」の発売からもそこそこ時間も経ちましたし、
幻水シリーズそのものの勢いが少し落ちているというのはあるやもしれず。

とはいえ、しっかりと楽しませていただきましたが。
お隣さんも前回に続き二回目ということで、またしても色々とお話させていただけました。
どうもありがとうございましたm(_ _)m

終盤辺りで「リリフェス」に来ていたしあきさんが登場。
結局帰りの新幹線の発車直前までお付き合いいただけました。ありがたき。

帰路はN700系に追われ、もはや東海道筋では風前の灯火の500系「のぞみ」。
車内の居住性がどうのとか言われますが、あのカッコ良さで全てを許すのであります。
私にとっては新幹線というのは「速さ」の一つの象徴的存在。
その「速さ」を体現したデザインが500系なんですよね。
それがもはや遠からず東海道からは消えてしまう。なんとも残念なことだ。

と、消え去るもののふに思いを馳せつつ無事関西に帰着。

■鬼の爆笑を誘う話■
というわけで、期せずして2007年最後のイベント参加になった今回の旅も無事終了。
夏からこっちのつっぱしり続けてきた日々も一段落。

先日書いたとおり、これで次回のイベント参加は年明けのインテのCityということになります。
少し間があきますので、色々と態勢の立て直しをしようかと。

自分で言うのはあまりになんですが、お疲れ自分ッ!!

それにしても…、昨日の時点ではショックが大きくて何も感じなかったコミケの抽選漏れですが、
なんだか今になって悔しさが滲み出てきましたよ。

ですが一方で「これがコミケ当落のまともな一喜一憂なんだなぁ」という変な感慨があったりもします。
なにしろ「66」から「70」まで他に例を見ない5回連続の抽選漏れを体験していますので
その時期の「あー、今回もなのねー」という昏い諦念と比べるとむしろ遙かにマシ。
「次こそはッ!!」なんて前向きな思いがありますから。

では、受かった方々頑張ってくださいな〜。


2007年11月09日(金)
■時の流れに身を任せ〜♪■
あっという間に次の週末が近付いています。

仕事の忙しさは以前よりは多少は落ち着きましたし、書こうかなと思うネタもなくもなかったのですが、
なんだか呆然と過ごしてしまい、この日記もなんだか間があいてしまいました。

なにしろ、夏頃からずっと先月の「ファルガイアサミット」と11月の「三都」までッ!!と思いテンションを保ってきたので、
その2つのイベントが終わってしまい、なんだか一気に気が抜けてしまった、そんな感じ。その上さらに冬コミの抽選漏れ。
これではテンションを上げろというのが無茶というものもので。で、創作意欲もなんだか低空飛行。(トカ言い訳じみた事を

とはいえ、冬コミも抽選漏れなら抽選漏れで対策(?)を講じねばならないわけで。
立ち止まってなんていられない―――ッ!! 羽ばたかなくちゃッ!! な感じなのです(←某二丁拳銃少女風

というわけで、冬コミ(+α)でやるべき事を列挙。

まずは委託。
委託先として適切かつ思い当たるサークルさんといえば一つしかないのですが(笑)。というわけでよろしく(トカ
ともあれ、数日中にでも正式にお願いするかと思いますので〜。>思い当たる方
可能な限り新刊を用意したいところ。……というか用意しないと、WA新刊が去年の冬コミから一年以上あく事に!

更にゲスト原稿。
まだ正式にお願いされてはいないのですが、例によって(?)、しあきさんのところに創作の短編を寄せることになるかと思うので。
 # もっとも、それ以前にこの18日のコミティア合わせのにも寄せることになっているわけですが。

往復の交通手段の準備。
17日からJRの指定席の事前受付が始まりますので、去年同様それで頼むつもり。
夏コミと同じ轍は踏みませぬ。

「After冬コミ」な1月のインテの申し込み。
15日〆切なのでこの週末にでも済ませておきたいところ。
去年と同じ轍は踏みませぬ。

なんだかんだで結局流れに身を任せてしまう私でありました。


2007年11月10日(土)
■十年一昔、千二百年百二十昔■
毎年亜紀子憂いの……もとい、秋恒例の奈良国立博物館での「正倉院展」。
今年は第59回、来年60回なんですね。確かはじめて来た頃はまだ40回台とかだったような…。

