1 2 3 4 5
それは、思わず吐いてしまった本音が いたく気にいらないらしく、
すっかり臍を曲げてしまったことから始まった。
とにかく、人の事を棚にあげていうと、ロロノア・ゾロの恋人は我侭で気紛れだった。
その言動も、行動も ゾロ以外の人間に対しては色々と こまやかな心遣いを見せるのに、
ゾロに対しては やりたい放題、言いたい放題だった。
その代わり、ゾロの方も、その体を抱くときは、その日の気分で随分無茶をやったりして、ささやかに対抗していた。
そんなある夜の事。
夢中で抱き合っている最中、うっかり 言ってはいけない一言をゾロは囁いた。
というより、頭がカーッとのぼせて、体の下で 自分の与える快楽を伴う行為に
身を捩らせて喘ぐ恋人があまりにも愛しくて、あろうことか、
「お前は俺のものだ。」と、言う意味合いの言葉を口にしてしまった。
「いっ・・・・・いま、っ・・・・なんつったあ・・・・・てめえっ・・・!」
行為の真っ最中に声を震わせながら いきなり文句をいい出した。
だが、その時は ゾロは なんの気なしに その口を塞いだ。
それに抗うように 歯を立ててきたが、悦楽に犯されている体では
思うように力が入らなかったらしく、ゾロの唇に立てられた歯は
ただ、愛撫に対する甘い答えとしか 解釈できなかった。
その日から、口を利かなくなった。
目を合わさなくなった。
ゾロはさっぱり訳がわからなかった。
「俺が何かしたのかよ。」
二人きりの時間をあえて 作ろうとしない恋人を 無理矢理 格納庫に引き摺りこんで、
詰問して見た。
「自分の胸に聞いてみろ。」
2日ぶりに聞いた 恋人の声は、明らかに怒りと不満を含んでいて、
ゾロと口を利くのも イラつくんだよ、という感情を滲ませている。
「わからねえから聞いてるんだろ。」
そんな態度をとられると、ゾロの方もイライラする。
悪い事をしたという自覚がまるでないところに そんな風に言われたら、
ゾロでなくても 腹が立つものだ。
「じゃあ、言ってやるよ。俺はお前が大嫌いだ。」
「は?」
ゾロは聞き返した。
「俺は、お前とセックスしたくねえ。触られたくねえ。」
(何 言い出しやがる)、とゾロは思った。
一昨日の夜、さんざん よがって、喘いで、盛りあがっていたくせに。
何を拗ねているのか、さっぱり判らない。
「お前、何をそんなに拗ねてんだ。」
その言い方がまた 恋人の癇に障ったのか、いきなり モーションもつけない
回しゲリを脇腹に食らった。本能的に受身を取ったから打撲だけで済んだようだが、
並の人間なら内臓や骨が粉々になるほどの衝撃だった。
(こいつ、本気で怒ってるな。)
その蹴りの威力でようやく、サンジが 自分に対して怒っている事を察した。
拗ねている、などと可愛いものではない。
腸がビリビリと痺れる。
「お前、何様のつもりだ!」
しっかりとゾロを蹴り飛ばしておいて、サンジは口から火を吐かんばかりに怒り出した。
頭から、湯気が出てくる勢いだ。
「何がそんなに気にいらねえんだよ!」
相手が手を出してきた以上、ゾロとしてもそれに応酬する事でサンジの気持ちを探ろうと決めた。
掴みかかって、胸倉を掴んだ途端、腹にサンジの膝がめり込む。
逆にサンジもゾロの胸倉をつかんで、
「てめえの何もかもが嫌いなんだよ!」と思いきり頭をぶつけてきた。
鈍い音がして、二人ともの目の前に銀色の星が散る。
「この・・・・石頭!」その一撃で サンジの額が割れて赤い血が一筋 流れ始める。
そんな事にお構いなく、サンジの長い足がゾロの膝裏に絡んで
ゾロは思いきり 背中から床に叩き付けられた。
馬乗りになったサンジの拳がゾロの頬に乱打される。
だが、されるがままになっているゾロではない。
がら空きのサンジの背中にモーションをつけた膝をぶつけ、
