ならまち古楽館


            


SAKAMOTO古楽コンソートは、奈良町の古い町屋を本拠に活動しています。
世界遺産にも登録されている興福寺と元興寺の間に位置する奈良町は
奈良市で一番古い区域で、今でも奈良町格子がはまった町屋が点在しています。


格子の中は町屋の「店の間」で、当初の趣を残したままレッスン室として使用しています




通りを行き交う観光客が、格子から漏れて来るヨーロッパの古楽に
立ち止まって耳を傾けている事がよくあります。
フランスの古楽器製作家やアメリカの音楽学生が
家の中まで訪ねて来た事もありました。
日本の古い町屋と、西洋の古楽器から流れ出る音楽は
洋の東西は違え、しっくりとマッチするようです。
これからも両方の
さをしみながら、音楽活動を続けて行くつもりです。

このページでは古楽に関する話題だけでなく、き良き物
に関する話も紹介したいと思います。


                                              
                                          2008年度のならまち古楽館

                                                  2007年度のならまち古楽館
                                                  2006年度のならまち古楽館
                                          2005年度のならまち古楽館


2009年



                             2月


            2月4日 福豆まき
            
               昨日は節分でした。奈良の大きな寺院では毎年節分会が行なわれます。
             東大寺二月堂、元興寺、興福寺東金堂の三ヵ所、福豆まきのはしごをするのが
             この日の我家の恒例行事となっています。
             昨年は、二月堂へは小雨のため行きそびれ、元興寺は行ったら既に終わっており、
             興福寺は雨のため手渡しで一袋もらっただけ、と不完全燃焼のまま終わりましたので、
             今年はその分もと、張り切って出かけました。
             二月堂では堂内に於ける法要の読経の後、舞台の上から参詣者に福豆が撒かれます。
             舞台下の芝生の段々には立錐の余地が無いほど大勢の人が集まります。
             一見大変危ないように見えるのですが不思議と云うか
             今まで大きな怪我をした話は聞いたことがありません。
             平地ではないので皆、注意しているからでしょうか、
             それとも二月堂の観音様の御加護のお陰でしょうか。
             ここの豆まきは三角の袋に入った福豆だけではなく、鈴やミニボール、それに
             餡パンやお菓子まで撒かれるのが一寸変わっているところです。
             今年は奮闘の甲斐有って全種類ゲットしました。
               次は三時から行なわれる元興寺の豆まきです。
             ここでは豆まきの前に境内で火渡り式が行なわれます。
             修験道の行者の先導で燻る丸太の上を一般の参詣者が素足で渡り歩く行事です。
             その後で特設の舞台から福豆が撒かれます。ここの袋には豆だけでなく飴も一緒に入っています。
             また元興寺のスタンプ付きの白いゴムボールが撒かれるのも恒例と成っています。
             小雨の中、予定通り行なわれた豆まきでは去年のリベンジを果たしました。
               最後は興福寺東金堂です。ここの追難会(鬼追い式)は時々テレビでも紹介されるほど
             有名です。鬼が酒盛りをして酔っ払い、松明を持って暴れている所へ、正義の味方毘沙門天が
             現れて退治し、その後大黒様がやってきて参詣者に福を授けると云うストーリーが
             特設舞台で演じられます。近年は鬼も大人気で盛んにカメラのフラッシュを浴びています。
             例年はこれに続いて福豆と紅白のゴムボールが撒かれます。
             福豆の袋の中に当たりくじが入っていると特別な景品がもらえるという
             おまけまで付いているので、ここでの争奪戦はなかなか厳しいものがあります。
             残念ながら今年は最初から雨模様でしたので、参加しませんでした。
             今朝の新聞によりますとやはり豆まきはなく手渡しだったようです。
             豆は少ししか取れなくても、競って取り合うところに面白みと有り難さがある訳でして、
             手渡されたのでは拍子抜けしてしまいます。今年は二ヶ所しか行けませんでしたが
             幸い充分な戦果を得ましたので、当分おやつは福豆になりそうです。
            
             

        

         (二月堂と舞台下段)      (二月堂の福豆、鈴、ミニボール、餡パン)     (元興寺の福豆と飴とボール)




                                     1月


           1月18日 弓の話
            

               と云っても前回の続きではありません。
             今日見に行って来た、新春の京都の風物詩の一つ、三十三間堂の「通し矢」の話題です。
             今までに何度もテレビニュースや写真で見た事はありましたが、
             実際に観覧したのは初めてでした。
             我家の娘も今回この催しに参加していたので、10時前には現地に到着したのですが、
             我々の読みが一寸甘かった様で、すでに射場の周りは満員電車並みの混雑でした。
             それもそのはず、今年は参加者が例年より少なくなったとは言え
             新成人が1800人の他、錬士、教士、範士等の称号を持つ人も合わせると
             2000人ちかくの人が出ていたのです。
             それでも我慢して1時間半ほど並んでいる内に、娘の出番の頃には
             何とか射手が見える位置まで辿り着くことが出来ました。
             あでやかな振袖、袴姿の12人の射手が60m先の的に向かって
             一斉に矢を放つのは、なかなかの壮観でした。
             因みに私が専門としている弦楽器のルーツは狩猟の弓だと云われていますので、
             今日は沢山の先祖を見に行った事になります。
             