私の中では、夏冬のお祭りがコミケなら秋はコレですね(比較対象がアレな気もしますが…
春は……花粉症でお祭りどころじゃないですから(苦笑)

というわけで今年の印象。

なんとなくですが、少しラインナップが地味だった様な気がします。

毎年何品からは「目玉」的な展示品がありますが、今年はそれが少しインパクトに欠けていたような。
細かい細工やなんかは面白いものではあるんですが、もの全体としてのインパクトの点で。

あとは同じ類のものを少々並べ過ぎの感があったかな、と。
具体的には仏具の「佐波理皿」x5とか繊維の束の「木綿(ゆう)」x11とか。
これれはこれらで面白みはあるんですが、ちょっと地味なので「一般受け」するものではないんですよね。
実際この辺の展示は異様に客の流れがはやかったですから(^^;

とはいえ、やっぱりなんだかんだで楽しめました。

「目玉」の一つの「墨絵弾弓」の絵の細かさ、
「刻彫梧桐金銀絵花形合子」の透かし彫りでの花や葉の表現、
「古裂残欠」の赤の色の美しさやら。

あとは個人的な趣味(というか以前の学問的興味、というか(^^;)で、
古代の税の「調」にあたるであろう先述の「木綿」、
千数百年前の人々の生活がうかがい知れる当時の戸籍やら各種文書などなど…。

無論、例年通りの混み具合ではあったのですが、流石に慣れました(苦笑)
ただ少し気になったのが、他のお客さんの堪え性の無さ。
混んでるからさっさと進めッ!!とかあまり叫ぶのもどうかと思う…。

見終わって館外に出たのは午後6時半過ぎ。
入ったのが2時過ぎ頃ですから4時間ちょっとですか。

会場の博物館新館の前で昨日今日限定でプチ「燈花会」をやっていました。
個人的に各種のライトアップイベントは好きではないんですが、この「燈花会」だけはなかなか好き。
灯りが「ろうそく」というのが自然でいいんですよね。
というわけで、PHSのカメラで一枚パチリ。……ぶれてますけど(^^;

強烈なライト、しかもトンデモな色ので無理矢理照らし出す他のライトアップは無粋というか、無遠慮というか…。
「幻想的」と称されますが、それは即ち「不気味」とも言えなくも無いわけで。
少なくとも青やら紫やらで照らすのはやめてください(^^; しかも下からの「お化けライト」で。

ともあれ、来年も楽しみです(気が早い


プチ「燈花会」
プチ「燈花会」

2007年11月11日(日)
■ふたりじゃ寂しいから輪になって手を繋いだ■
おしごと。

日がな一日、大規模ショッピングセンターの駐車実態調査。
何人が乗った車が何時に入って何時まで停まっているか、そんなことを。

駐車場の様子ってなんだかちょっと不思議。
点の、あるいは極短時間で見るとそう様子は変わらない。
長い時間で見ると少しずつ変わっていく。
でもその変化はあくまで個別の車の変化の集積体。
一つ一つの車が「全体をこうしたい!」なんて思いがあるわけでもなく。
でもなんだか駐車場全体がなんだか生き物の様に姿を変えていく。
いわゆる「群体」みたいなものなんでしょうか。
 # ほら、「あたたかい」とか「げしょ」ってヤツです(偏りすぎの例

そんなことをぼーっと考えていました。
暇っちゃ暇なんですが、何しろ、車がいつ入ってくるか、いつ出ていくか分からないので
下手に場を離れたり気を抜いたり出来ないので。気疲れしましたよー。


