ゾロのように 方向音痴ではないが、土地勘のないサンジが逃げるには、
追い詰められていると薄々 判っていても追っ手が来ないだろう、
と予測できそうな判りにくい道を選んでいくしかなかった。
木の葉を隠すには 木の葉の中、というが、人ごみに紛れるのが
一番 隠れやすいと思っていても、人通りが 頭にくるほど少ない。
逃げる自分たちも、追う アマゾネス軍団も人目につくこと、この上なかった。
「町を抜けたら森があります。」
横抱きにされた女が サンジに教える。
人ごみが当てにならないのなら、木立に紛れて 追っ手をまくしか方法がなさそうだった。
「しっかり、掴まってて下さいよ。まだ、デートの途中でスからね。」
サンジは、不安げな表情を浮かべている女を安心させるために
優しく声をかけた。
この女がゾロとまる2日も過ごした娼婦だとは、想像だにしていない。
「遅いな。」
買い出しに行って来る、といったまま、日が暮れ始めたのに、
まだ サンジが帰ってこない。ゾロは、舳先で港を見下ろした。
まだ サンジはまだ 何も 言わない。
それがゾロには もどかしくて、不気味だった。
許してくれたのか、まだ こだわっているのかが 判らない。
手首を折った事は 謝ったつもりだが、
あの時、サンジはしたたかに 酔っ払っていた。
酔っ払い相手に謝った気になれず、もう一度 ちゃんと
謝りたいと思っているのに、その話題をサンジは 避けようとしている。
サンジは、力負けした事をいつまでも 言われるのが気にいらない。
手首を折られた事はどうしても 許しがたい事だけれど、
それを謝られるという事は、力負けした事を認める事になるし、
これから先 取っ組み合いの喧嘩の時に手加減される事になるかもしれないという事が
何より 我慢ならない。
謝られるよりも、いっそ、なかった事にしてもらいたいのだ。
忘れて欲しいのだ。
だから、ゾロが謝ろうとしたら、話題をすり替え、聞く耳を持たない。
そのサンジの心理をゾロは判っていなかった。
ここでまた、二人は微妙に すれ違い始めている。
まさか、俺が女を抱きに行った腹いせに、自分も女を抱いてるんじゃないだろうな。
ゾロはふと、そんな 低俗な事を考えた。
サンジが女を抱く。
想像しただけで、頭に来た。
勝手だとは思う。
あれは、俺のもんだ。
他の奴が触るなんて、我慢出来ねえ。
ゾロの頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
嫉妬など、今までした事なかった。
サンジが自分をどう思っているか、など どうでもいいくらい、
自分の気持ちだけを大切にして来たからだ。
サンジがどう思っていようと、自分は誰よりもサンジを大切にするし、
大切に想っている。それだけで 何も怖くなかった。
けれど、最近、自分でもはっきりと自覚できるほど 欲が出てきている。
「対等だ」とお互い 口にははっきりと出さないけれど、それが まず、根底にある筈で、
腕力や、性行為中の立場でさえ、いつも 同じ力関係であろうとして来た。
だったら。
「想い」も同じであっていいはずだ。
今までは、自分と同じ気持ちを抱いてくれている、と信じていられた。
けれど、
「お前は俺のものだ。」と言う言葉を 激しく否定したサンジの心が、
自分とは 違うものだと、ゾロは気がついてしまったのだ。
それなら、「想い」の深さ、重さはどうなのか。
「対等」ではないのだろうか。
自分だけがこんなに 強く みっともないほど サンジにこだわっていて、
サンジにとって、自分は一体 どれくらいの価値があるのか、気になり始めた。
今まで、一度も考えなかった事がゾロの心の中に次々と下らない
猜疑心となって涌き出てくる。
独占したい。
あれは、俺のもんだ。
誰にも触れて欲しくない。
他の奴が触るなんて 我慢出来ねえ。
それが今のゾロの 剥き出しの心だった。
サンジの口から、サンジの言葉で もっと ゾロに素直に
自分の気持ちを伝えていたら、ゾロもそんな風に煮詰まる事はなかった。
もっと、余裕を持っていられた。
じっと、サンジの帰りを待っているの事が出来なかった。
これ以上、自分の気持ちがどす黒く変わっていくのを感じていたくなかった。
案外、買いものに手間取っているだけかもしれないのに、
側にいないだけで これだけ 焦燥感に囚われるくらいなら、
いっそ、探しにいった方がいい、と思ったのだ。
ゾロは、船番を放り出し、サンジが向かっただろう、市場に向かった。
その頃、サンジは森の茂みに身を潜めていた。
「一体、あなた、何をしたんですか。彼女達、まあ、いわゆる泥棒でしょう?」
サンジは つい最近 彼女達に襲われたばかりだ。
金目のものがないのと、明らかな戦力の違いにリーダーは
あっさりと引き下がっていた。
「・・・あなたには、関係ないわ。」
女は怯えながらもサンジの 問いに答える事を突っぱねた。
「関係なくないでしょう。俺だって、狙われてます。」
「私を連れてるからでしょう。」女がそっけなく言う。
その割りに、サンジの腕を振り払う事もしない。
「デートを中断したくないですから。」
「・・・変な人。」真面目くさっていうサンジに 女は少しだけ笑顔を見せた。
「私、初恋の人を探しているの。」
サンジは、女の話しを聞いて、その「初恋の人」がゾロだとすぐに察した。
ゾロに会うために、腹違いだとはいえ、肉親を金に換えた女。
サンジは、その女に複雑な想いを抱いた。
男として、同情する。
そのひたむきな恋心に 感動もする。
