正直、その女との行為は ゾロにとって排泄行為以外、なにものでもなかった。
サンジの方が、各段にいい。ずっと、いい。
だが、朝が来たからと言って、船に帰るのも、まだ はや過ぎるような気がした。
排泄したはずなのに、サンジの体を想像するだけで、もう、堪らなくなってくる。
その女がまた、ゾロを酷く気に入って、自腹を切っても構わないから
居てくれ、と言うし、それを振り切って帰ったところで、
サンジの機嫌が治っているとは考えにくかった。
自分の招いた事だとは言え、ここまで サンジを怖がっている事も
だんだん 情けなくなって、ゾロはその日の夜にようやく
船に戻る決心がついて その宿を後にしたのだった。
「よう。」
サンジは、男部屋に居た。
ゾロの方からではなく、ゾロを見て、サンジの方から声をかけてきた。
「酔ってるな。」
ゾロは部屋を見渡した。部屋中が酒の匂いで充満している。
床には空になった、酒のビンがごろごろと散乱していて、足の踏み場もないほどだった。
「・・・酔ってりゃ悪いのかよ。」
「船番の意味がネエだろう。」
サンジがここまで 荒れているとは想像していなかった。
自分が出て行って、帰ってくるまで ずっと 飲み明かしていたらしい。
手首は左右、同じ人間の部位とはとても思えないほど 腫れている。
この手では、おそらく食事も作る事は出来ず、摂っていないだろう。
サンジは、犬が匂いを嗅ぐような仕草で ゾロの体の匂いを嗅いだ。
そして、ヘッと小さく鼻を鳴らす。
「・・・女ア 抱いて来たんだな。へえ。」
「男とやるより、ずっと良かっただろ、なア?」
そう言うと、サンジは左手に持った酒の瓶を口にあてがい、ぐっと一息で
半分ほどガバガバと飲み干した。
ゾロは、図星だったのと 自分の事は棚に上げて女を抱いてきたことに対して
皮肉を言うサンジに言い様のない 腹立ちを覚えた。
だが、酔っ払いのたわ言だと軽く あしらう事にする。
「・・・もう飲むな。完全に 酒に飲まれてるじゃねえか。」
「それより、手首、見せてみろ。」
ゾロは、サンジの手を軽く 引き寄せるつもりでその体に手を伸ばした。
その途端、風を切る音がして座ったままだった筈のサンジから
足払いをかけられ、バランスを崩したところへ、斧のような
サンジの蹴りが上から振り下ろされ、ゾロは床に叩き付けられた。
酔っ払っていても、蹴りの鋭さは衰えていない。
「・・・ヤリすぎで腰がたたねえってか。」とおかしそうに
ケラケラとサンジは笑う。
「いい加減にしろよ。」
酔いを醒まさないと、謝る気も起きない。
ゾロは、体を起こし、真剣なまなざしをサンジに向けた。
酔っている。
そうして、自分のやりきれなさを隠そうとしているサンジの姿が見えた。
「・・・悪かった。謝るから、手首を見せろ。」
ゾロはわだかまりを感じることなく、素直にサンジに自分の非を認め、詫びた。
ところが、サンジの方は、
「何謝ってんだ、わからねえなア。」と相変らずヘラヘラと薄笑いを浮かべている。
「お前の手首を折った事を謝ってるんだ。」
ゾロは、早くこの諍いの収拾をつけたかった。
適当に謝ったつもりはないが、相手は酔っ払っていて、
ゾロの心中など 察してくれそうもない。素直にその気持ちを言葉には出せても、
態度には出せなかった。
全く抑揚のない声を出してしまった所為で、サンジは口先だけの謝罪だと受け取る。
馬鹿にされている。また、そう思った。
ゾロが船を降りた後、正直 すぐに帰ってくる筈だと思っていた。
悪いのは ゾロだ。まるで 自分から逃げるようなその行動に
サンジは心底 頭に来た。
何をする気も起きなくて、ただ、酒を煽っていた。
バカにしやがって。
なんにも 判ってないくせに。同じ言葉が頭の中をぐるぐる回る。
帰ってこようが、帰ってこなかろうが、どうでも良くなって来るほど、
頭が空っぽになるまで、飲んでやろうと思った。
虚しかった。
飲めば飲むほど、腹が立って仕方なかった。
そして、全く感情の篭らない声で、
「悪かった。」と言ってきた。