息を詰まらせたサンジの肩を力任せに握りこんで 体勢を逆転させた。
二人とも、息を弾ませている。
「やりやがったな・・・先に手を出してきたのはてめえだぞ。」
「だからどうした。」
ゾロは口の中に鉄の味を感じた。
殴られている間に 切ったらしい。
「何が気にくわねえんだ。」
サンジの顔が悔しさに歪んだ。
力負けしている。刀を持たないロロノアに、全力でかかったつもりなのに、
押さえこまれている事実が悔しくてならない。
「俺は、お前の所有物じゃねえ。」
「これまでも、これからも、お前のものになんかならねえ。」
「なってたまるか、俺は俺のもんだ。」
ゾロはそれを聞いて、呆気にとられたような顔をした。
「・・・そんな事で怒ってたのかよ。」
「そんな事だと!」
他愛ない事だと思った。
本心でないと言えば、嘘になるが、希望だと言えば、希望だ。
そんな曖昧な言葉でこれほど怒るサンジの気持ちが、
「何がそんなに気にくわねえのか、さっぱりわからねえな。」
ゾロは、自分はサンジのものだと思っているし、
そうは言ってくれないのがもどかしいと思っているほどなのに、
その気持ちはサンジも同じだと思いこんでいたつもりだったから
睦言の最中でつい、本音を漏らしてしまったに過ぎない。
それがどうして、お互い流血するほどの殴り合いに発展しなければならなかったのか、
判らないのである。
サンジはゾロの顔を怒りを滲ませた眼差しでじっと見つめた。
判ってない。
頭の中まで 筋肉で出来ているとしか思えない。
「俺のもの」だと?
所有物だから、好き勝手するのか。
所有物だから、側にいて当たり前ダと思うのか。
所有物だと、俺を見下しているのか。
口で機関銃のように捲くし立てたとしても、ロロノア・ゾロの性根を
正さない限り、ずっと 心のどこかにわだかまるこの気持ちを簡単には 口に出せない。
サンジはゾロの事を 「自分のものだ」などと考えた事など一度もなかった。
だから、余計に腹が立つのだ。
「どけ、このクソ野郎!」
サンジは、組み敷かれながらもあらん限りの力を振り絞って暴れた。
両手を自由にしたままだと遠慮なく 拳が顔面に飛んでくるので
ゾロはそのその手を片手で纏めて サンジの頭の上で固定する。
野生動物の捕獲をしているようなものだ。
うっかり 力を抜くと牙を立てられてしまう。
全力をもって押さえこまないと、流石にサンジを拘束する事は出来ない。
鈍い音がした。
「いっ・・・・・!!」サンジの顔が歪んだ。
それに ロロノアもすぐに気がついて、思わず 手を離す。
サンジの手首には もう鬱血の跡がくっきり残っていた。
サンジは左手で右手の手首を握りこんだ。
額に脂汗が吹き出している。歯を食いしばりながら、射るような目つきでゾロを見上げた。
「この・・・・。ば・・・・・かぢからが・・・・・。」
手首の骨が折れた。
痛みもさる事ながら、常に「料理人は手が命」と言っているのに、
あろうことか その大事な手を 痴話喧嘩で傷つけられた。
激しい怒りがサンジの全身から噴き出す。
あまりの感情の激しさにサンジは言葉さえうまく 口に出来ないほどだった。
さすがに ゾロも まずい事をした、と顔から血の気が引いて行くのを感じた。
やべえ。
その言葉しか、ゾロの頭の中にはわかない。
サンジは 怒りどころか憎しみさえ感じさせるほどのきつい視線を
ゾロにぶつけながら ゆっくりと立ち上がった。
そして、これ以上ないほどの低い、凄みのある不気味な声で、
「てめえの気持ちはよ〜〜〜〜〜〜〜〜く、わかった。」と言い放つと背を向けた。
何がわかったって言うんだ。
わからねえっていってんのは俺の方だったのに。
そう言いたいのに、向けられた背中は完全にゾロを拒絶している。
ゾロに手首の骨を折られた、という事実がサンジをこれ以上ないほど怒らせたのだ。
