サンジが消す事ので着なかった火薬玉が 廃屋の壁で炸裂し、
瞬く間に 炎が壁を舐めるように広がっていく。
「チッ」
サンジは、舌打し、何のためらいもなく、女を救い出すべく、その仲へと走り込んで行った。
「お嬢さん!」サンジは、大声で呼ぶ。
女が怯えきった表情で 二階から駆け下りてきた。
早く逃げ出さないと、炎で外壁が崩れてしまう。
サンジは、自分が駈け込んできた 玄関を降りかえった。
バターン。
しまった、と思った。
こうなる事は予測しておくべきだった。
女の盗賊集団は、サンジを屋敷の中に閉じこめ、女ともども 焼き殺すつもりなのだ。
古い館の癖に、玄関の扉だけはやけに重厚で、おそらくサンジのけり技を持ってしても
破く事は出来そうにない。
「・・・こんなところで、死ぬの・・・・?」
煙りが床や壁の隙間から部屋の中に侵入し、息が苦しくなってきた。
サンジに肩を抱かれた女が心細げに呟く。
男の庇護欲を掻き立てる様に。
その姿態は、サンジを奇妙なほど冷静にさせた。
さっきから わだかまっていた 心の澱みを口にする。
「君、ゾロに会うんでしょう。そのために姉さんを売ったんだろ。」
「なんで、そこまで奴に惚れたんです。」
女は、意外なサンジの疑問に対して、震えながらも、問い返して来た。
「どうして、ロロノア・ゾロの事を知っているの?」
サンジは、一瞬の躊躇いの後、はっきりと
「・・・奴は、大事な仲間だからです。」と答えた。
それ以外の言葉が咄嗟に浮かびそうで、浮かばなかった。
仲間。
本当にそれだけか。
そうじゃないけれど。
なら、なんだろう。
あいつは、俺にとって。
俺はあいつにとって。
仲間以上の何者なのだろう。
適当な言葉など、思い付かなかった。
俺は、あいつを一体なんだと思っているのだろう。
「そうなの・・・?」
「じゃあ、私を助けてくれたのは、私をロロノア・ゾロに会わせてくれようとしたのね。」
あまりに都合のいい言葉に、自分自身への問いかけに 集中しかけていたサンジが
はっと我に返った。
「そうかも知れないし、そうじゃないかもしれない。」
サンジは、女の呆れるほど身勝手で、自分の都合しか考えていない言葉に
改めて、苦笑いをして、曖昧に答える。
「たった、2日だったけど、優しくしてくれたわ。ただの娼婦なのに。」
「寝言で、お前は俺のものだって。」
女は、サンジに体を摺り寄せてきた。
今、命を守ってくれるのは、サンジしかいない。
それに縋って、生き延びようと 必死なのだ。
生きて、ロロノア・ゾロに会うために。
「当然、私のことじゃないって判るけど、そんな風にこの人に言われてみたいって、
そうなったら どんなに幸せかしらって思ったの。」
サンジは、その女の気持ちを複雑な思いで受け止めた。
「・・・そっか。」
そして、笑った。
「だったら、どうしても逃げきらなきゃな。」
窓の外は崖。
裏口に回ろうにも、もう火が回りすぎている。
壁を蹴り破れば 屋敷全体があっという間に崩れるだろう。
けれど、それしか退路はなさそうだった。
外に出ても、まだ 例の猛々しい女性達が銃を構えて待っているだろうが、
こんなところで炎に巻かれて死ぬのはまっぴらだ。
サンジは、女をまた 抱き上げた。
「しっかり、掴まって。それと、約束してください。」
「ゾロとデートする前に、俺とのデートに最後まで付合うって。」
そう言って、女を振り向き、悪戯っぽく笑ってやった。
サンジは、力任せに壁を蹴った。
外から急に新鮮な空気を吸い込んだ炎は、サンジと女を爆風でもって、
屋敷の外へ弾き飛ばした。
