狂暴な淑女達
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「チョッパーっ!チョッパー!!」

新聞を読んでいたナミがいきなり 金切り声を上げて、チョッパーを呼んだ。

その側で、ナミに紅茶をサーブしていたサンジが思わず、
カップを落としそうになるほど、ナミの動きは唐突だった。

チョッパーは、ルフィとミカン畑にいた。

「まずい、ばれた!」ミカンを口一杯に ほお張った二人がこそこそとそこから離れる。

何食わぬ顔でナミの前にチョッパーは現れたけれど、
その口の周りには、ミカンの果汁と果肉がこびり付いていた。

(ばればれだ、チョッパー。)サンジは、肩を軽くそびやかした。
ナミさんに怒られるぞ、とその雷がなる前にそっとその場から離れる。

ところが、ナミの雷は落ちなかった。
「チョッパー、大変よ。これ、見て。」

それは、遅配の新聞で、2週間ほど前の記事が最新ニュースとして掲載されているものだった。

ナミが指差した、その記事にはドラム王国・・・いや、正式には、まだ 世界政府に登録されていない、名もない雪島の最近の情勢が掲載されていた。

チョッパーは、懐かしさにすぐにその記事に目を走らせた。

その顔が強張るのに、さして時間はかからなかった。

「ワポル王、復権の兆し・・・?」

記事の詳細はこうだ。
ルフィは、ワポルの死体を見たわけではない。
かなり、遠くにふっ飛ばした。
そして、その腹心の 得体の知れない合体した部下も、もう 再起不能なほどの傷を負った。

ドルドンという新しい指導者のもと、新しいドラム王国が誕生するか、と
国民は皆 期待し、麦わらの一味も 当然そうなる物だと信じて 今まで航海して来た。

けれど、ワポルは生きていたのだ。
悪魔の実の能力者はそう、簡単には死なないものらしい。

腹心だった、マリモとチェスの怪我を完治させたのは驚いた事にドクトリ―ヌ・くれはだった。


それなりの報酬を貰うけれど、医者として死にかけている人間を
放っては置けなかったのだろう。

「腹が減っている奴には食わせる。」そう言うポリシーを持って
後先考えないどこかのコックと似たようなものだ。

が、その二人は見事に くれはを裏切った。

そして、ワポルは再び ドラム王国に帰ってきたのだ。
運悪く、世界政府に登録を申請するために、ドルドンは不在だった。

ドルトン不在のドラム島の戦力では、くれはが島民を叱咤し、
激励し、先頭に立ってワポル達と戦っても、一日と持たなかった。

「カババババっ〜〜お前ら、カバじゃな〜い?」
島が奪還され、ワポルはすぐに新しい経済システムを構築した。

一年の殆どが雪に覆われるこの島には、産業らしい産業がない。
ただ、医学が発達している、と行っても最近では もっともっと 進歩している島もあり、
医学がいくら進歩していても、国の財政にはなんのメリットもない事にワポルは気がついた。

以前は、「力」と「権力」それだけに頼ったから、失敗したのだ。

すでに、王国の財政は ドルトンに渡った時点で破綻しているが、
どうにかして、簡単に経済力を、財を為す方法はないものか、と思案した。

その結果。

「この島を一大歓楽街にする。」という法律をまた、勝手に作った。

ドラム島から若い女が根こそぎ消えた。
そして、近隣の島からも、同じように 女が消えていった。

「誘拐じゃない。働く場所を与えてやってるんだ。」とワポルは堂々と宣言したのだ。

たしかに、ドラム島がある海域にはこれといった産業がある島もなく女が金を稼ぐ場所もなかった。

あっという間に、海賊や賞金稼ぎが 欲望を吐き出すための基地として ドラム島は有名になってしまった。

その経済効果は絶大で、国民の生活自体も豊かになり、
ドルトンが帰ってきたらおそらく、旧国王派とドルトン派に分かれての
内紛が予想されるだろう、とその新聞は報じていた。



「大変な事になってるでしょ。」ナミが固まったままのチョッパーに真剣な眼差しで声をかけた。

「どうした、チョッパー?」ナミの怒鳴り声が聞こえなかったのに安心して
ルフィがとことこと暢気そうな顔で歩いて来た。

ナミの座っていたデッキチェアの横のテーブルに、食べ残しのサンドイッチがあったから、
それをつまみに来たらしい。

「ルフィ、あのね。」

ナミが掻い摘んで、その記事のことをルフィに説明する。
ルフィは、ナミの言葉にふん、ふん、と真面目な顔つきで頷いていた。

それを遠くから見ていたサンジは
(どうせ、あんまり理解出来ねえだろうな。)と思いつつ、ナミの話に耳をすませている。

「わかった?」とナミはルフィに確認する。

「また、邪魔クチをぶっ飛ばせばいいんだな?」とルフィが答えた。

ナミとチョッパーが その言葉にほっと胸を撫で下ろした。
どうやら、意味はわかってないらしいが、気持ちは伝わったらしい。

「じゃあ、さっそく、ドラムに向かおう。」ルフィのその一言で、
ゴーイングメリー号の進路はなつかしいドラム島へと向けられた。


ドラム島の警備は以前来た時よりも、さらに厳重になっていた。

また、港ではなく、川をさかのぼった滝壷に船を隠す。

チョッパーは懐かしさと不安で口数がすっかり少なくなっていた。
「おい、しけた面すんなよ。」とゾロはチョッパーの尻をつま先で突付いた。
「せっかく、帰ってきたんだ。それに、お前がこの島をまた、救うんだぜ。」
「もっと、こう、気合の入った顔してみろよ。」と口の端を歪めて笑って見せた。