2007年11月13日(火)
■「──来たッ!!」■
やっぱりおしごと。
兵庫県下での騒音調査。

調査は無事終わり、神戸線で見事に渋滞にはまりまくりつつもなんとか晩20時過ぎ頃大阪市内に帰還。

で、高速をおりるのですが、そこでタイミングよく流れる「ガメラ2 レギオン襲来」のサントラの♪「飛来」。
ガメラが札幌はすすきのにガーーーっと飛んできてズザザザザザーーーッと着地する時の曲ですね。
飛行形態の翼状の腕を通常の腕に戻しつつ。
 # 仕事の移動で何聴いてるねんというツッコミは却下します。

高速から下道におりるわけですから一気に高度が落ちるわけで。
曲と相まってなんか自分がガメラになったような気分(笑)

一気に仕事の疲れが消え去りましたとも。
オタクですからッ!!

しかし、ガメラも然りですが、やはり怪獣やらウルトラマンなんか、
特撮の巨大生物orヒーローには夜の街が似合うと思うのです。
それこそ「鉄人28号」の主題歌の「夜の街にガオッ♪」じゃないですが。

先述の「G2」でのガメラ然り、テレスドン然り、
ウルトラマンアグルの初登場シーン然り、
最近のですと「ULTRA SEVEN X」然り。

ある種特撮故の「粗」が目立たなくなる、ということもあるのですが、
なんというか…巨大感が引き立つんですよね。
あとは光っている目やなんかが効果的。

というわけで、会社に戻ってからの作業は
「ちゃーんちゃららーんちゃらちゃららららーん♪」と
ガメラのテーマの鼻歌交じりでやっていましたとさ。

大丈夫。周り分からないから!!(←そういう問題ではない

■2008年第一号■
1月のインテのCOMIC CITYの申し込み完了。
2008年の第一号のイベント参加になります。

WAと幻水、どっちにしようかと悩んだのですが結局WAで。
幻水は翌月の「三都」にも参加するつもりですから。

こうして少しずつスケジュールが固まっていくのであります。


2007年11月14日(水)
■変わり目■
このところすっかり秋めいてきました。
朝晩は随分と冷え込みます。

結構日々出掛ける折の服が困る。
朝晩寒いからといって、下手に厚着をして出掛けると
ラッシュの電車内や小春日和の昼間にはむしろ暑くて困る。

もっとも、その「昼間の暑さ」も数週間前までの「影の下でも問答無用に暑い」ではなくて
「日差しの下に出ると暑い(場合もある)」程度ではあるのですが。
むしろ影の下だと寒いので日差しの下に出てぽかぽか陽気の恩恵に浴したい、という感じ。

こういう間接的(と言っていいのかしらん)に感じる季節の移ろいってなんとなしに好きです。
無論、色づいた山の紅葉だとかような見た目でよく分かる移ろいそれはそれでいいのですが、
日々を普通に過ごしていると見過ごしてしまいがちなこういうのに気付けたらなんとなく嬉しいので。

なんだか昨日とはうってかわってリリカル(?)な日記です(苦笑)

■メッセージ■
こじまいづみ「PICTOGRAPH」

「花*花」のこじまいづみのファーストソロアルバム。

「花*花」は曲の感じや歌詞はそこそこ好きだったのですが、当時はなんだか乗り損ねて
CDやらはほとんど買っていません。「コモリウタ」を買ったくらいかしら。

で、先日、徳島のお店でたまたま見かけて買ったのがこの「PICTOGRAPH」。
「花*花」の頃からの特徴だった身近で素直な歌詞は健在。
しかもピアノとギター程度で「歌」を聴かせる非常にシンプルな曲ですので、
その歌詞がより生きています。

皆谷尚美さん辺りも然りなのですが、どうもこういうシンプルな構成で
メッセージを伝える、というような曲が実は好みなのかな、と最近再認識。
しかも出来ればそのメッセージは込める人と伝える人が一緒がいい。
つまりは曲を書いてそれを歌える人、シンガーソングライター、がいいのかな、と。
気が付いてみたら、他の人がプロデュースしていたり、曲を書いていたり、という人の曲って
あんまり聴いていません。単純に「歌声がいい」というようなだけではなんだか物足りないんですよね。


