「答えられねえか。」サンジは溜息のように煙を吐き出した。
そして、苦笑いをしながら、呟いた。
「俺も答えられねえから、仕方ねエよな。」
お互いが満足行く答えなど ないのかもしれない。
ふと、サンジはそう思った。
体だけの繋がりだとは思っていない。
ゾロはともかく サンジの方は性欲を辛抱するくらい なんの苦にもならない。
好き好んで、男に組み敷かれて歓ぶような 性癖でもない。
ゾロにしても、細身の男を見たら 欲情するような性癖ではない。
日頃、無愛想で、顰め面ばかり向けるサンジが
ごく稀に 幼げな表情をしたり、白い歯を見せて笑ったり、
目を離す暇がないほど 表情が変わるのを追いかけるのが楽しかった。
サンジの全てが知りたくて、欲しくて サンジを抱きたくなるのは、その結果の一つにすぎない。
「俺をなんだと思っている?」と聞かれて、
それでは、サンジはゾロにどう思われていれば 満足するのだろう。
という疑問がゾロの心の中に浮かんだ。
「お前は俺にどう思われたいと思ってる?」
浮かんだ疑問を察したかのように サンジの方から 重ねて尋ねてきた。
「俺は、お前に恋人だ、と言ってもらいたい。」とゾロは喉まで出かかった。
けれど、それも違うような気がした。
それ以上の絆があっていい筈だった。
命の綱渡りのような日常を共に過ごし、夢を二人で追いかけ、背中を預けあって 同じ場所に立つ。
そんな自分達は、果たして 「恋人」なのだろうか。
もっと、深く、強く、求め合っているけれど、うまい言葉が見つからない。
「それも よくわからねえか。そうだよな。俺もだ。」
サンジが独り合点する。
「・・・なんでも、勝手に話しを進めるんじゃねえ。」
どうにか ゾロはサンジの話しを中断させた。
このままだと、取り返しのつかない言葉を聞かされそうな気がしたのだ。
「おまえの納得行く 答えが見つからネエだけだ。」
「納得のいく答え?俺が?」
また、サンジが険しい顔をした。
「お前の考えてることを なんで そのまま言わねえ?」
サンジは、ゾロの言っている意味が理解できなかった。
それではまるで
サンジの機嫌をとる言葉をゾロが捜しているような印象を受け取ってしまったのだ。
口論になっても、そのままの気持ちを隠さず、装うことなく、ぶつけてきて欲しかった。
「言えば また 臍を曲げるに決まってるからな。」
この言葉がまた サンジの頭の線を1本、切った。
「臍を曲げるようなことしか言えネエのか。」
ゾロは、腹を括る。
もう、ここは言いたいことを言いあって、スッキリする方が得策だ。
臍を曲げられようが、暴言を吐かれようが、
これ以上、サンジとのつまらない 諍いに時間も神経もすり減らすのは面倒だと思った。
「俺はお前が大事だ。それだけだ。」
ズン、と心臓が鳴ったような気がした。
言った方のゾロも、言われたほうのサンジもだ。
(ずるいやつだ。)
サンジはまず、そう思った。
なんて、短い言葉。
具体的に聞返す事など とても出来ない。
でも、判りやすかった。
判ったような気がした。
しかも、うっかり この喧嘩をうやむやにしても 構わないような
気さえ起こさせるほど、力のある言葉だった。
「なんとか、答えろ。俺だけに喋らせるな。」
ゾロは、黙ったまま、視線を泳がせているサンジに焦れて声を荒げて詰め寄った。
「お前はどうなんだ。」
まさか、こんなにはっきりと答えを返してくるとは
予想していなかった所為で、サンジは少し面食らっていた。
だから、言葉が出てこない。
形勢はあきらかに逆転した。
今度は、ゾロが詰問する役になる。
けれど、事はそう簡単には 治まらなかった。
サンジが口を開きかけた時、甲板の上に大勢の人間の足音が聞こえた。
海賊が海賊船を襲うのはよくあることだ。
だから、停泊中でもよほど 治安のしっかりした島でない限り、船番が必要なのだった。
「チッ。」ゾロが舌打をする。
折角、うまい具合に 仲違いの終結へと持っていくことが出来そうだったのに。
「この続きは あいつらを蹴散らしてからだ。」
そういうと、サンジは立ち上がり、よどみない動作で男部屋から甲板へ飛出して行った。
ゾロは、溜息をひとつだけついて その後に続く。
「動くな、海賊!」
二人に銃を向けて 威嚇しているのは。
女だった。
いや、彼女だけではない。
周りの人間は 全員恰幅のいい、ヘタな男よりもよほど 強そうな
面構えの女性達が手に武器をもち、二人を取り囲む。
「やあ、随分 凛々しいお嬢さんがたですねえ。」
サンジは、全てが女性だと知るや否や、いつもどおりのやわらかな物腰と言葉遣いに変わる。
だが、油断はしていない。
相手は武器を持って、威嚇してきているのだ。
下手なことをすれば、間違いなく発砲してくるに違いない。
「お宝を出しな。そうすれば 命は助けてやるよ。」
リーダーらしき、大きな体躯の女が二人に向かって凄む。
彼女達は、武装している泥棒の集団だった。
海賊とも、山賊とも、賞金稼ぎとも違う。
参った・・・・。
ゾロもサンジもそう思った。
まず、サンジはそのポリシー上、武装していても 女性を足蹴にする訳には行かない。
ゾロは、たとえ 峰打ちであろうと 女に刃を向けた時点で、サンジが黙っている筈がない、
むしろ、
「レディに刃を向けるような奴は、俺が相手だ!」と言いかねない。
「俺達、お宝なんか持っていません。貧乏海賊ですから。船の規模を見れば判るでしょう?」
