第2話


「ナス、俺がそれを証明してやるよ。今晩、暇か?」
熱っぽい口調で霊媒師の信憑性を語るリキに、サンジは困惑しつつ、
断る理由も思いつかなかった。

「ああ、じゃあ行くよ。おまえがそこまで言うなら信用するかもな。」と
今晩、尋ねていく約束をした。



ゾロと落ち合ったサンジはその事をゾロには言わなかった。

言ったところで、「馬鹿馬鹿しい。」と言われるのが判っていたからだ。
それに、自分の幼友達が心の拠り所にしていることを
リキの身の上の事などを知らないゾロに否定されるのを聞くのも
嫌だった。


ただ、偶然昔馴染みと会ったので今晩、出掛ける事だけは伝えた。


二人で出かけたからと言って、何をするわけでもない。
ただ、海岸に座って話をするだけだ。

ただ、体のどこかが必ず触れるように座るのが、癖のようになってしまった。

掌だったり、背中だったり、膝だったり、わざと相手の足の上に足を乗せたり。
船の上ではできない、密着の仕方を仄かに楽しんでいる。


この時にみせる、無邪気で無防備なサンジの顔がゾロは一番好きだった。

紛れも無い、サンジの本質がここにある。

そして、自分もそこに一瞬の安らぎを感じる。

「泳ぐか。」ゾロはそう言いながら服を脱いだ。
「いいな。俺も同じこと考えてた.」サンジも笑って服を脱ぐ。

下着一枚になって、二人は暫し、海で戯れる。



空が朱鷺色になるまで、二人きりの時間をただ海に抱かれて過ごした。


サンジは、夕食の後片付けを済ませるとリキとの約束の場所へと出かけていった。



「お待ちしていました。」


そこは、古い屋敷でリキの名前を出すとすぐに通された。

(気味悪いな。)
ろうかには、明かりが無く、案内をしてくれる老婆の明かりだけが頼りで、
それ以外は暗くて視界が効かない。

「こちらでお待ちください。」と通された部屋も、薄暗くて気味の悪い模様の
タペストリーなどがかかっていて、焚かれている香の匂いも
きつすぎて、頭が痛くなるほどだ。
しかし、黙って帰るわけにも行かず、サンジは大人しくそこで待っていた。


しばらくすると、
「リキ様は、今夜所用が出来て私が替わりにあなたの相手をするようにと
おおせつかりました.」と中年の男が現われた。


サンジは帰る口実が出来た、とほっとした。
「リキが見てくれるっつったから俺は来たんだ。あんたじゃ、意味ないね。」
「悪イが、失礼するぜ。」と腰をあげると男は慌てた。

「それでは、私がリキ様に叱られます。」

男はリキの弟子で、サンジのことをくれぐれも頼む、と言い置いて出かけたらしい。

サンジは男の「交霊術」を見せられる羽目になってしまった.


「誰を呼び出して欲しいですか?」と聞かれ、サンジは会いたい人の名を
迷い無く、口にする。

だが、信じてはいない。


会えるわけねえ。そんな期待なんか、するだけ無駄た。

会えるわけはねえ。有り得ねえ。絶対に。


サンジの心の中ではそんな言葉が去来していた。
男がきつい匂いを放つ香木を部屋で焚いていた炎の中に投げ込んだ。


炎が一気に天井まで吹きあがる。


呪文のような呟きがひっきりなしに男に口から洩れている。

男の目の間には、昼間サンジが拾ったリキの鏡と同じものが捧げられていた。
そこには、炎が映りこんでいた。

サンジはぼんやりとそれを見ていたが、
ふと、そこに黒い影が一瞬炎の映像を遮り、鏡を曇らせたように見えた。
(・・・気のせいか・・・?)
サンジがそう思った瞬間、鏡が内側から爆発したように割れた。

「あっ」
男がその音で振りかえり、血相を変えた。

その慌てた様子に思わず、サンジは腰を浮かしたがその時にはもう、
黒い影に絡み付かれ、肌から染み込むようにその影はサンジの体に入っていった。


何百年ぶりだろう。               どうなってんだ。

やっと、あの鏡から外へ出られた。        お前は誰だ。 

お前は、俺に食われるんだよ。          俺を食うだと?

俺は地獄にも行けない、狂った幽霊さ。      なんだと?

人を殺すのが何より好きだ。           何・・・?

俺は人から殺される事は無いんだからな。     さっぱり、訳がわからねえ。

ふん。たいがいの奴はそう言ったな。    


サンジの体は、黒い影に支配された。

「さて・・・・どうやって、こいつを食ってやろうか・・・?」


炎に照らし出されたサンジの顔は、狂気を孕んだ笑いを浮かべていた。

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