2007年11月15日(木)
■感覚のズレ■
会社で微妙に恥ずかしい発言を。

「今日頑張れば週末ですし!!」

まだ木曜日ですよ…orz

どうも日曜日に調査があったので、その日を以て月曜日(=週の最初)と身体が認識しまっている様子。
あとは仕事の進み具合がそこそこ順調なのでもう週終わりのつもりだったのかも。

久し振りに毎日に等しくここも更新しているというのに何故分からぬ。
なんとも恥ずかしい勘違いだこと。

■結局ジッとしていられない私■
さて、で、本当の週末(苦笑)の予定。

明日の金曜日はなんとか定時で脱出して
谷山浩子さんの神戸は酒心館でのライブに足を運ぶ予定。

酒心館での浩子さんのライブには何度か足を運んでいます。
まずは会場の雰囲気がいいんですよね。
造り酒屋さんの蔵を転用したものらしいんですが不思議とあったかい感じがするのがいい。
音響という観点では本来今ひとつなのやも、でも不思議とふんわりした感じの音になるんです。
その辺がなんだか浩子さんサウンドにあっているのではないかと。
今年の1月以来になりますが楽しんできます〜♪

土曜日は我が青春の街彦根での学部時代の鉄研のOB会にでもいこうかな、と。
去年も行ったのですね(実はまだちゃんと返事をしていない(←極悪
更にその日は彦根に泊まって翌日曜日は自転車で久方振りに市内でもまわろうかと。
無論「観光」的なのではなくてむしろ「あの素晴らしき日々をもう一度」的な観点で(苦笑)
むしろ変わり果てている部分を目にすることになってへこむのかもしれませんが。


2007年11月16日(金)
■物理学者の見解■
谷山浩子ソロライブツアー2007 神戸公演@神戸酒心館。

「定時で脱出〜」トカ書いていましたが結局6時前頃離脱になってしまい大慌て。
むしろ阪神梅田〜石屋川が思っていたよりも時間がかかったのが大誤算。
まさか1時間近くもかかるとは思わなんだ。

というわけで7時の開演に微妙に遅刻。
一曲目の♪「カントリーガール」の途中での入場に。

私にとっては、かもしれませんが、微妙に新鮮なラインナップ。
曲そのものは知らないわけではないけれど、
あまりライブでは聴いたことがない曲が多かった気が。

トークは最近のはまりものの物理学ネタ中心。
ご本人曰く「講演会になっちゃう」。
最新の物理学の各種理論も谷山フィルタを通すとかくも
変な(褒め言葉ッ!!)世界になってしまうのね。

そして、またしても締めは「紅マグロ」でありましたとさ。
もうこのまま定番にしてしまうしか。


2007年11月18日(日)
■今は遠いこの街で■
昨日今日と学部時代の鉄研のOB会+αで彦根に。

朝そこそこに出て10時半頃に彦根入り。
ひこにゃん人気…というか彦根城400年祭故なのか下車客が多い。
街もなんとなく人の多いこと多いこと…。

OB会そのものは13時からなので、しばらくは輪行してきた愛車赤BROMPTON T6で市内を彷徨。
といっても、400年祭合わせの観光客さんは見向きもしない彦根の「ただの街」のエリアを。
住んでいた頃の「想い出の地」とでも言いますか。特に銀座〜京橋〜城町エリア辺り。
当時の私の「生活圏」そのものなわけだけれども、それでいていい感じの街。

所謂「昔ながらの町並み」、京都の町屋だとか、というのとも少し違うのだけれど、
城下町彦根の遺伝子が綿々と受け継がれている雰囲気の街と道。
ハードとしての町並みや家々は決してそんな特別なものじゃない。
でも、そこに流れる空気、雰囲気。そして時間のスピードは他に代え難い

昔とたいして変わらない古くさい街、と言えなくもない。
決してコンビニエンスな街ではない。
路地は狭いし、家も古い。コンビニやなんかもあまりない。

でも主役があくまで「ひと」な街。
巨人の街然とした高層マンションもない、道行く人を道の端に追いやってしまう車もあまり来ない。
徒歩、あるいは自転車で走るのが一番似合うし、便のいい街。

