ここに来て、二日も経つのにサンジは動けないでいた。
自分の部屋の出入り口はひとつしかない、そこにはずっと見張りが立っているようだ。
小柄だが、服の上からでもよく鍛え上がられた体躯が伺える青年が
強欲な世話係が食事を運んでくる時にちらり、と見えた。
その青年とサンジの目が合う。
年のころは、17歳くらいか、随分と童顔だ。
サンジはにっこり、と微笑んで見せる。
懐柔出きるようなら それに越したことはない。
青年は頬を一瞬で紅潮させると慌てて 視線を逸らした。
(よし、なかなかいいぞ。)とサンジはその青年のリアクションを見て、ほくそ笑んだ。
人柄も良さそうだ、いわゆる、「人の良さそうな、馬鹿正直そうな、顔」とでも
言うべきか。
彼を懐柔する事が出来るならば、とにかく、くれはとぐらい、連絡が取りたい。
くれはがどれくらいの情報を手に入れたのか知りたいし、また、
ワポルが いつも同じ時間に食事をとるために 西館と呼ばれる建物にいること、
自分がワポルの側に行くチャンスがあること、なんとか伝えたかった。
(あ、俺、名前なんだっけ)と2日もたつのに、名前も聞かれなかった事に
サンジは気がついた。
が、取りあえず、見張りの男をなんとかしよう、と考えをめぐらせていると
ドアが開いた。
「あの・・・。プリンセス。」
「あ?」
思い掛けない言葉にサンジは ぶっきらぼうな声を上げてしまった。
「あ、ごめんなさい。ここでは、あなたのことをそう呼ぶように、と言われてて、
名前を知らないから。」とさっきと青年が申し訳なさそうに立っている。
サンジは、ベッドに腰掛けたままその青年の方へ怪訝な顔を向けた。
「逃がしてあげる。ここにいたら、君酷い目に遭うよ。」と
自分の上着を脱いで、サンジに渡そうとした。
「え??そんな事・・・。」
おい、おい、余計なお世話だぜ。ここから逃げたんじゃ、なんのために
二度と口にしたくねえ、と思った悪魔の実を食った意味がねえじゃねえか、と
言いたい事場を飲みこんで、サンジは口篭もった。
「大丈夫、僕はここの警備兵の振りをしているけど、本当は海軍なんだ。」
「君一人、逃がすくらいの腕はあるつもりだよ。」とその青年は笑う。
「どうして、海軍がここに・・?」サンジの顔が強張った。
ここの警備に海軍まで使って入るのなら、この施設は既に
世界政府公認、と言う事になる、もちろん、ここに来た海賊を狩る為の
配置なのだろうか。
「ここの女性達は、ドラム国王に無理矢理さらわれてきた女性たちだ。」
「君だって、そうだろ。」と言うので、サンジは取りあえず頷く。
「その証拠を掴め、と言う任務なんだ。ドラム国王は、使用禁止の麻薬で
女性を虐待しているっていう情報が入って来たんだけど、証拠がない。」
「僕は、その悪事を暴くための証拠を掴むためにここに潜入したんだ。」と
サンジが聞いてもいないのに、自分の素性と任務を話してくれた。
「そう、でも、俺を・・・いや、あの、私を逃がしたらお前の・・・いや、
あんたの・・・いや、あなたの任務が遂行できないじゃねえか?いや、
ないの?」となるべく 女性らしい言葉を使ってしどろもどろ
サンジは答える。
青年は、「任務のことはどうにでもなる。でも、」と言うと、
頬を赤らめて、
「君みたいな清らかな人が酷い目に遭うのを男として黙ってみてられないよ。」
「僕に任せて。」と言う。
自分が思った以上に、扱いやすそうだ、とサンジは考えた。
「ねえ、じゃあ、お願い。ここに、私の姉さんを連れてきて。」と
とりあえず、くれはとの連絡をとってみよう、と試みる。
「あなたのことを信頼できるかどうか、わからないし。」と
首を傾げて見せる。女好きなだけあって、女の子の可愛らしい仕草は熟知しているのだ。
そんな姿態を自分がやることになるとはまさか 思っていなかったし、
我ながら(気持ち悪イな。)と思ってはいるが 男のままに振舞って
懐柔に失敗するのも 厄介だ。
「わかったよ。」と青年は快く承諾してくれた。
「まさか、一日中、部屋に監禁されているとは思えないんだよ。」と
くれははゾロに言う。
実際、サンジの扱いはまだ、ワポルが決め兼ねているので、