             (補足ですが今も一般には「通し矢」と呼ばれているこの催し物の正式な名称は
              「大的全国大会」と云うそうです。今年が59回目との事でした。
              この催し物の元になった「通し矢」は三十三間堂の端から端まで約120mを射通したもので
              古くは後白河法皇の時代に端を発し、天正年間から流行し始めたと云われています。
              江戸期には各藩の弓の名手が競い、一日で13,053本射て8,133本的中させたと云う
              驚くべき記録も残っています。)
              

             

      

            (三十三間堂通し矢風景)            (三十三間堂破魔矢)              (弓の林立)





          1月16日 胡弓の謎

               先日、京都市立大学の日本伝統音楽研究センターで「胡弓の謎を探る~その源流と魅力~」
             と云う公開講座がありました。私自身も以前から擦弦楽器の歴史と伝播に興味を持っていましたので
             聴講して来ました。講師の一人が旧知のガンバ奏者であったのも出かけるきっかけとなりました。
             胡弓の成立に関して、16世紀後半に日本に伝えられた洋楽器の一つの
             「レベック~ラベイカ~らへいか」が何らかの関わりを持っていると云う説がありますが、
             彼女はその由来を歴史的な資料を基に説明しました。
             また当日邦楽研究者により提示された17~18世紀の数十点に及ぶ胡弓演奏図は
             殆どが始めて見るものでした。そこに描かれている弓の持ち方の多くが
             ヴァイオリンの様にオーヴァーハンドだったのは意外でした。
             当時の絵描きが何処まで正確を期して描いているか分からないので
             この奏法しかなかったとは断言出来ませんが、オーヴァーハンドがあったのは確かな様です。
             いつ頃からガンバと同じくアンダーハンドに変ったのか興味あるところです。
             この講座によって胡弓伝来の謎が解き明かされた訳ではありませんが
             古楽器奏者の一人としては400年前に「レベック~ラベイカ~らへいか」と
             「胡弓」のニアミス?があったと信じたいですね。
             講座の最後には胡弓奏者よる伝統古曲の演奏がありました。
             間近で一流演奏家の演奏を聴いたのは初めてでしたので感動しました。
             
             
             
      
             

        (17世紀中頃の演奏図)            (三弦と四弦胡弓)             (藤植流四弦鼓弓の駒と糸)





           1月5日 坊雑煮

              今日は我家の正月行事の一つとなっているの二月堂の坊雑煮へ行ってきました。
             例年は家族だけで行くのですが、今年は坊雑券を沢山頂いたので友人達も誘って一緒に
             賑やかに繰り出しました。風情のある参道をぶらぶらと散歩しながら、まず二月堂にお参りし、
             今年一年の無事を祈りました。それからお堂のすぐ脇に有る茶所と云う建物の中で
             正月の3日と5日にだけ振舞われる坊雑煮を頂いてきました。
             衣姿の若い僧が注いでくれる御酒は有り難く、また味しく感ぜられました。
             寺域の陽だまりの枯葉の上では、小鹿達が降り注ぐ冬の光を浴びて
             満足そうにひなたぼっこをしていました。
       

      
                         

                (二月堂脇の茶所)            (若い僧の接待)                 (坊雑煮)




           1月1日 初詣で

             新年明けましておめでとうございます。
             2009年、平成21年の幕開けです。
             今年は例年の春日大社ではなく、東大寺へ初詣でに出かけました。
             今まで何度となく訪れているお寺ですが、元日に出かけた記憶はありません。
             本来初詣は神社へお参りするのが普通ですがいつの頃からか、
             お寺にも初詣で客が押しかける様に成りました。
             特に奈良の有名なお寺の場合は、初詣でと云うよりも観光もかねて
             と云ったところでしょうけれども。
             南大門から広い参道をとおして大仏殿を眺めると
             なにかこう、心も広々として今年も頑張るぞと云う気が湧きあがって来ました。
             大仏殿の中は参詣客でごった返していましたが、
             大仏さんは悠然と衆生を見下ろし、全ての人の願いを聞き入れてくれる気がしました。
             そして今年も元気で音楽活動が出来ます様にと
             大仏殿の前に有る八角燈籠の音声菩薩にも祈ってきました。



            
      
      (八角灯篭の音声菩薩)             (大仏殿)                   (大仏さん・盧遮那仏)





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