過去の旅 2003年5月
ホーム
旅トップ
旅リスト

前へ 次へ
第二回高田夢まちウォーク「大和高田と静御前」(5/24)
 今回は旅ではありません。地元の企画に参加してきました。郷土史家らしい人の解説つきで、30人ぐらいの人と町を歩いてきました。もちろんよく知った所ばかりと思いきや、知らない石碑などもあり、少しばかりの新しい発見が嬉しかったです。
 大和高田市磯野(5/24)
   高田は古代の横大路と下街道が交わる交通の要所。近世に旧高田川の「河原町」、そして高田御坊と呼ばれる専立寺の「寺内町」として現在の本町・市町通りが商業地として発達。それ以前に発達していた本郷あたりとともに高田の中心地をなすが、80年代以降は、商店街も寂れてしまい、人通りもまばらに。
 で、その旧高田川の面影と高田に残る伝説である静御前に関わる碑をみて回ろうというのが、今回の高田夢まちウォークの企画。大中公園の静御前記念碑、静御前の塚跡、静が住んでいたといわれる磯野(いその)の環濠集落、静が参ったといわれる笠森の社、そして高田高校内にある衣掛けの松の句碑と数多くの静御前関連の地がある。特に衣掛けの松の句碑は知らなかったので、参加してホントによかったと思う。いつもの当たり前のそばにある知らない場所。非常にうれしいものだ。
 今回の散策のポイントは磯野という地名ではないかと思う。近世の磯野村は高田村の隣町。町の拡大によりその境界は全くわからなくなっているが、今回の散策のほとんどはこの近世磯野村の地域。環濠集落がその中心であるが、それ以外は農地だったのだろう。磯野は大中・有井・神楽・築山とともに明治22年に磐園(いわその)村を形成。昭和16年に高田町に編入となる。磯野という地名は、現在の片塩町にある式内社石園坐多久虫玉神社(龍王宮)の石園(いわその)の転訛だといわれる。近世高田村の回りには、現在の高田市域内だけでも磯野の他に有井・土庫・松塚・池田・藤森・池尻と多くの環濠集落が存在する。戦国時代に成立する環濠集落と中世後期から近世にかけて高田川沿いに成立する高田村とを対比して考えれば面白いだろう。高田はその成立から農村ではなく、商人の集まる都市的な場としてある。古代からの街道筋、そして旧高田川、ゆっくりと街を歩きながら、都市高田の昔と今、そして未来を考えてみることは非常に面白いことだろう。面白い企画に参加できたと思う。
 日頃、一人でふらりと旅にでるものとしては、多くの人と歩くということ自体が新鮮な体験だった。参加した人たちといろいろと話をしたわけではないが、人がどういったことに興味を持つかなど、面白いことがたくさんあった。また機会があれば、参加したいと思う。
 
 ホーム//読む/聴く/歩く/見る/語る/創る