チョッパーは、ゾロの言葉に深く頷く。


「あたし達、ワポル達に顔が割れてるから、あんまり堂々とドクトリ―ヌを探せないわ。」と麦わらの一味は上陸した後の行動の計画をキッチンで練っていた。

そこへ、見張りをしていたウソップが飛びこんできた。
「おい、チョッパー!早く、こい、早く!」とチョッパーの腕を掴んで、
まるで他の者は見えていないような態度で入ってくるなり、また 飛出していった。

驚いたルフィ達もその後を追う。

「チョッパー!!」「ドクトリ―ヌ!!」


川岸には、くれはと数人の男達が立っていた。
くれははチョッパーの名を呼び、チョッパーはくれはの名を呼び、
お互いの無事を 少し距離が離れたまま 交わす視線と表情だけで歓びあった。


「ババア、元気そうだな。」

サンジは絶対に聞こえないほどの小さな声で呟いた。

「なんだって、若造っ聞こえてるんだよっ。誰がババアっだって?!」とすぐに怒声が返って来る。
並の人間なら到底 聞こえるわけもないのに、くれはの耳は、
(耳だけではないが)やはり、人間離れしているようだ。

「そうかい、じゃあ、手伝わせてやるか。」

麦わらの一味がこの島にやって来た事で、ドルトン派の者達は活気付いた。

くれははその代表だ。
ドルトンの留守中のこの不甲斐なさを一番悔しがっているのも
くれはだが、人に頭を下げるのが 何より嫌いな性格は麦わらの一味の力添えを自分の口から 頼むような事はしなかった。

「あんたらには関係ないね。」と最初はつっけんどんだったし、
チョッパーが縋りつくようにして、
「俺の故郷がこんな風に変って行くのを黙ってみてろって言うのか!」といい募っても、
「その故郷を勝手に飛び出して 海賊になった へっぽこトナカイが
えらそうな事を言うんじゃないよっ」と逆に蹴り飛ばしたりもしたが、

心の中では 百万の味方を得た、と言う想いで一杯だった。
申し訳なく、ありがたく、想っているのに、ただ、それを素直に口に出せない性格という事をチョッパーも充分知っているからこの言い争いは ただの通過儀式のようなものだった。


「で、どうするよ。」

サンジがまず、自分たちは一体 何をすればいいか、
どう動けばいいか、とくれはに尋ねる。

「あたしたちの最終的な目的は、やっぱり、ワポルをこの島から追い出したいのさ。だが。」

今、ワポルのところには 大勢の人質と言うべき女達がいる。
この女達を奪還し、その上で ワポルを今度こそ、完膚なきまでに
叩きのめして、ドルトンをこの国の指導者として迎えたいのだ、とくれはは 話した。


「どうして、俺達がここに来るって判ったの?」

チョッパーは尋ねた。
くれはは 小さく笑う。答えは返って来なかった。

(ははあ。あの記事、わざと書かせたな。)とサンジはくれはの意味深な笑みを見て、そう推測した。

どこで航海しているか判らない、無線も 電伝虫も持っていない
貧乏海賊の自分達を呼び寄せるには、一番 効果的な伝達方法だったかもしれない。

きっと、来る、と信じてくれは達は 毎日 あの滝壷へ麦わらの一味がやって来るのを待っていたのだ。

「中には行って見ないとどうなってるのか、分からないわよね」とナミは溜息をつく。

ワポルが女達を 閉じ込め、働かせているのは、例の城ではなく住民を無理矢理 追い出して ビッグホーンの隣町、ココアウェドーに高い塀を巡らせ、例の一大歓楽街としているのだ、と
くれはと行動を共にしている男の一人に聞いた。

「女達が何故、逃げ出さないのかも判らないし、この島の島民はもう、ココアウィドーには立ち入れない。もしも、無断で立ち入ったら射殺されるんだ。」

すでに、恋人や娘、妻を取り戻そうと侵入を試みた男が何人か犠牲になった、と言う。

「真正面から斬り込んだらいいじゃねえか。」とゾロはあっさりと言う。

サンジはそんなゾロの単純さに溜息をつき、心底呆れたように、
「お前、馬鹿か。それが出来りゃ、最初からそうしてるだろ。」
「レディ達を人質に取られたらそれで終りだろうが。」と言えば、
「その隙も与えなきゃ、別に問題ねえだろ。」とゾロも即座に言い返す。

「中がどうなってんのか、ワポルがどこにいるかもわかんねえで、
どうやって、そんなに早く動けるんだよ。馬鹿じゃねえの。」と
また サンジはゾロの言葉をまるで 蹴り返すような口ぶりで言う。