サンジは、努めて紳士的に振舞った。
しかし、総勢30人ほどのその盗賊団には見事に 逞しい女ばかりが揃っていて、
サンジの美辞麗句が却って 空々しく聞こえてしまう。
リーダーの女に、一人の女が耳打ちした。
その女の顔色が変わり、ゾロの方にちらり、と一瞥を寄越した。
その女の顔を、ゾロはどこかで見たような気がした。
一体、どこだったのか、咄嗟に思い出せないが。
「ロロノア・ゾロか・・・・?で、コックのサンジだな・・・・?」
女は呟くように二人の名前を確認する。
海軍の目を晦ませるために、ナミが海賊旗を降ろしていたので、
麦わらの一味の船だと知らずに乗り込んできたらしかった。
麦わらの一味は、賞金額はなるほど 高額だけれど 危険な航路を航海しているので船には殆ど 宝らしい宝は積んでいない。
少数精鋭で、人数ばかり多い海賊団とは 航海術も、戦闘力も格段に違う。
それは、グランドラインでも そこそこ有名な事だった。
ゾロとサンジの風体を見て、その女盗賊団のリーダーはようやく 麦わらの一味だと悟った。
この船には金目のものなど、ないに等しい、と判断する。
「退くぞ。」
その一言で、女ばかりの盗賊団は去って行った。
二人はほ、と安堵の溜息をついた。
女相手に、刀も足も使わなくて済んだ事に 安堵したのだった。
「あ」
ゾロがいきなり 素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ。」
その声にサンジが怪訝な顔を向ける。
思い出した。
あの、女リーダーの顔は、サンジと喧嘩して 船に居辛く、
宿代わりに泊まった、娼館で買った女に良く似ていたのだ。
「んや、なんでもねえ。」
そんな事をわざわざ言うのも 馬鹿馬鹿しいのでゾロは、言葉を濁した。
その数日後だった。
サンジとゾロは、なんとなく 例の喧嘩の話しをどちらともが
敢えて避け、なんとなく ぎこちない会話をしつつ どうにか
拗れそうだった 二人の関係が自然治癒していくのに任せていた。
サンジの手首の腫れはすっかり引いている。
これが治るまでは、どうしても 「ヤらせろ」と言い出しにくく、ゾロは相当 我慢していた。
「買い出しに行ってくる。」
二人分の食料も、そこをつきかけたので サンジは一人で 出かけて行った。
ゾロが買った女は、確かに 例の女盗賊団のリーダーの妹だった。
あまり容姿に恵まれず、腹違いの姉は盗賊になって、自分は娼婦に身を落とした。
決して 恵まれた生涯とは言いがたい。
不幸にまみれ、汚い男ばかり見てきた目には、
夢を追いかけ、清廉な生き方を貫いてきたと思える男が眩しく見えた。
何も語らないけれど、体からその生き様と魂から放たれる光が
見えるような気がして、一目で恋に落ちた。
彼女には、娼婦にならなければ返しきれない 親が残した借金があった。
これを完済しなければ 自由の身になれず、
いつまでも 男達の汚い性欲処理を生業にして生きていかねばならない。
女は決心した。
女として生まれたからには、恋に焦がれて、突き進んでやろう。
借金を返す方法は 案外 簡単な事だった。
彼女は姉を賞金稼ぎに売った。
その金で自由になり。
生まれて初めて 好きになった男を探した。
緑の髪。
金のピアス。
逞しい体。
三振りの刀。
それが、かつて 海賊狩りとして名を馳せ、最近では
おそらく 近い将来 世界でも屈指の剣士達と 名を連ねるだろうと
噂されている ロロノア・ゾロだ、とすぐに判った。
ロロノア・ゾロには、男の恋人がいるらしい。
そんな噂も耳に入ったけれど、娼婦を買いに来たのだから、そんな噂は嘘だと思った。
実際、ゾロは女を抱いたわけではない。
女が特殊な技術で、排出を促したに過ぎないのだが。
とにかく、ゾロの本性など知る由もなく、彼女は勝手にゾロに惚れたのだ。
「待て!」
その女を横抱きにして、サンジは全力疾走していた。
ただ、買い出しに来ていたサンジに、一体何があったのだろう。
何故、こんな事になったのか。
サンジは、確かに市場に買い出しに来ただけだ。
そこで偶然、その女を見かけた。
(あのごついレディのリーダーか?)と思った。
だが、体があの時のリーダーよりも 二周りは小さい。
長年、娼婦をやっていた所為で、どうにも男が好きそうな露出の高い服装をしてたので、
(こんなナイスな格好をしてるレディを一人にして置く手はネエな。)と
サンジは考えた。
「お嬢さん、ちょっと、お聞きしたいのですが・・・・。」
「この当りで、美味しい御茶とケーキを食べさせる店をご存知ではないですか?」
彼女が答えた店に、「旅のものなので判りません。御手数をかけますが、案内して頂けませんか。」とうまく誘って、しっかりナンパに成功したのだった。
(・・・ここを出たら、食事に行って、酒飲んで、・・・へへ。)
と、ヨコシマな事を考えつつ、二人で楽しく お茶を飲んでいた。
そこへ、
「リーダーの敵、思い知れ!」といきなり ゴツイ女の集団が襲いかかってきたのだ。
なにがなんだか 全く判らないサンジだったが、
とにかく 自分がナンパした彼女が命を狙われている。
けれど、相手は女の集団だ。
ただ、逃げるしか 方法が見つからず、サンジは彼女を抱いて、
ひたすら 全く 土地勘のない町を 闇雲に走って逃げまわっているのだった。
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