第9回夢咲まちづくりセミナー&座談会「魅力あるまちは光あるまち」(平田進也氏) |
| 今回のセミナーはテレビでも活躍中の日本旅行のカリスマ添乗員と呼ばれる平田進也さんを迎えて、観光について考えるもの。平田さんは吉野出身で現在大和高田在住。仕事としてさまざまな場所を見てきた人の目から見て、わがまち大和高田がどのように移るかを語ってもらおうというのが基本的な狙い。テレビでみる平田さんは非常にハイテンションでおっちょこちょい的な役回りを演じているが、頭のよさを感じさせる人で、話も非常にわかりやすく面白い人である。平田さんは自分の仕事である観光とは、光を観せることであるという。その街のよさを引き出してみせること、それが仕事だと。確かにそのとおりだと思う。いわゆる観光地とは、そんな人に見せることのできる光をたくさん持った所だ。きらびやかな光をたくさん観て、そして人は日常生活に戻っていく。光を観ることで癒されて、それで何とか日常を乗り越えていこうとする。非日常のきらびやかなハレの世界。そこにはやはり光がないといけない。人がどんな光を求めているか、それを考えるのが平田さんの仕事で、アイデアをこらしながら、数多くの光を作り出してきた人であることが、話からよく理解できる。 翻って考えると、高田にはどれほどの光があるのだろうか。質疑応答で平田さん自身もなかなか難しいとおっしゃっていたが、確かに高田には派手にひかる光はないといっていいいだろう。しかし強く光り輝くだけが、光のよさではないだろうし、月のように自ら光らなくても美しい輝きもある。光の多様性。そこがきっと考えるべきところなのだ。そしてさらにいうならば、まちづくりとは、光だけではない。明るい昼間だけがまちではなく、夕暮れどきや深夜もまちは存在している。個人的な嗜好で言うなら、まちの薄暗いところを見つめたいと思ったりするが、どちらにしても、真っ暗では見つめることすらできない。逆に光をあてすぎると壊れてしまう繊細なものだってある。光の量を考えていく必要があるのだろう。 平田さんの話自体は体験談に基づく面白い話が多かったが、いろいろと考えさせられる講演でもあった。高田というまちが、どのようにあってどこに向かおうとしているのか。カンコウジンとしての平田さんの言葉は、高田を相対化するのにいろいろと役に立つことだろう。(2005.11.19) |