とはいえ、やはり変化はある。
路地道を歩いていると突然目の前に建つレOパレスのワンルーム、
いつも来ていた銭湯もなくなってしまっていたり、と。
ただ、その変化のスピードが無闇に速すぎない。

あまりにも派手に変わってしまい、「ここって前はどんなだっけ?」というような、
街の記憶をぶった切ってしまうような唐突で無遠慮な変化でない。
どちらかというと緩慢、といっていい変化。「あ〜、変わっちゃったね、ココ」という感じ。
ふと立ち止まってこれまでを、変わっていくこれからをかえりみられるくらいのスピードの変化。

別に変化をひたすら厭うわけではないんです。
変わらざるを得ないものもあるし、変わるべきものもあるだろうから。
ただそのスピードがあまりに速すぎると、ただ流されるだけになってしまいかねない。
それはなんだか悲しいことじゃないかな、って思うんです。

久し振りにゆっくり時間をかけてまわってみてなんだかちょっと泣きそうになりましたよ。
いつまでも今のままで…ではなくて、こういう街であって欲しいな、と思います。

■それは、いつの間にか想い出になってしまった物語■
そして、滋賀大鉄研OB会。

まずは近江鉄道彦根駅構内の「近江鉄道ミュージアム」。「とりあえずつくってみました」な彦根駅東口が微妙に空しく。

奥の方に色々と貴重な車両群を抱えたまま風雨にさらし、錆びゆくに任せていた近江鉄道彦根車庫。
当時から飯田線中部天竜駅の「佐久間レールパーク」をもじって、
「彦根レールパーク」にでもすればいいのに、と言っていたものでしたが、
この度の「彦根城築城400年祭」に際して図らずもそれが実現した格好に。

もっとも、その抱え込んでいた貴重な車両群は東口建設のための車庫/工場の規模縮小に伴い、
そのほぼ全てが解体処分に。よって、「近江鉄道ミュージアム」での展示は
各種電気機関車、及び少し前の電車が中心。正直ちょっと物足りないかな、と。
電気機関車は当時からイベントの度に結構目にしていましたし、
電車に到っては当時正に当時乗っていたものですから。
とはいえ、普段は奥に引っ込んでいてなかなか近くで目に出来ない車両を
じっくり見れるというのは悪くはないですが。


彦根レールパーク(嘘)
彦根レールパーク(嘘)
次は、駅前のアルプラザで開催の「彦根まちなか博物館」の「近江鉄道コレクション」の見学。

後輩君の話によると、昨年度までの鉄研の顧問だった先生が中心になり、
近江鉄道の創立当初の各種資料をはじめて展示することが出来たのだとか。

近江鉄道といえば国内の鉄道事業者でも極めて早い時期に創設されたものにも関わらず、
ずっと彦根に本社を構えていることもあり、その創設当時の資料がほとんど現存しているという希有な会社。
そして、にもかかわらず、これまでずっとその多くを公開するのを渋り続けてきたという。
それが、これもまたこの度の「400年祭」をして実現したというわけ。

もともとが鉄道趣味が歴史方面に寄り気味な私。はなかなか興味深い展示でした。
もっとも、他の会員/OBには微妙に退屈だったかもしれませんが、ね。


彦根で飯田線ネタ
彦根で飯田線ネタ
その後は、去年同様アルプラザ6Fのライブリースペース「和」さんで鉄道模型の運転会。

もっとも、今回も持ち込み車両はなし。
……でもそれも寂しいので、出掛ける際、咄嗟に自室に転がっていた
Bトレインショーティーの京阪1900系(限定品ッ!!)なんぞを持ってきてみたり。
で、現地で組もう、という極悪な所業。

が、動力ユニットはあったのですが、台車が品切れということで、
残念ながら単行になってしまったのですが。しかも幌やらパンタやらつけるの忘れてるし(^^;
次回は事前にもう少し準備を〜。(多分去年も言ってた