それがきっかけになって、サンジは、酒びたしの脳味噌のまま、キレた。
「俺を組み伏せて、女のかわりに俺に突っ込んで、楽しかったかよ。」
「お前にとっちゃ、てめえの右手代わりだったんだよな。良く判ったぜ。」
「やらしてもらえねえから、仕方なく、女を買ったんだろ。」
と、呂律の回りきらない口で一気に捲くし立てた。
「バカにするな。」それに対して、ゾロが低い声を出した。
サンジの暴言を否定したくても、素直に聞いてくれる精神状態ではなさそうだ。
別の方法でなんとか、機嫌を直してもらわなければならない。
ゾロは とにかく 自分がサンジの罵詈雑言に腹を立てれば
ますます拗れる(こじれる)だろう、と予測して 努めて平常心を保とうとした。
だが、ゾロの平常心を刺激する言葉を頭に血が登り切ったサンジは
まるで 散弾銃のように次々とぶつけてくる。
「どっちがバカにしてるんだ。女とヤリてえ、てめえが勝手に俺にその役割を
押し付けてきたんだろ。俺を女と見立ててよ。」
「バカにしてんのは てめえだろうが。」
「そんなんじゃねえ」
サンジは聞く耳を持とうともしないのに、ゾロはその言葉を即座に否定する。
それでも、サンジは
「そんなんだよ。」ゾロの口調をそのまま、皮肉っぽく口真似までして、
嘲笑するのだ。
そんな様子にゾロも徐々にヒートアップしてくる。
声も怒鳴りつけるように 大きくなっていく。
「違う!」
「違わねえ。」
サンジは怯むことなく、平然と言い返す。浮かれた様子から、だんだん目が据わって
口調も明らかに喧嘩腰になっていく。
「女の替わりだなんて、思った事ねえ。」
どう言えば 判ってくれるのか。酔っ払っている事を差し引いても、
せめて、謝罪の言葉くらい、素直に受けとって欲しいとゾロは思っているのに、
サンジは頑な(かたくな)だった。
「嘘つけ。」ゾロの言葉を全く 受けつけようとしない。
「嘘じゃねえ。」とにかく、ここで激昂したらますます 話しが拗れてしまう。
サンジがゾロの顔に鼻先をつき合わせてくるほど、近づいてきて、怒鳴った。
「じゃあ、なんのつもりなんだよ。」
「手首を折って、ほったらかしにした 理由を言って見ろよ!!」
「それは・・・・。」
お前が怖くて 近寄りがたかった、と言えば それでこの仲違いは
収拾がついた。
だが、ゾロはそれを口に出せなかった。
余りにも 情けない理由だった。
惚れているからこそ、ゾロにとって、
機嫌の悪いサンジは近寄りがたい存在でもあるのだが、
それは多分、自分だけが感じている事で、サンジが自分を怖がってくれるほどには
惚れられていない事を うっかり認めてしまう事にもなりそうで、
それが悔しくて 思わず 口篭もり、沈黙してしまったのだ。
「ほらな、いえねエよな。やれネエから、ほったらかしで女を買いに行きました、なんて
言ったら もう 絶対エ ヤラしてもらえなくなるもんなア。」
ゾロの沈黙をサンジは、そう解釈した。
いつものサンジなら、サンジにしかわからない 微妙なゾロの気持ちを
本能的に汲み取ってくれるようなところもあるのに、今回は 完全にそんな余裕も思いやりもない。
悪口三昧、言いたい放題だった。
それが本音なのか、ただの暴言なのか ゾロにはもう 判らなくなって来た。
「いい加減にしろよ。」
「いい加減にするのは てめえだ。」
会話は堂々巡りだった。
「・・・悪かったって言ってるじゃねえか。」ゾロの口調に苛立ちが篭り始める。
余りにも意思の疎通が困難で、いい加減 我慢の限界が近づいて来た。
「・・・許してやってもいいぜ。」
突然、サンジの態度が軟化した。
どういう風の吹きまわしかわからないが、これに乗じた方がいい。
ところが、とんでもない事を言い出したのだ。
「どうやって、女を抱いてきたか詳しく話したら許してやるよ。」
これ以上ないほど、意地の悪い顔つきをして、サンジはゾロを蔑むような目つきで見た。
それが、初めて見せるサンジの嫉妬だと気がつかずに、その表情にゾロも本気で腹が立った。
何故、こいつにこんな目で見られなきゃならねえ?