「馬鹿、馬鹿ってなんだ、じゃあ、他にいい方法があるのかよ。」とゾロは苛ついた口調でサンジに詰め寄る。

「お前の作戦も、4割くらいは呑んでもいいがな。そりゃ、仕上げに使わせてもらう。」と
サンジはにやり、と笑った。

「どうにか、中の構造を知りたいわ。」ナミが腕を組んだ。

「1ヶ月に一回、ワポルは女をどこかから連れてくるんです。」
「海賊が売りに来ることもあるし、それに紛れ込めば中には入れる。」と
さっきから色々と情報をくれる、くれはの信頼を得ているらしい男が
ナミに期待を込めた眼差しを向けた。

「そうね。それでいきましょうか。」
ナミは普通の女の子よりも、ずっと腕が立つ。
おとなしい振りをしていれば、恐らく逃げ出すくらいは出来そうだ。

「ナミさんが一人で?」とサンジは眉を寄せた。

「この島には、そこへ潜りこめるような女もう、一人もいないのさ。」と
くれはは サンジに目を向けた。

その言葉にサンジが 思わず、余計な暴言を吐いた。
「・・・そうか、ババアは入れないんだよな。」



「馬鹿は放っておけばいい。」
壁にめり込んだ サンジに一瞥もくれず、くれはは ナミに向き直った。

「それはだめだ。小娘、お前の顔をワポルは知ってるんだよ。」
「変装したとしても、やつは勘がいい。一人きりで奴らの根城なんかに
潜りこんで 何かあったら。」


そこの麦わらに申し訳ないだろう、とくれはは言った。

「そうか・・・。」ナミは溜息をついて、また 腕組をして考えこんだ。
小さな唸り声を上げて、1分ほど考えていたが、

「仕方ないわね。」と、ほう、と小さく溜息をついた。

「元手はかけたくなかったのよね〜。あくまでボランティアで一ベリーにもならないんだもん。」

そう言うと、ウソップへ、「ね、あれ 出して。」と声をかけた。

「あれ?ああ、」ウソップは、肩から下げていた袋をごそごそと漁って、
小さな皮袋をナミに手渡した。

「これだよな。」「ありがとう。」
ナミはそれを受け取り、テーブルの上に取り出した。
袋に入っていたのは、瑞々しい果実が二つ。
そっくりだが、良く見ると 色が微妙に違う。

「この赤っぽいのが メスメスの実。こっちのピンク色のがピチピチの実よ。」



「馬鹿っ、それはあたしのだよっ。」

サンジはどうにか ナミに懇願され、メスメスの実をまた
食べる羽目になってしまってふて腐れていた。

何も考えずに一口だけ 「ピチピチの実」を齧ってしまったのを、
慌てたくれはに殴り飛ばされた。

「お前が若返ってどうするってんだい。」といいながら、くれはは ぼりぼりとその実を貪り食べている。

「この実の効果は個人差があるんだよな。」とサンジはなかなか口にしようとしない。

どうしても、嫌な思い出が頭をよぎって、食べ物を決して
粗末に扱うな、と人にも自分にも 口やかましく言っているくせに
この「メスメスの実」を口に入れる気が起きないのだ。

「なんで俺?別に ルフィでも、みどりハゲでも、ウソップでもいいじゃねえか。」
「っていうより、あんたの仲間の誰かでもいいだろうに。」と
いつまでも ブツブツと煮え切らない。

「男が一旦 引き受けた事をぐだぐだ言うじゃないよ!」

ワポルがいるところは一番 ランクの高い女がいる建物らしい。
世界政府の役人や、海軍の将校、羽振りのいい商人などしか
入れない、厳重な警護をかいくぐるには、その建物に潜入し、内部を探らなければならないのだ。

その理由をナミに説明されたにも関わらず、サンジは
今になって まだ 「メスメスの実」を食べようとせず、手で弄ぶばかりなのに、
くれはがとうとう、キレた。

「いい加減にしなっ。男の癖に諦めの悪い奴だね!」

力任せに口に突っ込まれ、サンジは窒息しそうになりながら
どうにか 「メスメスの実」を体の中に取りこんだ。



「いいかい、若造。なにか食べたり、飲んだりしたら必ず
この薬を飲むんだ。」とすっかり若返って、

一瞬、サンジが目をハート型にするほどの美女になったくれはが
サンジに小さな錠剤の入った小瓶を手渡した。

「なんの効果だ、これ。」
こちらも、年のころ、15、16歳の少女に変化したサンジが
くれはに尋ねる。

「どんな毒を盛られても、遅効性に返る薬さ。あたしの発明だよ。」
「これを飲めば、どんなに劇物を飲まされても、5時間は体を
騙せるのさ。」

「いいかい、あんたはあたしの妹だよ。いいね。」とくれはは
サンジに役割を言い渡す。

「孫娘の間違いじゃねえの。」ぼそっと呟くと、
凄まじい目つきでくれはがにらんだ。

「はりたおすと跡が残るから、今は勘弁してやるよ。」

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