熱風に吹き飛ばされ、サンジと女はその勢いを殺すことが出来ず、崖のほうへと転がっていく。
凄まじい酸素の消耗に巻きこまれ、サンジも女も一瞬で意識を失っていた。
それでも、サンジはその女を胸に抱いたままで。
そして、その体をさらに抱きとめた影があった。
だが、吹っ飛ばされた勢いを止めることが出来ず、その影もろとも、
サンジは女を抱いたまま、崖の下へと落下して行った。
頭の後ろの髪がじっとりと濡れて 固まっている。
見覚えのある女を抱きしめて、しっかり瞳を閉じて。
ここは崖の半ばほど。
偶然、大きな木根の塊にどうにか ひっかかって、地面に叩き付けられる事はなかった。
だが、不安定な足場で、三人分の重みに少しづつ 傾いで来たこの場所に
いつまでも、いるわけに行かず、サンジを抱いていた影は、体を起こして崖の下を覗き込んだ。
「よし。」
この高さからなら飛び降りても大丈夫だろう、と判断した。
「俺の知らねえところで 怪我しやがって。」
サンジの顔を覗きこんで 苦々しげに呟いた。
その腕の中の女など、その腕から剥ぎ取って 地面に叩きつけてやりたいくらいの
憎しみが湧く。
けれど、サンジが身を挺して守ろうとした女を自分が危害を加えて
どうすると言うのだ、と考え直した。
ゾロは、二人共を小脇に抱えて 崖の下へと飛び降りる。
サンジよりも、女の方が先に意識を取り戻した。
その場所は、崖の下だった。
すでにサンジの腕の中ではなかった。
そして、恋する女にとっては、夢にまで見た ロロノア・ゾロの姿が
目に飛び込んできた。
だが、自分には背を向けて、じっと、横たわったまま 微動だにしない
金髪の男を凝視している。
「このバカ」
ゾロの手が金髪の男の額にこびり付いていた煤を擦り取った。
(そういえば、仲間だって言ってたっけ・・・。)
「大事な仲間です。」と、金髪の男は言って。
複雑な表情を浮かべて 笑っていた。
あの笑みの意味は一体なんだったのか、覚醒したばかりの女は考えられない。
ただ、ロロノア・ゾロの姿に胸を高鳴らせた。
背中に女が意識を取り戻し、自分に視線を向けているのに ゾロはすぐに気がついた。
だが、無視する。
意識を取り戻さない、サンジの方が。
いや、意識があろうと なかろうと、サンジの方が大事に決まっている。
頭を打っている。
髪を汚す血の量からして、かなり強く打っていることが伺えた。
チョッパー曰く、「頭を打ってるかもしれない時は、動かしたらダメだよ。」と
言われている。ゾロは、乱暴に揺さぶる事も出来ず、
ただ、静かに サンジの顔を汚している煤を 掌で擦り落とすことで
意識を取り戻してやろうとしていた。
「う・・・・・・。」
薄い色の瞼が小さく 戦慄いた。
(ここはどこだ・・・?)
まず、サンジはそれを考えた。
徐々にはっきりしてくる意識の波に乗せて、現状を把握する。
あのレディは?
腕に抱いていたはずなのに。
温かい手がごしごしと頬を擦る。
痛いくらいだ。無骨な、よく知っている掌だ。あの可憐なレディの掌ではない事は
確信できる。
「・・・・痛エな。乱暴に擦んな。」
眼を閉じたまま、その扱いに文句をつけてみる。
一瞬、その手の動きが止まった。
予想した通りの声が頭の上から降ってきた。
「うるさい。気がついてんなら、目を開けろ。」
サンジは、目を開けた。
そのかわり、唇を塞がれた。
「・・・・ふっ・・・・っ!」
ゾロの背中ごしに、例の女の顔が見えた。
その顔がサンジには 酷く ぼやけて見えた。
(・・・頭、打っちまってるからか・・・?)