夕方からは樽樽で飲み会。
前に来たのは在学当時なので何とも懐かしく。
ビールのタワーピッチャーなんかも相変わらず健在で。

その後はカラオケ。人数がそこそこいたので二部屋で。
故意なのか偶然なのかオタ部屋とノーマル部屋になってしまったわけですが。
で、私は言わずもがなでオタ部屋行き(苦笑)
♪「キミのアシタ」とか♪「空を見上げる君がいるから」とかで目一杯弾けて参りました。
微妙に喉が痛い(苦笑)

しかし、会を通して、OBだし控えめにッ!!トカ思っていたはずなのに、
気が付くと微妙に場を仕切ってしまっていたりするのは元会長の血か…。

ホテルの門限があったので11時半頃に脱出。
夜の暗さの中でも分かるこれまた懐かしい道を自転車で走りホテルへ。

実はホテルの予約、事前には取れていませんでした。
Webやなんかで調べてはみたのですが、
400年祭も終盤ということで混んでいるのか市内のホテルはどこも満室。
当日現地で地元の同窓のOBに聞いてみてようやく取れたという。

と、そんな泥縄の予約だったにもかかわらず、なかなかいいホテルでした。
部屋も広いし(その代わり少々高い目でしたが)、スタッフの応対も良く、
翌朝の朝食もなかなかに美味しかったです。
また彦根に足を運ぶ際には使ってみようかな。

翌日目が覚めると寒々とした空。
しかも東の方だけ鉛色の雲が立ちこめているという湖北/湖東エリアの典型的な冬の空。
そして吹きすさぶ冷たい風、時雨れて冷たい細かい雨粒。それらが何とも懐かしく。
当時は嫌で嫌でたまらなかったというのになんとも勝手なものです(苦笑)

当初はこの日は市内を現役生と一緒に適当にぶらつこうかと思っていたのですが、
結局は微妙に不法侵入な鉄研のBOXでダラダラとだべっていました。
実は私の在学当時はまだ「同好会」だったのでこのBOXももらえておらず、
まともに入るのは実は初めて。

久々に当時製作した飯田線は大嵐駅のレイアウトセクションを見せてもらったり、
設立当初の各種書類の束をみんなで見てみたり、
当時よく行っていたお好み焼き屋さんでお昼を食べたり、と。

夕方頃まで色々とだべって撤退。

駅までの帰路、彦根城の内堀端の道。
折からの雨でちょうど彦根城の上に架かる虹。しかもうっすらと二重に。
なんだか無性に嬉しかったです。


京阪1900系単行仕様(嘘)
京阪1900系単行仕様(嘘)


〜懐かし(?)の大嵐駅セクション〜
箱
箱(大嵐駅在中)
スペースコロニー(違)
スペースコロニー(違)
飯田線大嵐駅前(駅舎なし)
飯田線大嵐駅前(駅舎なし)



over the rainbow
over the rainbow

■「想い出」の美化■
同窓会、OB会というのはある種無粋なイベントなのかもしれません。

学生生活というのは限られた期間で終わりが来るからこそ楽しくも美しくもある。
もっとも、それを過ごしているときにはその楽しさや美しさにはなかなか目がいかないのですが。
そして、終わってしまってからかえりみてはじめてその楽しさや美しさに気が付く。

同窓会やOB会、参加してみると何とも甘美なものなのですよね。
ようやく分かった楽しさや美しさのぬるま湯に浸かれるんですもの。
もちろん当時一緒に馬鹿をやれた相手とだと純粋にその懐かしさに笑いあえますし、
さらには当時色々と揉めた相手とも「そういうこともあった」と笑いあえたり。
そしてなんだか、またそこに戻って来れた様な気がしてしまう。
また何か一緒に出来るのかもしれない、なんて期待をしてしまう。

でもそれは実は幻想に過ぎず。決して戻ってはいないんですよね。
今現在のお互いの状況や環境、立場も全然違うわけですし。ただ久し振りに場を一にしているのみ。
本来そこに変な期待をするべきではないのかもしれません。

