ワポルも催眠術に掛っているとは言え、腹心の部下に殺されるのは嫌だろう。
二人に抵抗して、勝手に潰し合いやがれ、とサンジは
ワポルの肩から飛び降りた。

巻き添えを食らうのはご免だ。
サンジは身を翻して、出口に向かって走り出した。

「カールッどこへ行くっ。」ワポルは慌てて サンジに追いすがってくる。

悪魔の実の能力を封じられてはいても、重厚な鎧で身を包み、
それで自由に動ける体力は維持したままだ。
チェスの弓も、マーリモの燃えるアフロも、ワポルの身体を傷つけるほどの
威力はない。

「お前ら、カールに当ったらどうするっ」とワポルは一気に逆上した。
その凄まじい形相に、クロマーリモとチェスが竦み上がった。

「さっさと、カールを捕まえろっ。お前らを怖がって逃げちゃったじゃないか!」と
伊達に長年王座に君臨してきたのではない、威厳を二人の部下に見せつける。

「は、い、今すぐに!」
つい、さっきクーデターモドキを起こそうとした逆臣になりそうだったのに、
ワポルの気迫に押されて、チェスもクロマーリモも平伏した。

「俺、やっぱり、西の館に行く。」
くれは・・・・いや、シルバにあれほど止められたのに、コビーは諦めなかった。

口を一文字に引き絞ったコビーのその表情を見て、彼の意志が固いことを、
ヘルメッポは悟るが、それでも、友達として、そんな危険な行動を戒めないわけには行かない。

(もしも、・・・無理矢理・・・)などと具体的に考え始めたものだから、とても居ても立ってもいられなくなった。

カールさんは、絶対に僕が守る。
ワポルなんかに指1本、触れさせたくない。
そのひたむきな想いを武器に、コビーは警備の厳しい西の館に向かった。

ただ、巻き添えになるのが面倒なだけのサンジは、
追手がチェスとクロマーリモだとわかると足を止めた。

(なんだ、失敗したか。)

あの砂の国の王に比べると、全く威厳も気品も劣るワポルだが、
それでも、暴力抜きで部下を従わせるだけの人徳(?)はあるらしい。

サンジが足を止めると、外の様子がやけに騒がしい。

海軍が乱入して来たのか、と思ったが、いくらなんでも早過ぎる。
物影に潜み、騒ぎの方へと目を走らせた。

この「西の館」の出入り口付近へとかなりの人数の衛兵がが集まって行く。

(・・・なんだ・・・?)


サンジは、明らかに鈍そうな衛兵にそっと気配を忍ばせて近づき、スカートをたくし上げて、振り上げた足を
その衛兵の首筋に打ちこんだ。

素早く、その男を茂みに引き摺りこみ、身を隠す。

衛兵の足音が遠ざかり、チェスとマーリモの自分を探している気配も近くに感じられない。
それを確認してから、サンジは、その衛兵の頬を力任せに何度も張り倒した。
自分で失神させておいて、もう一度たたき起こしているわけである。

鼻血を垂らし、ようやくその男は意識を取り戻した。
「おい、なんでお前ら衛兵が出入口に固まってるんだ?」

「海兵が殴りこんできたんです、たった一人で。」

それを聞いたサンジは、即座に門のほうへと駆け出した。

ヘルメッポ、コビーのどちらが来たのかは判らない。
が、武装している衛兵相手に、まだ戦闘慣れしているとは到底思えない男が
対等に戦えるわけもなく、サンジは (余計な事を)と舌打したい思いながらも、
雪を蹴飛ばして、走った。

コビーは、短銃を構え、無駄弾を使わないようにしっかりと狙いを定めて撃とうとしているが、
その前に衛兵達の凄まじい銃撃の前に門柱の影に身を潜ませるだけで精一杯だった。

門は既に閉められ、前に進む事も、後退する事も出来ない。
が、海兵として訓練されてきた、その自信があるから、怯えることもなく、落ちついていた。
衛兵の弾もいずれは尽きるだろう、その瞬間まで待てば突破口は開けるはずだ、と
そのチャンスをじっと待っている。

が。

「放て!」

その怒号が聞こえた時、耳を劈く(つんざく)轟音が響く。

「げ。」と思った。
たった一人の侵入者を撃退するのに、寄りによって、大型の大砲を撃つつもりらしい。
さっきの轟音は威嚇で、弾は発射されていない。
あんな物をここへ撃ちこんだら この門自体が破壊されるのに、
あまりに過剰な攻撃方法にコビーは呆然となった。