「・・・そうか。初恋の人か。」
サンジは、独り言のように呟いた。
そして、その行動に少しの後悔もしていない。
サンジは、その潔さが羨ましくさえ、あった。
「いたぞ!こっちだ!」
二人の気配を察して、近くで大声が上がった。
「・・・ねえ、逃げてばかりいないで、やっつけてよ。」
「女性に足を上げることは出来ません。」
また、サンジはまた 女を抱きかかえて、走り出した。
「黒スーツの男が女を抱えて逃げてた?」
市場に行くと、その噂で持ちきりだった。
あいつ、やっぱり女を引っ掛けてたのか!と頭にくる。
けれど、追いかけているのが 女の集団と言うのを聞いて、ゾロの顔色が変わった。
絶対に手だし出来ず、逃げて、逃げて、逃げきるしか やりようがないはずだ。
その連れの女を放り出す事も絶対にしないだろうし、このあまり よく知らない町で
土地勘のある集団に追い詰められるのは目に見えている。
(いてて・・・・。)
サンジの手首が痛み出した。
折れたというのに、碌に治療していなかった、手首の傷が女の過重で痛み始めたのだ。
街中では、さすがに銃を撃って来ることはなかった。
けれど、郊外に出た今、遠慮なく 銃を発砲してきた。
「おい、その女を放せ、お前も殺すぞ!」
とサンジに向かって怒鳴りながら、威嚇射撃をしてくる。
もともと 殺人が生業ではない彼女らは、やはり 無駄な血を流す気はないのだろう。
「離さないわよね?」
女はサンジの首にしがみ付いた。
初恋の人がゾロだ、と言ったくせに、他の男に媚び、利用し、
女の狡さをこれ以上ないほど、発揮している。
こんな女に男は簡単に 騙されるのだから、男は やはり女よりも
おろかだと言っていいかもしれない。
ただ、今のサンジに関しては、冷静だった。
今、逃げきったとしても、彼女を守りきるには、根本の原因を解決しなければならない。
その解決策など、思い浮かばないまま サンジはただ 逃げまわるしか術がないのだ。
心にわだかまりを残したままで。
森の中に走りこむと、朽ち掛けた大きな廃屋があった。
その裏手は高い崖になっている。
「クソッ。」
ここに逃げこめ、といわんばかりの場所だ。
サンジは、一旦 女を地面に下した。
「ここに隠れるの・・・・?」
女は不安げな顔をした。追い詰められているのにはさすがに気が付いたらしい。
サンジが今まで かばってきた女・・・例えば、ビビやナミが同じ立場なら、
「あなたはもう、逃げて。」というだろう。
だが、この女はあくまで サンジに守り切ってもらうつもりらしかった。
追っ手はすぐ 側まで迫っている。
サンジはすぐに、女をその廃屋に入るように促す。
女が駈け込んでいった廃屋をサンジは振りかえって見た。
焼け出されたら終りだろう。
女相手に足技を使うのには やはり抵抗があるけれど。
初恋の為に、ゾロの為に、命の危険を犯した女を守ろう、と決めた。
「ついに女を見捨てたか。いい判断だな。」
追っ手の女の集団がサンジに追いついて、不敵に笑った。
胸の膨らみがなければ女とは とても思えないだろう。
銃を構えている女は、確かに女性なのだが、サンジの体躯よりもはるかに大きい。
その後ろに控えている女性たちも皆、眼光鋭く、身のこなしも、
ナミやビビのように 鋭敏で隙がない。
人数にして、ざっと30人ほど。
武器は殆どが 銃器だ。
「見捨てたんじゃない。どうせなら、大勢でデートしようって思っただけさ。」
サンジは、煙草に火をつけた。
手首の骨が痛む。
得意の旋回技はおそらく、一度しか使えないだろう。
「退け。」
玄関のポーチから退こうとしないサンジに先頭の大女が威嚇するように
銃口を向けた。
サンジは、にっこり、と笑う。
相手が男なら、口の端を不敵に吊り上げた笑いを浮かべるのだが、
女性相手では、自然、いつもの柔らかな笑みしか頬に浮かばなかった。
「レディの指は、引き金を引くためにあるんじゃないよ。」
「黙れ!」
銃が発砲される。
女が怒鳴る。
サンジの足が地面を蹴る。
それらは 全く同じ瞬間に生じた動作だった。
空中でサンジは体を回転させ、落下しながら、
「君らの指は」
その足が女の銃を地面に叩きつける。
すかさず、その銃を遠くへ蹴り飛ばし、
「綺麗な」
振りかえって、もう一度 地面を蹴る。
「指輪が」
女たちの銃口が空に向けられる。
だが、落下してくるサンジに照準を合わせる時間はない。
体を捻るように回転させて、サンジは数丁の銃を弾き飛ばした。
「似合う筈だろ!」
「そいつに構うな!屋敷に火をかけろ!」
一番最初に サンジに蹴られた女が仲間達に怒鳴った。
後方にいた女の数人が その言葉に一斉に行動を起こした。
ウソップの火薬星。
それと全く同じものを構えたのだ。
朽ち掛けた木造の廃屋に火がついたら一たまりもない。
まして、すぐ裏側は、高い崖になっていて、件の女の退路はないのだ。
自分に向かって撃ちこまれた火薬星なら、蹴りの風圧で一度に消すことが出きる。
けれど、屋敷向かって 不規則に撃ちこまれる火薬玉を瞬間的に消化することは
難しい。
サンジは、女達の銃口を飛び越え、火薬星を放とうとしている一団へ向かって
再び 跳躍してその足元に降りたち、即座に地面に両手をついて、
両足を大きく旋回させた。
耳に鈍い音が聞こえ、手首に唐突に感じた激痛に、倒立のバランスが崩れ、
すべての火薬玉を阻止することが出来なかった。
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