とにかく、女性の前で男に唇を塞がれている姿など、
絶対に 見せたくない。サンジのプライドなど、全く考えていない
ゾロのその行動に、サンジの頭の血が沸き立った。
(死ねっこの野郎っ。)
ゾロの手は、サンジの顎をしっかりと掴み、歯を立てられる事を察してか、
舌まで入れてはこないが、痛いほど 唇を押しつけてくる。
そのゾロの手首を 痛む右手でサンジは 必死の思いで引き剥がそうとするが、
びくともしない。
お互いの呼吸が出来なくなり、ようやく ゾロは口を離した。
サンジは、その時点で 息が乱れていて、とっさに言葉が出ない、
その前にゾロの方が先に言葉を発した。
サンジの顎を掴み、息がかかるほど近くに顔を寄せて、
「俺の知らねえところで、血を流すなって言ってんだろうがっ・・・。」
その言葉にサンジも即座に言い返す。
「てめえ、一体、何様のつもりだっ・・・俺がどこで何をしようと、俺の勝手だ。」
ゾロの眉間に険しい影が出来る。
なぜ、サンジは判ってくれないのか、とゾロはやりきれなさと憤りが一度に胸に込み上げてくる。
「お前の勝手なんかじゃねえっ。」
適当な言葉が見つからない。
急に目の前からいなくなってしまう。
もしも、そんな事があれば 恐らく 自分が自分でいられなくなるほど
取り乱してしまうだろう。
それほど、自分にとって お前は何よりも 大切な存在だ。
だから、俺の知らない所で 命に関わるような怪我をしないでくれ。
ゾロが饒舌な男だったら、すぐにそんな言葉を紡げただろう、
そして、サンジが そんな言葉を紡げないゾロの気持ちをもう少し
察してやれる聡い男なら、余計な諍いは起きなかっただろう。
「だから、てめえは一体何様だっ」
女は、目の前の男同士の接吻から 口論まで 目を皿のようにして、
呆気に取られたような表情で眺めていた。
自分の姉を売り、そのために命を狙われると言う代償を払ってまで
会いたかった ロロノア・ゾロが 男に噛み付く様に口付けて、
独占欲剥き出しの言葉を吐いている。
あまりの衝撃に女はただ、呆然とその光景を見入っているしかなかった。
「口で言ってわからねえなら、体で判らせてやる。」
ロロノア・ゾロの声も、実は初めて聞いたような気がした。
自分を2日も独占していたのに、ゾロとは、碌に言葉を交わしていなかったのだ。
寝言で、「お前は俺の物だ。」と言っていた言葉だけが唯一、人間の言葉だった。
「そうなの・・・?じゃあ、私を助けてくれたのは、私を
ロロノア・ゾロに会わせてくれようとしたのね。」と、言った時、
「そうかも知れないし、そうじゃないかもしれない。」
と言った、金髪の男の曖昧な、複雑な表情の意味も、これで納得出来た。
ロロノア・ゾロが、金髪の男を組み敷いている。
「やめろ、殺すぞ、てめえっ。」
金髪の男が、必死で暴れている。
けれど、体格も、力も、圧倒的にロロノア・ゾロの方が勝っていて、
金髪の男の罵詈雑言も一向にロロノア・ゾロの力を弛める作用は果たしていない。
まるで、強姦だ。
いや、違う。
娼婦だった経験で、それがどんなものか 知らないわけではない。
金を払って、自分を強姦まがいに抱いた男も たくさんいた。
だが、ロロノア・ゾロが 金髪の男にやろうとしいるのは 強姦には見えなかった。
女が知っている、強姦・・・レイプは、無抵抗になるように、
頬を張られたり、噛み付かれたり、女の体を傷つける事になんの罪悪感も躊躇いもなかった。
そんな風に抱かれて、感じてはいても、最終的には体中 傷だらけになっている。
それが、女が経験して来た、レイプだった。
力任せに見えるけれど、ロロノア・ゾロは、金髪の男になんども
頬を殴られているのに、自分が金髪の男を殴ろうとはしていない。
その華奢な体を傷つけないように、理性を保ちながら 押さえこもうとしているのだ。
一体、ロロノア・ゾロは、金髪の男に何をするつもりなのか。
それは、女の恋心を打ち砕く、残酷な行為だと予想できる。
サンジは、必死だった。
ゾロに強要される行為など、今まで 受け入れた事はない。
そんなに乱暴に扱われた事など一度もない。
男同士の行為の負担をサンジの方が多く受けているのを ゾロは