これは、プリンセス誘拐未遂事件が原因で、「侵入者はどんな手段を使っても
皆殺しにしろ。」と言う命令が下されていたからだ。

どうしよう・・・と、この窮地を脱出する方法を考え始めた時、
衛兵達の異様なざわめきが耳に入った。

骨が折れるような音、肉が潰れるような音、麻袋を乱暴に放り投げた時になるような、
「ドサッ」「バキッ」「ドゴっ。」「ゴキッ」「ドガっ。」などと言うような音だ。


「ボケっとしてんじゃねえ、逃げるぞっ。」

衛兵の頭の上を飛び越え、コビーに向かって怒鳴ったのは、
他ならぬ、カールだった。


その言葉遣いに驚く前に、コビーは手首を掴まれ、
ふわっと体が浮いた。

「ちょ、ちょっとカールさんっ。」

コビーがいくら小柄だといっても、男としてとんでもない屈辱的な運び方だった。
カールの華奢な肩に担ぎ上げられ、それこそ、
ジャガイモか なにがか入っている麻袋が雑用係に運ばれているような、
そんな格好だ。

初恋の女の子にそんな風に運ばれて、嬉しがる男などいないだろう。



サンジは、建物が密集している、身を潜めやすい場所まで来て、
コビーを下した。

顔を見ると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
恨めしそうな顔でサンジを見て、しゃくりあげている。

(・・・なんで泣いてんだ、こいつ。)

助けてやったのに、なんでそんな顔で見られなきゃいけないんだ、と
サンジもカチンと来た。

茂みの中にしゃがんで、夜がくるのを待ち、闇に乗じて逃げるのが
一番安全だろう、と黙ってポロポロと涙を流しているコビーの手を引いて、
倉庫らしい場所へと移動する。

「・・・凍り付いて開かないな。」

恐らく、広大な庭を手入れするための道具でも入っているのだろう、
庭の隅の方に、煉瓦を積み上げて作ったらしい小さな倉庫を見つけたが、
その扉は凍てついて、引っ張っても押しても開かない。

「よっと!」

サンジは、スカートをたくし上げて勢いよく、その扉を蹴り飛ばす。

いつもの力なら、その扉どころか、建物自体、木っ端微塵だっただろうが、
今のサンジの脚力は、その扉の蝶番を破壊するだけの威力しかない。
それでも、衛兵をあっという間になぎ倒したのだから、
やはり、人間離れした、狂暴な足技の持ち主である事には変わりない。

「・・・カールさんて、強いんだね。」

倉庫の中で力なく座りこんで、ようやく泣き止んだコビーが力なく、
独り言のように呟いた。

「僕なんかより、ずっと強いんだ。」

何が言いたいのか判らず、泣いていた理由も理解できず、
サンジはコビーになんといって返事をすればいいのか わからず、
黙って隣に座る。

「僕だって、海軍で厳しい訓練を受けてきたんだ。」
「君に守ってもらわなくたって、」


そこまで言うと、コビーは立てた膝の上で組んだ自分の腕の中に
顔を埋めてしまった。

「君を守りに来たのに、君に守られちゃうなんて、情けないよ。」

あ・・・そう言う事だったのか、とサンジはコビーの涙の訳を
ようやく 理解出来た。

男なら、当然の感情だ。
わかる、わかる、良くわかる。

だって、男同士だからな。

と心の中で何度も頷く。こいつ、いい奴だ、としみじみコビーの顔を見た。

「ごめんな。」と誤るのも間違っている。
男は守られるより、守るために戦う生き物なのだ。

こういう時、サンジが慰めるのは逆効果なのも知っている。
が、落ちこんでいる人間に冷たくするほど、サンジは薄情ではなかった。

コビーの言動で、どうやらこの姿、「カール」に好意を寄せていることも
男の気持ちとしてわかってしまった。

ああ、気の毒にどうやっても決してハッピーにはならない恋を
しているんだなあ、とまるで 他人事のように気の毒になった。

仕方ない。
ほんの少しだけ、いい想い出を作ってやるか、と妙な親切心が沸いて来た。
悪趣味だといえば悪趣味なのだが。
別にからかうつもりでなく、枯れた観葉植物のようになっているコビーに同情したのだ。

好きな女の子にあんな運び方をされたらどれだけ プライドが
傷つくか、男同士だからこそ、良くわかるから。

「本当はすごく、こわかったんだ。でも、」
「君が死んじゃうと思ったら飛出しちゃった。ごめん。」

その言葉で、伏せられていたコビーの顔が持ちあがり、
驚いたような表情でサンジの・・・いや、カールを見た。


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