「送り火」
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その島では、夏のある期間、死者の魂が帰ってくると信じられていた。

その間は殺生が出来ない、という事で肉屋、魚屋は軒並み休みだった。

ログは貯まっているものの、肉好きの船長がこの先の航海を
肉なしで過ごせるわけもなく、その島独特の、死者を迎え、そして
また冥界へ送り出すという風習がすむまで、この島に滞在する事になった。

「馬鹿馬鹿しい、風習だぜ。」
先を急ぐ旅ではないが、これといって何の騒動も、名物もなく、
麦わらの一味と呼ばれる海賊団は全員、退屈していた。

ゾロがその風習にけちをつけるのもムリはない。

「この島では、その時期に冥界がこの世に近づいてくるから、死者が帰ってきやすくなるんだと。」

ゾロの隣でぼんやりと煙草を吹かしていたサンジがどこから聞いてきたのか
そんな事を言った。

「冥界ってどんなとこなんだろうな・・・」と、小さく呟いた。

ゾロは眉を寄せて、気が付かれないようにサンジの顔に視線を向ける.
その表情は髪に邪魔されて見えない。
「お前、何回か死にかけたんだから見た事ねえか、あの世ってやつ。」と
いきなり明るい声音で尋ねてきた。

「お前の方こそ、死にかけた回数は多いだろ。」とゾロが言い返す。
サンジは呆れたように、
「もと海賊狩りのお前の方があの世に近いだろうが。」と切り替えして来た。

二人とも、大差ないのだが、それで口論になった。

「よくまあ、それだけべらべら捲くし立てられるな、アホの癖に!!」
「てめえこそ、ねえ頭絞って考えた割にちんけな事しか言えねえのか、」

既に言葉嬲りとも、じゃれあいとも言える口論である。

その夜。
宿に泊まっても、この時期この島では肉や、魚が出ないので船で寝泊りする事にした。

船の上からでも、それぞれの家の玄関にともされた燎(かかりび)が見える。

漆黒の闇に点在する光りは、僅かな風でも揺らいで、一つ一つがまるで命を宿しているかのように瞬き、荘厳でもあり、また無気味にも見える。

ナミとサンジ、チョッパーの3人は食事が終わった後、誘い合わせたわけで無いのに、
甲板からその風景を眺めていた。

3人とも、潮風に吹かれながらただ、その炎の群舞を見つめている。

それぞれの心の中に、忘れられない人がいる。
炎をたいて、その人の魂を呼べるならいくらでも燃やすだろう。

でも、そんな事は意味のないことだ。

魂は、確かに自分達がその愛しい人を忘れない限り、何時までも傍らにあると言っていい。

でも、それは自分達が勝手にそう信じているだけの話しで、
話しかけても答えてくれず、姿も気配さえも感じないものなのだ。

本当に魂というものがあり、冥界という場所があり、
その人にもう一度会えるなら、自分たちはあなた達に逢えて幸せだったと
ただ、それだけを伝えたいと思っている。

ナミも
サンジも
チョッパーも

何時もは姦しいサンジが黙って甲板からその送り火を眺めている様子をゾロは蜜柑畑から見つめている。

次の日。

サンジは昼食を人数分、弁当箱に詰めてから、キッチンに用意して、一人で船を下りた。
あとから、ゾロが来るはずである。

サンジは、ゾロが来るまでの間、街をぶらついた。
前方に、たくさんの人がずらりと並んでいる店があった。

(なんの店だろう?)

サンジは興味をそそられ、並んでいる人に声をかけ、なんの行列かを尋ねてみた。

「先月、この島にやってきた霊媒師なんです。」
「レイバイシ?」サンジが声をかけたのは、ご多分に漏れず、若い女の子だ。

「レイバイシって、何?」サンジにははじめて耳にする言葉だった。

「死んだ人の霊魂を体にとりこんで、喋ってくれるんです。」
(嘘くせえ商売だな。)

サンジは即座にそう思った。
そんな事有り得ない。

死んだ人間が、その霊媒師に乗り移って、色々しゃべるのだという。

(これだけの人を集めるんだ、まんざらインチキでもねえのかも・・・)と
一瞬考えるが、すぐにその考えを打ち消す。

(馬鹿馬鹿しい、そんな事出来るわけねえよな。)

と、すぐにその場を立ち去った。

サンジは街から外れ、郊外へと足を向けた。
ゾロと待ち合わせをしている時間にはまだ、間がある。

ぼんやり歩を進めていると、雑草が生え放題の道なのに、何か固い物を踏んだ感覚がして、
サンジは足元をみた。

光沢のある、布に包まれた円形の板のようだ。
サンジはそれを手にとって、袋から出してみると、骨董品のような、古びた、鏡が出てきた。

古びてはいるが、良く磨き上げられ、サンジの顔をちゃんと映し出している。

「へえ・・・。」裏返してみると、この島独自の文字なのだろうか、
何やら見た事もない模様のようにも見えるが、そんなものが彫り込んであった。

「あの、もし!!」サンジは前方から走ってくる若い男に声をかけられた。
「それは私のものです、ああ、よかった!!」
自分と同い年ほどの青年が、サンジに駆寄ってきた。
いかにも人の良さそうな、目じりの下がった、平和そうな顔つきの男だ。

「これがないと、私はお師匠様に破門されるところでした.」と
まるで地面に頭を擦りつけんばかりでサンジに礼を言う様子に
サンジの方が恐縮してしまうほどだった。


「いや、俺は拾っただけだから、そんなに礼を言われると却って困っちまう・・・」と
相手の顔を見て、サンジは眼を丸くした。
二人の視線がぶつかった。
相手も同じように、目を丸くした。

「ナス・・・?」
「リキ・・・?」

「「お前、こんなとこで何やってんだよ!!」」と同時に叫んだ。

彼は、バラティエに出入りしていた業者の息子だった。
彼は、妾腹の息子で父親が生存中は「後継ぎだ」と言ってはよくバラティエに
連れてきていて、サンジも同い年だった事もあり、仲が良かった。
だが、サンジが15歳の時、大きな嵐にあい、彼はその所為で肉親の全てを失った。
サンジがリキと最後に会ったのは、その嵐の少し前だから、
かれこれ、4年ぶりだ。

「おまえ、何やってんだよ。」
相手がサンジ(ナス、と呼んでいたらしい.)だとわかるといきなり口調が
ぞんざいになった。
サンジも気楽に答える。
「俺は海賊だ。お前は占師かなんか、やってんのか.」

さっきの鏡を大事そうに抱えているリきにサンジはあてずっぽうに答えた。

「占いじゃない。しかも、まだ半人前だ。」と答える。
サンジは首を捻る。
「まさか、レイバイシってやつじゃねえだろうな。」

その言葉に リキの細く、垂れた目が少し大きく開かれた。
「良くわかったなあ。今、街で結構評判だろ、うちの師匠」

サンジはそれを聞いて呆れたように溜息をついた。
「胡散臭い商売やってんだな・・・。」

「違うぞ、ナス。うちの師匠は本物なんだ。俺も最初はナスみたいに疑ったんだ。」
リキは肉親を失い、失望してあちこちさ迷ううちに師匠に出会い、
死んだ父親を呼び出してもらい、生きる希望を見出せたのだという。

それから、その師匠について自分も霊媒師になるべく修行中なのだといった。

肉親を失う哀しみはサンジにもよく判る.
霊媒師という商いを胡散臭いとはまだ思っているけれど、
もうそれをリキに言うことは出来なかった。

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