無論、あくまでそのお互いの現在の立場で可能な範囲で改めて何かを出来ないことはないでしょう。
でもそれはやはりあくまでその当時の「それ」とは違う。

同窓会やOB会、確かに参加しているその時にはいいのですが、
そんな現実、事実に気付かさせられてしまう。だから「無粋」なんです。
どうせならそのまま夢を見ていられればいいのに、とか。

なんてことをとりとめもなく帰りの新快速の中で考えていました。
楽しくはあったんですが、それ故の淋しさ、とでもいいますか。


いつか見たキャンパス
いつか見たキャンパス


いつか見た友達のワンルーム(笑)
いつか見た友達のワンルーム(笑)


2007年11月23日(金・祝)
■キミがボールを追いかけるそのグランドを 千年前に侍が馬に乗って駆け抜けた〜♪■
mixi繋がりの自転車友達と「中河内・南河内ポタ」に。

少々出発が遅れたので、既に出発していた他のメンバーと近鉄若江岩田駅南の飯島三郎右衛門の墓前で合流。

今日のポタの前半でまわる若江〜八尾界隈は大坂夏の陣の「若江の戦い」「八尾の戦い」の舞台。
その関連の史跡が点在しています。この飯島三郎右衛門の墓もその一つ。

この「若江の戦い」「八尾の戦い」、
青年武将萌え気味(萌えて…)な私にとっては非常に興味深い戦いでして、
大坂方の木村重成、長宗我部盛親、徳川方の井伊直孝、と、なかなか才気と武門に優れた武将同士の
壮絶な戦いなんですよね。しかも、若さ故の青臭い暴走もあったりして。またそれが萌える。

まずはその飯島三郎右衛門の墓。
飯島は大坂方木村重成隊に属した河内高井田の郷士。
戦いの序盤で藤堂高虎隊の一角を破った後、戦いにはやる木村重成を諫めたと伝えられる人。

旧河内街道を南に辿ると、その木村重成銅像。
大坂方のアイドルめいていた?彼ですが、この像の状態はあまりよろしくなく…。

更に河内街道を南下、第二寝屋川で東に折れてしばらく行くと山口重信の墓。
彼の縁組が幕府の許可を受けていないとのことで父重信が所領を没収され、
その所領の復活の為に大坂の陣には徳川方の井伊直孝隊で参戦。
木村重成隊との戦いで武勲を挙げるも討死。なお、死後に所領は復されています。
ちなみに享年26歳。やはり若い。

第二寝屋川を挟んだ南側の公園には木村重成の墓が。
ちなみに個人的に大坂方では結構好きかも。まぁ真田は別格として(笑)
見目麗しかったと伝えられる容貌や品。でもそれだけでない才気や勇猛さ。
でも戦いでは若さ故の突出や勇み足もあったりして。
ちなみに享年は22歳と伝えられています。若いね〜。

南に進んで萱振御坊(恵光寺)の寺内町。
堀や道の雰囲気から当時の様子がしのばれます。

その裏手、八尾北高校の西側ににあるのが高塚地蔵。府下でも極めて古い地蔵とのこと。
そして、大坂の陣の八尾の戦い(藤堂高虎vs長宗我部盛親)の折、
長宗我部隊の先鋒の吉田内匠がこの地蔵堂に隠れて、高虎隊の藤堂民部を襲撃。
ですが、装備に劣った長宗我部隊の先鋒は結果として敗退、吉田も討死しています。

その八尾の戦いの主戦場となったのが次に訪ねた八尾御坊寺内町の常光寺。
ここでの長宗我部隊の奮闘振りがまたカッコいいッ!!
なにしろ、ここでの局地戦は夏の陣では唯一と言っていい大坂方の勝ち戦ですし。
(結果としては敗退するのですがまぁそこはそれ)
ちなみに、寺の天井板の一部は藤堂高虎が首実検に使った廊下板を使った「血天井」。

次は久宝寺寺内町に。
この寺内町がまた結構いい感じに残っている。
建物はさすがに大分建て替わってはいますが、道がほぼ完全に残っている。
寺内町の各入口にあった地蔵堂もしっかり残っていますし。
西の外れに長宗我部盛親が登って戦況判断をしたと伝えられる
「長宗我部盛親物見の松」があります。