ゾロの気持ちを 全く 判ろうとしていないサンジにまるで全身の
毛穴から熱い空気が体から吹き出るような気がした。
「なんで、そんな事言わなきゃならねんだ!」声を荒げてゾロはサンジを怒鳴りつけた。
「俺が聞きたいからだ。女を抱く時と、俺とヤる時の違いを知りたいからさ。」
もどかしい気持ちをうまく 伝える事が出来ず、真剣に 感情を沸き立たせているゾロをサンジはまた嘲笑したのだ。
「それとも、やっぱりヤリ方は一緒かよ。」
気がついたら、サンジの髪の毛を鷲掴みにしていた。
そのまま 引き倒して、馬乗りになったら、まだ 封の開けていない酒の瓶で
殴られ、ガラスの破片が髪の毛に絡み、そして、ぽたぽたと顔中を濡らす。
サンジの瞳から 酔気が抜けていた。
その代わり、激しい怒りが湧き上がってきている。
「一回、死ね、クソ野郎!」
割れたガラスの瓶で力任せにゾロの体を殴ってくる。
その自由に動く手をゾロが拘束した。
「暴れるな、左手首も折られてエか。」
「なんだと、折れるもんなら折って見ろ!」
へし折って、大人しく言うことを聞いてくれるなら折ってやろうか、と一瞬ゾロは考えた。
その一瞬の隙をつき、痛む右腕を握りこんだサンジの拳がゾロの頬を打った。
殴った方も、殴られた方も痛い。
痛い思いをしても、ゾロを殴らないと気が納まらなかった。
酔っていた所為で、何を喋っていたか さっきの事なのにサンジは良く覚えていない。
なにがどうして こうなっているのか 良く判らなかったが、
とにかく ゾロに組み敷かれていて 間違いなく そのことに対しては
これ以上ないほど 腹が立っていることだけは、確信出来た。
「・・・へえ。思いきり殴れるなら、折れてねえんじゃねえか。」
ゾロの目つきが変わった。
怒りを通り越して 妙に冷えた目つきになったのだ。
ゾロは、サンジの右手首も握りこんだ。
明らかに 骨が軋む音がしたのに、ゾロはその手を離さなかった。
サンジの額に脂汗が吹き出す。
だが、その冷えた目を真っ直ぐに 見返した。
「やっぱり、女の替わりにするつもりじゃねえか。」
そう言って、サンジは顔を歪ませたまま、それでも声音はゾロを嘲っていた。
「てめえは女の替わりなんかじゃねえ。」
そう言ってから、ゾロはサンジに口付けた。
その唇に切り裂かれるような痛みを感じたが、ゾロはそのまま深く貪るようにサンジの唇を吸った。
サンジからそれに答える事はなかった。
「こんな事で俺が許すと思ってるのか。」
ゾロの唇が離れた途端、サンジは震える声を必死で取り繕いながら悔しそうに言い放った。
「どうすればいい。」
ゾロは、静かに聞いた。
「とにかく、退け。」
衝動的な口付けは お互いを妙に冷静にした。
割れた酒の瓶とガラスの破片が床に散らばっている。
「手首、見せてみろ。」
サンジは、目を逸らしたまま 沈黙し、左手にもったライターで煙草に火をつけた。
あくまで、ゾロに手首を見せたくないらしい。
「・・・他の場所ならともかく、お前の手を傷つけたのは 俺が悪い。」
「気持ち悪い事言うな。」
サンジが間髪入れずに言い返してきた。
そして、真剣な声で
「お前、俺の事 なんだと思ってる?」と尋ねてきたのだ。
その言葉を聞いて、ようやく サンジの頭から本当に酒が抜けたことにゾロが気がついた。
そんな事を聞かれた事などなかったし、ゾロは咄嗟になんと答えて言いのか
判らず、今度はゾロが沈黙してしまう。
恋人だ、といえばまた怒るかもしれない。
大切な存在だ、と言う簡単な言葉がゾロの頭には浮かばなかった。
「答えられねえか。」サンジは溜息のように煙を吐き出した。
そして、苦笑いをしながら、呟いた。
「俺も答えられねえから、仕方ねエよな。」
「それは・・・・。」居た溜まれなかったからだ、とあまりにも言い訳じ見ていて、
ゾロは言い澱む。
「ほらな、いえねエよな。」
「やれネエから、ほったらかしで女を買いに行きました、なんて
言ったら もう 絶対エ ヤラしてもらえなくなるもんなア。」
「いい加減にしろよ。」
何度、同じ言葉を繰り返したか、ゾロはだんだんもどかしさの余りに腹が立ってくるのを我慢できなくなってくる。
「いい加減にするのは てめえだ。」だが、サンジはそれを判っていて尚、
機嫌を治そうとする気配を微塵もみせないでいる。
「悪かったって言ってるじゃねえか。」とゾロは溜息混じりにそう言って、
ほとほと困惑し、サンジを見た。
サンジは酔いが回って真っ赤になり、少し潤んだ目でゾロを数秒、じっと見て、
急に冷ややかな笑みを浮かべ、
「許してやってもいいぜ。」と、言った。
その言葉に反応し、ゾロが目線をあげてサンジの顔を見る。
ところが、サンジの口から出たのは、ゾロを嬲るような暴言だった。
「どうやって、女を抱いてきたか詳しく話したら許してやるよ。」
当然、ゾロの頭にカっと血が昇った。
「なんで、そんな事言わなきゃならねんだ!」と怒鳴っても、サンジは全く動じる事もなく、
「俺が聞きたいからだ。女を抱くときと、俺を抱くときの違いを知りたいからさ。」と平然と言い放った。
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