客を取らされていることはない、
だから、一日中 与えられた部屋に監禁されているのだが、
夜、娼婦として働かされているくれはは その事を把握していないので、
サンジも自分と同じように客をとらされていると思っていたのだ。
「あのルックスで、あの若さじゃ、もう、相当相手をさせられてるんじゃないか、と
心配はしてるんだが・・・。」と言うものの、安否を確認するどころか、
サンジの部屋の前にはいつも見張りが立っていて近づけないのだ。
「まさか、バレたんじゃねえだろうな。」とゾロは眉を寄せた。
「それはないね。そんな騒ぎがあればいくらなんでも 耳に入って来るだろうから。」と
くれははゾロの言葉を否定する。
「とにかく、あの若造のことはなんとかなるだろう、」とくれはは
ゾロの目から見たら暢気そうに見えた。
冗談じゃない。
もしも、客を取らされているとしたら、と考えるととても落ちついていられない。
イライラとした態度を隠しきれないゾロを見て、くれはは首をひねった。
「なんだい、そんなに仲間思いだったかい、お前。」とゾロに尋ねる。
「・・・別に。」と視線を逸らし、腕を組んで苦虫を噛み潰したような顔をする。
くれはは、まさか 背骨の若造とこの目の前のゴツイ男が
「イイ仲」だということなど、想像もしていないので、ゾロの落ちつかない様子の意味が
判らないらしい。
「変な奴だね。女じゃないんだから、・・・あ。」と呆れたように言ってみたが、ふと、
「今、女の体なんだっけね。」と気がついた。
「そう、そう、あの若造、バージンになってたっけね。しかも、まだ 初潮も迎えてない
体で・・・。」
さすがに139年も生きていて、自ら名医だと言いきるドクとリーヌくれは、
サンジの体を詳しく検分しなくても、その成長ぶりを外見だけで
的確に言い当てていた。
「なに、聞いてねえぞ?」とゾロは目を剥いた。
「なんだい、あの若造が処女だとなんか困ったことでもあるのかい。」と
くれはの方がゾロの顔を見て驚いた。
あいつが処女だなんて、それが他の男に??とゾロの頭は
ただ、それだけで一杯になる。
「冗談じゃねエッ 絶対指1本触れさせねえぞっ。」
と、柄にもなく主語のない絶叫をあげた。
「はあ?」とくれはが素っ頓狂な声で答える。
すぐに部屋から飛出そうと踵を返したゾロの延髄にくれはの脛が
飛んできた。
「ぐえっ」妙な声を上げて ゾロが壁に激突する。
「なにをそんなに慌ててるのさ。」とくれはは 壁からずり落ち、
目を回しているゾロの頭上に仁王立ちになる。
「クソババア〜、なに」何しやがる、と言い掛けるゾロの横っ腹に
再び くれはの蹴りが打ちこまれた。
「誰がクソババアだ。今のあたしは28歳の売れっ子だよ。」
2日で一人しか客をとっていない、しかも サクラだと言うのに
売れっ子と自称するくれはの自信は一体どこから 出てくるのか 謎だ。
「今、あんたに騒ぎを起されたら、面倒だ。何をそんなに慌ててるのか
あたしにゃ、サッパリ判らないけど、少しは落ちつきな。」
ゾロはまだ、星が飛ぶ頭を振って、起きあがった。
悔しそうな表情でうなじに手を軽く沿えながら、くれはを見上げる。
「・・・処女ってのは、まじかよ。」と小さく呟いた。
変身したサンジの姿は、ほんのちら、としか見ていない。
だが、その垣間見た姿だけでも、ゾロの背筋に妙な電流が走ったほどだった。
可憐で、清らかで、小さくて。処女だというなら尚更だ。
あの体が他の男に触れられる、それが例え指1本であっても
我慢できない。
「何事だ、大きな物音がしたぞっ。」とその部屋の外で若い男の慌てる声がした。
客が大事な商品の女に乱暴狼藉を働いた、と思われたのか、
ドアが乱暴に開かれ、若い男が飛び込んできた。
仁王立ちになっている女と、床に尻をついてそれを見上げている赤い髪の男。
どうやら、乱暴を働いたのは、女の方らしい、と男は判断する。
「・・・あ、お、お客さん、大丈夫ですか?」とゾロの方へその男は
気使わしげな声を掛けてきた。
「ああ、なんてことねえ、・・・。」とゾロはその声の方へ振りかえった。
「「あ!!」」二人は同時に声を上げた。
ロロノア・ゾロ!
