長身の金髪の男はポケットにナイフが入っていることを知ると、端正な顔に冷酷な笑みを浮かべた。
霊媒師が目の前で怯えている。
「お前の血の色は、何色だ・・・?」
そういうと、怯えて、動けない霊媒師の胸倉を掴んだ。
小さく、口の中だけで笑った。
瞳の中で激しく、光りが点滅する。 やめろ。
金髪の男は何のためらいも無く、空いている手に握りこんでいた、
躊躇い無く、ごく、無造作に
ナイフを霊媒師の胸に突きたてた。 !!何しやがるっ・・。
声も上げさせず、金髪の男はやすやすと人の命を奪った。
「どうだ、人の胸に刃物を食いこませる感覚は・・・?」
「タマラネエだろう?」
体の自由は聞かなくても、サンジははっきりとその感覚を感じた。
だが、この男から体をとり返す術がわからない。
こいつ、一体何人、殺すつもりだ・・っ。
「お前が誰かに殺されるまで、何人でも殺してやるよ.」
「どうせ、お前が死ななきゃ、俺はこの体から出られないんだからな。」
なんだと・・・。
サンジは判らないまま、抵抗した。
感覚があるなら、それを拠り鋭くし、指先と目線に意識を集中させた。
その感覚が自分のものと重なったと思ったとたん、
そこの肉が切り裂かれたような激痛が走った。
「止めろ!!お前も、俺も痛いだけだ!!」
サンジの口を借り、「影」が己の中にねじ込んだサンジの意識に向かって怒鳴る。
「影」はサンジが感じた痛みの部分を手で押さえ、顔をゆがめている。
サンジは痛みなど構うことなく、もう一度、同じ事を試みた。
うるせえっ、俺の体だ、
おまえの好きにさせてたまるか!!
「止めろっていってるんだ!!」
「影」は、激痛を感じる事が判っていても尚、抵抗するこの宿主に苛ついた。
「厄介な奴だな・・・。もっと、扱いやすい奴に乗り移ってやる。」
そう言うと、屋敷の外へと足を向けた。
ゾロは、その頃甲板の上で鬼徹を月の光りに翳していた。
この妖刀は何を思って、自分を持ち主に選んだのだろう。
そして、一体何人の血を吸えば、「鍔鳴り」は治まるのだろう。
この刀に「鷹の目」の血を吸わせることが出来るだろうか。
そして、その瞬間、あの金髪の男は自分の傍らでどんな顔をして、
どんな言葉を自分にかけるのだろう。
月の光を跳ね返して、神々しいほどに輝く刀身を見ながら、ゾロはふと、そんなことを考えた。
「影」は、サンジの意識を完全に押さえ込もうと試みたが、上手くいかなかった。
これほど、強情で、強靭な精神力を持った宿主はかつていない。
激痛が走る体を引きずりながら、「影」はつぎの宿主を探して
あてどなくさ迷った。
サンジは抵抗を止めなかった。
このままでは、なんの罪もない人間を何人殺すかわからない。
現に、最初に刺殺した霊媒師のあと、その屋敷にいた弟子たちを二人ほどに
斬りかかったのだ。
サンジが必死で抵抗し、痛みで体が動かなくなった「影」がそこから逃げ出した。
しかし、この方法ではサンジの精神力が酷く消耗し、ともすれば意識を失いそうになる。
意識をなくせば、完全に「影」に体を支配されてしまう。
朦朧とし始めた意識を保ち、いざ、「影」が人を殺めようとした時に備え、
サンジは出来るだけ「影」の支配に身を委ねることにした。
大人しくなった宿主の意図など「影」は知らない。
体の自由を勝ち取った、と思い、次の獲物を探して街へと足を向けた。
「ナス」を占うと約束したのに、所用が出来て会えなかったリキが
屋敷に辿り着いた時、その惨状を見て愕然とした。
師匠が「決して触れてはいけない。」といっていた、鏡が割れている。
「この鏡には化け物を封じてある.」と伝えられている鏡だった。
まさか、サンジがやったとは思えない。
が、生き残っていた二人の弟子の証言で、豹変したサンジが
自分達に刃物を振りかざした、ということが判った。
リキは、おかしい、と思った。
サンジが人を殺す手段に、刃物を使った、というのがまず信じられない。
レストランで人を半殺しにする光景を何度もリキは見ている。
それだけの凶器を自らの体に備えているサンジが刃物など使うわけがない。
「とにかく、私の責任だ。彼を追う。」
リキは弟子達が止めるのも聞かず、サンジの足取りを追った。
「影」は、殺戮は好きだが、無差別に刀を振り回すようなおろかな真似はしない。
むしろ、追いこんで、嬲って殺す方が好みらしかった。
が、最優先すべき目的はサンジよりも従順な宿主を探す事だ。
その宿主を探し出し、サンジの体を死に至らしめれば、「影」は完全に自由になる。
サンジの意図が「影」に判らない様に、「影」の目論見もサンジには判らない。
一体、何をするつもりだ・・・?
ゾロは、夜、サンジがいないと退屈でしかたがなかった。
そこで、ウソップを誘い、街に酒を飲みにきていた。
人通りが思ったよりもまばらで、街はまるでゾロとウソップの貸し切り状態である。
「こんなに人がいなくて、酒を飲ませる店なんてあるのかよ。」とウソップが愚痴を言う。
「一軒ぐらいあるだろう、たまには俺に付合えよ。」とやんわりとなだめる。
(付合えって、お前何時もサンジと一緒の方が嬉しそうじゃねえか。)
(どうせ、今夜もサンジがいねえから俺を誘ったんだろうな。)
と、サンジの替わりをさせられていることにどうしても不満が募るらしい。
が、(照準)を合わせることに長けたその目は、闇の中から浮かび上がるように
前方からゆっくりと姿を現した、サンジの姿を捉えた。
「サンジ?サンジじゃねえか、あれ.」
ウソップはゾロに視線を向けるように、前方を指差した。
ゾロがウソップの言う方向へ視線を向けると、紛れもなくサンジがこちらへ歩み寄ってくる。
サンジは顔をこちらに向けた。
・ ・・・ゾロの目にも、ウソップの目にも、サンジが微笑んだように見えた。
ゾロは、らしくないその態度を訝しく思った。
仲間の前で、サンジが自分に向かって微笑むなど、有り得ない。
ナミならともかく、ウソップにばったり出会ったからといって、
笑顔を向けるほど、愛想がいい男でもない。
(酔ってるのか・・?)
ゾロはその笑顔の理由を一瞬そう考えた。
が、歩み寄ってくる足取りを見る限り、それも考えられない。
ゾロは、サンジを凝視する。
そして、右手に握りこまれた、どす黒く変色しているサンジの愛用のナイフに気がついた。
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