しっかりと理解していて、たまには サンジにとって羞恥を覚える体位を強要する事はあっても、
それ以上の無理強いをした事はなかった。
必ず、充分過ぎる満足をサンジに与えてくれた。
それは、行為の後にまで強く感じほどで むしろ、その時のゾロは、
サンジにしか見せない、優しさを惜しむことなく注いでいた。
そのゾロが、あろうことか、ゾロに恋して、何も見えなくなっている女の目の前で、
自分を無理矢理 抱こうとしている。
サンジは、取り乱した。
どうしていいのか、判らない。
ゾロがどうして、ここまでの事を自分にするのか、全く判らない。
「やめろっこの筋肉バカっ。死ねっ、離せっ。」
ただ、渾身の力を振り絞って、抵抗はし続ける。
ジャケットのボタンが弾け飛ぶ。
本気だ。
サンジは、初めてゾロに対して、怯えを感じた。
そして、その怯えは、即座にサンジの体に脱力を、
サンジの頭に冷静さを与えた。
「あの人は、お前の為に身内を売ったんだぞ。」
サンジは、一切の抵抗を唐突に止める。
呼吸が何時の間にか、乱れていた。
薄い胸が静かに上下するのを見て取り、ゾロも同じように動きを止めた。
「そんなの、俺の知ったこっちゃねえ。」と冷たく言い放つ。
・ ・・レイプじゃないわ。
二人の行動をつぶさに見ていた女は 確信した。
抵抗を止めた金髪の男に ロロノア・ゾロは じっと視線を注ぎこんでいる。
なにか、言葉を待っているかのように。
「何をそんなに焦ってんだ。」
金髪の男が ロロノア・ゾロへ 皮肉っぽい響きを込めた声でそう、言った。
「判らねえからだ。」
ロロノア・ゾロの声は震えていた。
怒りなのか、哀しみなのかは判らない。
「判ってたつもりだったのに、全然判らねえからだ。」
ゾロは、吹き出した怒りも、憤りも やり場がなくなり、無理に押さえ込もうとして、
声を震わせた。
「てめえの頭が悪いのを俺にぶつけて来るんじゃねえ。」
サンジの声は落ちついていた。
「なんだと・・?」
これほど、自分が激情に駆られているのに、サンジはまだ、冷静で、
それがまた ゾロの押さえこもうとしている気持ちを煽る。
そして、一瞬で鎮める。
「心配すんな。てめえはちゃんと判ってるよ。」
そう言って、サンジは口の端をあげた。
顔が間近にあるせいで、髪に隠れている目もとのほのかな笑みさえ今ははっきりと見て取れた。
「多分、俺よりもずっと、俺のこと判ってる。だから、自信持て。」
ゾロのことを好きだ、といった女性が側にいる事が気にならなかった訳ではない。
けれど、それよりも、今は 最近のゾロの暴挙の理由と、本当の気持ちを知って、
サンジは、ゾロを愛しいと思った。
バカだ、こいつ。
それがサンジの心に浮かんだ言葉だったけれど。
心から、そう思った。
「てめえが俺のことを 「俺のもんだ。」なんて言うからだ。」
サンジは、ゾロの頭を胸に抱きこんだ。
「てめえは俺に何もよこさねえ癖によ。」
「なんで、俺がてめえに全部やらなきゃならねえんだ。」
ゾロには、野望がある。
その野望の為にだけ、命を賭けている。
命を賭けている、ということは全てを賭けているのだ。
自分に与えられているのは、今のゾロの気持ちと体だけ。
それも、何時失うかわからない、不安定なものだ。
それでも、サンジは享受して、それ以上は欲しがるつもりなどなかったのに。
「・・・俺は、全部 お前にやってる。」
サンジには、野望も、未来も、ずっと、共に生きることを望んでいる自分の心も
とっくに 受け取ってもらっていると信じていた。
今、サンジの言葉を聞くまでは。
ゾロはサンジの胸元で小さく 呟いた。
「受け取れねえ。」ゾロの頭の上で、サンジの言葉が降って来た。
「俺が持つには・・・大きすぎる。」
その言葉の声は、聞き取れないほど小さかった。
ゾロの頭を抱きこんでいたサンジの手がずるり、と滑り落ちる。
「おいっ?」
ゾロは、体を起こし、サンジの顔を覗き込む。
煤だらけの顔だが、薄い皮膚の色がさらに薄くなっていて、
もう 瞼を閉じていた。
何時の間にか、サンジの後頭部に触れる地面の色が土の色がどす黒く変色している。
サンジがすぐに目を覚まし、その後 大暴れしたことで、