その男の顔が真っ青になった。
以前、恨みを買っても仕方がない仕打ちをした。
そして、自分も酷い目に会った。
が、それでも生まれ変わって、あの頃の自分の生き方のいかに愚かだったかを
自覚し、海軍に入隊後、幾度も挫けそうになりながらも、
その都度 必死で励ましてくれる友達に引き摺られるように 精神も
肉体も鍛錬して来た。
この男と出会わなければ、今でも自分は人間として 怠惰な、下らない人生を送って
いただろう、と思ってはいた。
だが、実際、目の前に そのロロノア・ゾロが現われたのだ、
度肝を抜かれ、危うく腰を抜かしそうになった。
本当にロロノアか?髪の色が・・・ピアスがない。
だが、自分を見る目つきと、声、顔、体つき、忘れようと思っても
忘れられるものでもない。
明るい色の髪、姑息そうに寄せられた太い眉。
ひょろりとした体躯。個性的な髪型。
自分を磔にし、殺そうとした海軍大佐の息子だ。
「てめえ、こんなとこでなにやってる。」とゾロは即座に態度を豹変させ、凄む。
ここで、自分がロロノア・ゾロだ、と発覚しては不味い。
それに、今、この男が海軍の兵隊だと言うことも知っている。
「知り合いかい、あんたたち。」とくれはが怯えてたちすくむ、
その男・・・・ヘルメッポとゾロの間に割って入る。
「いや・・・ひ、人違いならいいんだ、」
ヘルメッポの方が明らかに怯えていた。まあ、ゾロが怯える相手など、
この世にもあの世にも 存在しないのだろうが。
「こいつ、海軍の兵隊だ。」ゾロがくれはに短くヘルメッポの正体を明かす。
「なんだって?どうして、海軍の兵隊がここに?」
ゾロとくれはの頭の中に、さっきサンジも危惧した可能性が浮かぶ。
すなわち、ここが世界政府公式の施設で、海賊を狩るために
海軍を潜りこませているのではないか、と言うことだ。
それをヘルメッポにゾロが尋ねる。
「違う。これは、極秘任務なんだ。」と簡単には口を割らない。
ゾロ相手に 強情を張れるほどになったのだから、海軍に入って相当、
精神力が鍛えられたのだろう、とゾロは憶測した。
「ねえ、その極秘任務とやらを教えてくれない?」
くれはの口調がガラリ、と優しげな、艶っぽいものに変った。
ゾロの背筋に悪寒が走る。
くれははヘルメッポの鼻先近くまで顔を寄せた。
唇が触れるまで、あと数cmもない。
ヘルメッポの鼻腔に、華やかな香水の匂いが流れこむ。
頬を摺りよせんばかりにくれはは ヘルメッポの顔に自分の顔を、
その体に しなやかな体を沿わせ、肩にほっそりと艶めかしく腕を回した。
「ねえ、教えてちょうだいな。妹と連絡が取れなくて、心細いのよ・・・。」と囁く。
「い、妹・・・?」
ゾロの脅しにも屈しなかった海軍兵としての責任感が くれはの妖艶な詰問に屈した。
「自分の任務は・・・。」と、等々と説明を始める。
店の女の管理に携わっていたヘルメッポの方が、内部事情に詳しかった。
くれはは、この店では「シルバ」と呼ばれている。
髪の色が見事な銀髪だからだ。
その妹は、「プリンセス」と呼ばれていて、まだ 取り扱いが未定で、
店には出ず、まだ 客は取っていない、と言った。
「そうか。」と見た目ではっきりわかるほど、ゾロは安堵する様子を見せた。
さすがにくれはも さっきからのゾロの態度と今のホッとする様子を見て、
ゾロの、口に出さない気がかりの原因がどうやらサンジの貞操にある、と気がついた。
(この男、あの若造のことが好きなのかね?)と
二人のもともとの姿を思い出し、どうにも理解しかねて また 首をひねった。
「とにかく、会わせてくれねえか。」
ヘルメッポは、荷物などに隠して、ゾロをサンジの部屋に連れていく。
くれはは、「今日は気分が悪いらしいから、部屋に戻す」という理屈をつけて、
これも地下に伴った。
「いや、姉さんと会えるだけでいいんだってば。ここから逃げるなんて」
「だめだよ、それじゃ。君は一刻も早くここから逃げないと。」
とサンジの方は、眼鏡をかけた、人の良さそうな海軍兵・・・そう、コビーだ。
コビーとサンジは、逃がす、逃げられない、と押し問答をしている。
「おかしいな。"プリンセス"の部屋の前にはいつも 見張りがいるはずなのに。」と
ヘルメッポは首を傾げた。
だが、そのまま サンジの部屋、いや、"プリンセスの部屋、に向かう。
ゾロは、シーツやバスタオルなどが満載されたワゴンに実を潜ませていた。
くれはは、平然とその隣で歩いている。
「おい、コビー。」とヘルメッポは その部屋のドアをノックもせずに開いた。
正直、この姿をなるべく ゾロに見られたくなかった。
が、いきなり開いたドアから 妙な頭の男がワゴンを押して入ってきて、
その後ろからくれはが現われ、
おや、おや、と思うまもなく、そのワゴンから
真っ赤な頭をしたゾロが現われたので、サンジもコビーも驚いた。
「ゾ、ゾロさん、どうしたんです、こんなところでっ!」
ゾロはコビーを見て、驚いた。
こいつ、あの コビ―か?
あの弱弱しかった、男じゃない。顔だけはそのままだが、体つきが別人だ。
よほど、毎日訓練を重ねたのだろう、そういえば
顔はそのままでも、目の輝きの強さが違う。
ゾロは相好を崩した。
「よお、久しぶりだな。」
お互いの目的が微妙に一致していることをそこで認識しあう。
ただ、サンジと言う麦わらの一味の誇る、勇猛なコックが少女の姿になっていることは、
サンジのプライドを守るためにくれはもゾロも明かさなかった。
「ゾロさん、この人はあなたの仲間なんですか?」
コビーの質問にゾロは 咄嗟になんと答えていいのか判らず、沈黙せざるを得なかった。
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