怪我自体、大した事はないだろうが、今までで 一番 厄介な
仲たがいになるに違いない、確かな予感がゾロを襲う。
サンジはそのまま 甲板へ出て行った。
「・・・・やべえ。」
夕方には島につく、と朝食の時 ナミが言っていた。
ひさしぶりに 大きなベッドや柔らかいソファや 大きな風呂場で
・ ・・・と思っていたのに。
ゾロは自責の念と、期待が外れるだろう落胆をふくんだ、大きな溜息をついた。
サンジの手首は、倍の太さ以上に腫れあがっているが、チョッパーには診せない。
これくらいで医者の世話になんか、なりたくないし、
怪我の理由を尋ねられたら 余りに馬鹿馬鹿しくて それを答えるのも億劫だったからだ。
絶対 許さねえ。
「俺のもの」なんて ほざいた挙句に
俺の一番大事な右腕を傷つけやがって。
土下座したって、許してやらねえ。
二人の関係を終らせるつもりはないが、ゾロが謝って来たとしても
簡単にはとても 許せそうにない。
冷静になれば、もとの原因が些細な事だった、と気がつきそうなものなのだが、
今回は 我侭でも気まぐれでもなく、
自己主張をした結果の喧嘩で力負けした事も悔しくてならないのだ。
これ以上ないほど、機嫌の悪いサンジの態度は隠そうとしても聡いクルーには悟られる。
サンジから発せられる異常なオーラは 船内の空気を冷え冷えとさせた。
「なんか、あったの?」
ナミが心配そうに尋ねたが、サンジはにこやかに「なにもありませんよ?」と
答えるものの、その瞳が笑っていない。
幸い、島についたので 今回は個々に行動する事にした。
「とにかく、いつもどおり 仕事はこなしてちょうだいね。」と
ナミは 不穏な空気を漂わせながら いつもどおりの佇まいを装う二人に
念を押し、4日後の朝には必ず 船に戻るようにと指示をして、ルフィを伴って、船を降りた。
いつもの仕事、というのは賞金首を狩って、賞金を手に入れることを指している。
ウソップとチョッパーは、まるで逃げるように さっさと船を降り、宿を探しに出かけてしまう。
二人きりになっても、サンジは相変らず ゾロを完全に無視する。
いや、そんな生ぬるいものではない。
拒絶し、黙殺しているのだ。
うっかり言ってしまった言葉に関しては 謝るつもりはないが、
右の手首を折ってしまった事に関してはゾロに 100%非がある。
「おい。」
声をかけても 振り向きもしない。
・・・・悪かった。
喉まで 出掛かっている言葉が何かにつっかえているようで出てこない。
「てめえも、さっさとどっか 行っちまえ。」
背を向け、僅かに顔の角度だけを変え、サンジは あの時と同じ、
低い声で言うと、男部屋に入ってしまった。
今は、何をいっても 恐らく 聞く耳など持たないだろう。
少しだけ、時間をおいた方がいいかもしれない。
この事態から逃げるわけではないが、ゾロは、どうにも サンジの側に近寄りがたかった。
ゾロはあてもなどないままに 船を降りた。
町を歩いていると、何時の間にか 如何わしい商売をしている店が連なっている場所に出た。
値段を見ると、一人で宿に泊まるより 安いように思った。
正直、今夜はサンジとの行為を気持ちよりも体が勝手に期待していて、
どうにも なにもせずにやり過ごす事などできそうになかった。
サンジと関係を持つようになってから、女を買っていなかったが、
性欲を処理するだけなのだし、別に後ろぐらいとは思わない。
サンジだって、行く先々の島で 女と見れば鼻の下を伸ばしているのだし、
精神的に浮気(?)しているのを咎めたこともないのだから、
別に肉体的排出を金で買うだけなのだから、おあいこだ、とゾロは
勝手に理屈をこねて、適当な店に入り、適当に女を見繕ってもらって一晩、臥所を共にした。
トップページ 次のページ