夢咲塾イベント 2007年2月
ホーム
夢咲トップ
夢咲・響会イベント
リスト

前へ  次へ
御坊祭り2007
 夢咲塾「春待ちコンサート」 & まちづくり協議会「パネル展示」 
  高田の二月といえば、御坊祭り。夢咲塾では初日にあたる10日(土)にソプラノ歌手福住恭子さんとピアノの田中聖子さんを呼び、「春待ちコンサート」として11時からと14時からの専立寺の本堂で、二回公演を行いました。福住さんは現在イタリア在住で、丁度帰国してるい期間の公演。流石オペラ歌手といった感じの体型で、練習で軽く歌っている声がすでに本堂中に響き渡り、なかなか心地よいものでした。実際の公演もお寺でソプラノとなかなか変わった組み合わせがかえって好評だったようで、2回目の公演では立ち見が出るほど盛況。形式ばらずに気軽に、素敵な音楽が聞けるというものが、特にこういった祭りにはいいのだろうと改めて思いました。
 また、同時に専立寺の境内では、本町・市町まちづくり協議会で、まちなみパネル展として、本町・市町地区のまちなみの写真展を開催し、同時にアンケート調査を実施しまた。こちらもなかなか好評。コンサート帰りの人に見てもらっただけでなく、多くの人に足をとめて見ていただき、アンケートも予想以上の枚数が集まりました。特に二日目は夢咲のコンサートがなかったので、どれくらいの人に見てもらえるのか、相当不安でしたが、パネル展示を見ていってくださる方といろいろな話をすることもでき、様々な意見を直の声とした聞くことができました。また、近所の小学生たちとも仲良くなって、境内で鬼ごっこをして遊んだりと、童心に帰ってお祭りを楽しむことができました。お寺がこうして子供たちの遊ぶ場であることも必要で、いろいろな人といろいろなところでつながっていく感覚を様々に感じされてくれるなかなか貴重な二日間でした。(2007.02.10-11)
白拍子の舞と静御前フォーラム(大和高田商工会議所主催)
  全国に静御前の生誕地や終焉の地を伝承とする地はたくさんあるが、大和高田もそのひとつである。大和高田磯野は静御前の母である磯野禅尼(磯禅師とも言われる)の出身地であり、静の終焉の地であるとの伝承がある。夢咲塾では数年前からこの静御前の伝承のPRに努め、静御前伝承地のまち歩きやセミナーを行い、さらには「夢しずか」といったキャラクター作りをしてきたが、全国の他の静の伝承知に比べ、まだまだ広く認知されているとは云いがたい。それどころか、大和高田市民でも、高田が静御前のまちであるという認識はきわめて低いといった状況である。今回のフォーラムはそういった中で、商工会議所を中心として、大和高田をさらに静御前の町として広めていくプロジェクトの一環として行われたものである。
 プログラムとしては、@白拍子の舞A基調講演「後白河法皇と芸能」Bパネルディスカッション「静御前・白拍子=大和高田」の三部構成。第一部の白拍子の舞では、歌舞伎舞踊村山流家元の村山左近さんの舞が披露される。この舞は女性による男舞であり、本来の白拍子の舞に近いと考えられる。もちろん、白拍子の舞がそのまま伝承されてきたわけではないので、これが静御前の舞だと断定することはできないが、村山左近さんとしては、この大和高田から、静御前の白拍子の舞として全国に広めていきたいという考えで、「静御前・白拍子要請講座」体験レッスンも開催する予定になっている。
 第二部の基調講演は同志社女子大学教授の朧谷壽さんによる静御前が生きた時代背景の解説。当時は、源平合戦の動乱期であるが、同時に「今様狂い」と言われた後白河法皇に見られるように、芸能がもてはやされた時代でもあった。静御前が後白河法皇の神泉苑での雨乞いのときに、義経に見初められた話は有名であるが、白拍子という一種の芸能が、当時は盛んに舞われていたといえるのだろう。白拍子という芸能はよくわからないことも多いが、能楽から歌舞伎にいたる舞という芸能の中で捉えなおしてみる必要もあるのだろう。
 そして第三部が今回のフォーラムの中心であるパネルディスカッション。パネラーとして、村山左近さん、朧谷壽さんに加え、郷土史家の吉村芳倶さん、そして我が夢咲塾から上田泰史が参加して、白拍子と大和高田について考える企画。第二部の講演の中で朧谷さんは「大和高田が静御前の生誕地であるということを知らなかったが、それは私の不勉強というよりは、宣伝活動をしてないからだろう」という指摘をされていたが、まさしくまさしく今後、大和高田を静御前のまちとしてうっていくには、どうしたらいいかというのが、メインのテーマ。村山さんの白拍子の舞を高田から発信していくというのも、確かにひとつの試みとして面白いと思う。しかし、何よりも大切だと思ったのは、吉村さんが指摘されたように高田の市民自身の意識の問題だろう。口承、伝承の類は、意識して伝えていかないと、どうしてもなくなっていく方向に向かう。文化財を守るのと同様に、も伝承を守るという意識が必要なのだろう。先ず、高田市民が高田ってどんな街と聞かれた時に、静御前のまちと言えるような意識づくりが先決なのだろう。
 フォーラム自体は、予想以上に若い人たちも入り、満員で大成功といった感じ。とにかく、静御前のまち、高田のスタートがここにあるといった感じであった。(2007.02.18)
 
 ホーム//読む/聴く/歩く/見る/語る/創る