すっかり 頭を打っていたことをゾロは忘れていた。
「おいっ。お前っ。」
ゾロは、呆然と座り込んだままの女を初めて振りかえった。
思えば、サンジの怪我も、自分がサンジを避け、この女と二日も過ごしてしまったのが
発端だと思い出し、ゾロは一瞬 自責の念に駆られ、
余計に居た堪れなくなったが、今は、そんな事を 考えている場合ではないと
すぐに頭を切り替える。
「トナカイの医者を連れて来い。すぐにだ。」と短く声をかけた。
ゾロの事を調べていた女だから、当然、チョッパーの事も知っていて、
(サンジの事を知らなかったのは、サンジが名乗らなかったからだ。)
それから 2時間ほどかかったが チョッパーはその女の案内で、慌てて 駈け付けてくれた。
サンジは、やはり頭を強打していた。
意識を失ったのは、それに加え、一瞬の酸欠状態のショックや、
出血の所為で、脳には 外傷はないものの、
「酸欠のショックの方が怖いんだ。でも、命には別状はないんだけど。」というのが
チョッパーの所見だった。
結局、サンジがこうなったのは、全てゾロが原因だ。
ゾロは、海軍に拘留されていた女の姉を逃がすのに力を貸した。
サンジが意識を取り戻したら、きっと そうするだろうと思ったからだ。
女は、サンジとゾロの会話も、行動も全て見ていた。
だから、自分に危害が及ばないために ゾロが姉を逃がしてくれた事に対して、
もう 自分勝手な解釈はしなかった。
ゾロとサンジの絆が 自分が女だからと言って、割って入れるような 曖昧な関係などではないと思い知らされた。
二度と、ロロノア・ゾロに恋をしたことなど、思い出すまいと思った。
サンジは、翌朝まで 目を覚まさなかった。
(・・・俺は一体、何回 こうやってこいつが目を覚ますのを待ってるんだろう)
チョッパー達が滞在していた宿の寝床にサンジは横たわっていた。
その傍らにゾロは 椅子に腰掛けて
瞼を閉じて穏やかに眠っているかのようなサンジの顔を見ている。
「目が覚めたら、呼びに来てくれ。」
殆ど眠らずに サンジの側にいたチョッパーも、別段発熱する様子も、
嘔吐する様子もなく、安定しているサンジに少し気が緩んだようで、
ゾロにそう言うと、朝日が昇る少し前に自分の部屋に戻って休んでいる。
「・・・う・・・・。」
サンジが僅かに身じろいだ。
意識が戻り始めたらしい。
ゾロは静かにその様子を見ていた。
「よお。」
ぼんやりと目を開いたサンジにゾロは声をかけた。
「よお。」サンジも暢気そうにゾロに応える。
「気分はどうだ。」
「まあ、悪くねえ。」
サンジの顔色も、言葉もしっかりしている。
チョッパーが懸念していた 酸欠の症状もなさそうだった。
だから、ゾロはチョッパーが来る前に、意識を失う前にどうしても言っておきたかったこと、誰にも聞かれたくない、話の続きをしようと思った。
「嫌な思いをさせて悪かった。」
手首を折った事も、女の前で 押し倒した事も、
全部 自分の迷いと不安から出た事で、サンジは何も悪くなかった。
それにようやく 気がついて、ゾロは 澱みなくサンジに謝る事が出来た。
「何が?」
サンジは、不思議そうな、気味の悪い物を見たような、そんな顔をゾロに向けていた。
そして、重ねて、ゾロに尋ねてきたのだ。
「お前、俺に何したんだ?」
「は・・・?何って・・・・。」
ゾロは、言葉に詰まった。
「覚えてねえのか?」
ゾロは、サンジの顔をまじまじと見つめた。
本当に、何も覚えていないのか、サンジは、そのゾロの視線に怪訝な顔を浮かべるばかりだった。
「とにかく、チョッパーを呼んで来る。まだ、横になってろよ。」
ゾロは慌てて立ちあがると、足早に部屋を出て行った。
後ろ手にドアが閉められ、その足音が遠のいていく。
サンジは、横になっていろ、といわれたにも関わらず起き上がって
壁に掛けられた ボタンのなくなったジャケットから
煙草を取り出し、ベッドの端に腰掛け、火をつけた。
深く吸いこんで、溜息のように大きく吐き出す。
ドアの方へ 笑いを含ませた声音で、
「・・・誰が てめえの所有物になんか、なってやるもんか。」と小さく呟いた。
(終り)