この辺りでお昼。
チェーン店らしき讃岐うどん屋さんで。最近流行なセルフサービスなお店。
どうもこの手のお店は落ち着いて食べられないのであまり好きではないんですけれども。

旧奈良街道を長瀬川/平野川沿いに進みます。
途中玉串川との分岐の「二又」や「柏原船船だまり跡」、「三田家住宅」に寄りつつ。

近鉄道明寺線の大和川鉄橋と並行する新大和橋を渡って羽曳野市へ。
南河内サイクルラインをしばらく南下。旧東高野街道に転じた辺りが誉田八幡宮。
これまた大坂の陣の「道明寺の戦い」の舞台。境内にその旨の碑もあります。

東高野街道を北に戻る途中に薄田兼相の墓。
冬の陣の「博労淵の戦い」の際の『橙武者』として知られます。
…………というか、むしろそれでしか知られていない?
夏の陣の「道明寺の戦い」ではその汚名をそそごうと奮戦したわけですが結果として討死。

次に立ち寄ったのが道明寺。
明治の神仏分離までは今の道明寺天満宮と一体で非常に大規模な伽藍を誇った寺だったとの由。
現在では比較的こじんまりとはしていますが、非常に手入れの行き届いたいい雰囲気の尼寺。
本尊の国宝 十一面観音菩薩立像はまだ見たことがないのでまた再訪したいところ。

羽曳野/藤井寺辺りは日本有数の古墳の密集地帯。
もっともその多くが天皇陵、あるいはそれに類するものとして
その立ち入りは制限されているわけですが、一部には立ち入りが可能なものもあります。
それらのうちの一つにのぼってきました。

この近辺の古墳は仁徳陵などの堺辺りの古墳群と比すると断面積は小さい目ですが
その「容積」が大きい。つまりは高さがあるんですよね。
実際登ってみての印象もp確かに思っていたよりもグッと視線が高いんですよね。
特に前方後円墳の高い方の後円部に立つと。優に4,5階分にも匹敵するほど。
これはちょっとした発見でした。

その後は旧東高野街道や玉串川沿いを走り、途中恩智城跡などに立ち寄り、
近鉄河内花園駅でフィニッシュ。

10時過ぎに合流で16時頃までの6時間程。
大分のんびりとしたポタリングでしたが、なかなか楽しかったです。

何よりも、これは自転車でまわらないと感じられないのではないかと思いますが、
河内平野の「広がり」、それが感じられたこと。狭くもなく、かといって決して広くもなく。

そしてその河内平野中に点在している大坂の陣の史跡の数々。
大坂落城ばかりがクローズアップされがちな大坂の陣ですが、
実際には河内平野の各地で所狭しと様々な局地戦が繰り広げられていたわけで。
そして、それらの一つ一つ、参加した武将一人一人にドラマがある。

ふと思い至ったのですが、自転車の走る速さって当時の馬の速さに近いんではないでしょうか?
そうして考えると、私はこの一日、当時の武将の速さで河内平野を走っていたんだな、と。
何とも感慨深く。

ちなみに終了後は旧玉串川跡、旧古堤街道跡を辿って京橋へ移動。
夕方5時から10時過ぎまでがっつりと飲みました。
ハゲ鍋をつついたのですが、その肝の美味しかったことッ!!
こう…まさに舌にのせるととろける感じ…。
そして、そのだしの出た雑炊はまたこれが美味しかったです。

そして、まだ乗り足らんのか、というところですが、
解散後は近鉄今里駅まで旧暗越奈良街道の道を辿ります。

この道も然りですが、今日一日辿った道の多くがあまり自動車の通行も多くなく
自転車や歩行者にとっては非常に通りやすい道。
車が氾濫する都市ですが、探せばこんな道もまだまだあるんですよね。

日が変わる少し前に帰宅。
程よく疲れた身体をお風呂であっためてから床に。
その瞬間の心地の良いこと。

これだから自転車はやめられない。



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