3.温泉は療養泉
つい100年ほど前までは、温泉は自然に地中からわき出る自噴だけであって、地下1000mまで掘削して無理やり温泉・鉱泉をくみ上げるようなことはなかった。効能豊かな天然温泉100%の療養泉だった。
有馬温泉・道後温泉・白浜温泉などの古湯には、有史以前を含めて、代々の天皇・皇族、為政者などが病気の治療に入湯した伝承・記録が残っている。
また、全国的に鹿、熊、猿、鶴、鷺などが水に浸かって傷をいやしているのを見かけた村人が現場に行って温泉を発見した、という伝承が多く見られる。
山梨県周辺には、「武田信玄の隠し湯」が多くあるが、これも温泉に浸かって戦による刀傷の治療に専念したことだろう。
東北・北関東に今なお残る「湯治」は、農家の人たちが米の収穫期と田植え・育成期の間の農閑期を利用して、あるいは漁業従事者が過酷な労働による肉体疲労や病を治療するため、温泉地に長期間、自炊で滞在する習慣だ。これは「湯により治す」という語源であり、昔から温泉は療養泉であったことを示している。
草津温泉入り口近くの道の駅に日本における近代医学の恩人、ベルツ博士の記念館がある。そこをのぞくと、明治・大正時代の草津温泉の写真が残っている。その中に湯舟を木材で70〜80センチ四方に何十にも区切って、その一つ一つに男性が顔だけ出して入浴している異様な写真がある。隣県の栃木県出身、大正3年生まれで医学部で教鞭をとった父によれば、昔の草津温泉は梅毒患者などが治療にでかけて行って、PH2という強酸性泉に浸かり皮膚病を治療する場所だったという。
4.温泉の認定と効能
現代の日本人も、これらの時代背景を受けて温泉の効能(適応症)を無条件で信奉する傾向がある。
その顕著な例が、ほとんどの温泉ガイドブックや旅館などの温泉施設のパンフレットが、温泉の効能を堂々と謳っている。それに一流新聞・雑誌やテレビの温泉紹介の記事・番組でも、当該温泉の効能を何の疑いもなく報道している。
温泉は旧厚生省が昭和23年に定めた温泉法によって、温泉と名乗れる条件が定められていて(別掲の温泉法及び温泉の定義参照)、実際の許認可は都道府県知事に委嘱されている。
温泉と認定された温泉施設は、見やすいところに@源泉の成分A禁忌症B入浴・飲用の注意事項を掲示することが義務付けられている。
一方、温泉による効能については、当該温泉が、治療の目的に供し得る特殊成分を一定値以上含有している温泉、即ち「療養泉」として分類されれば、都道府県知事の判断により「適応症」(例えば、神経痛に効果があるなどの効能)について掲示することは差し支えないことになっている。
この現行の温泉の認可及び効能に対し、私は大きな疑義を抱いている。
理由は次の通りである。
(1)温泉の認定・・・詳しくは「温泉の基礎知識」→「温泉.の定義」を参照
温泉法は地下から湧出(動力を含む)する以下の条件を満たせば温泉と定めている。
@25℃以上の温度があれば無条件で温泉
A25℃以下でも
・溶存物質の合計が、1kg中に1,000mg以上あれば温泉
・遊離炭酸が同じく250mg以上あれば温泉
・別表で定める各種イオンや化学物質の一つが所定数値を上回れば(例えば、リチウムイオンが1mg以上)温泉となる。
温泉と認定するためには、温度・含有物質を分析するわけだが、分析対象となる温泉は湧出口で採取した源泉である。
分析対象の温泉は、我々が入る浴槽の湯ではない。したがって、源泉に水道水・井戸水・川の水を加えようが、源泉を1週間・1ヶ月循環させて使用しても、既に温泉の認可が下りているので、法律上問題ないことになる。極端に言えば、分析済みの源泉一滴に10トンの水道水に加えても温泉と名乗れることになるのでないか。
(2)温泉の適応症(効能)・・・詳しくは「温泉の基礎知識」→「温泉の分類」「温泉の効能」参照
これについても同様な問題がある。
@源泉を流し放しにする「掛け流し」は、全温泉施設の30%程度に過ぎないと言われている。 一度使用した温泉を何日、何週間も使い回す循環湯、殺菌のための大量の塩素が用いられている温泉が圧倒的に多い。泉質ごとの効能は、湧出してきたばかりの温泉に入浴(飲用)することを前提にしている。
A先述の通り、温泉は私たちが実際に入浴する浴槽の温泉を採取して分析しているわけではない。温泉採取後、循環しても水を加えても泉質表示の変更はないので、いくらでも適応症を表示できる。
B数多くの温泉施設で、湧出した地下水を分析し温泉として認可された時点から、20年、30年も経過した分析表が掲示されているのをよく見かけた。温泉法の施行規則・細則でどうなっているのか承知していないが、許可後、生き物の温泉の分析が定期的に行われ、分析結果を更新しているわけではない。
C温泉旅行で1泊、2〜3回の入浴をしても、精神的なリフレッシュはともかく、病気が治癒したり改善されるわけではない。
D私は、製薬会社に40年近く勤務した。一つの化学物質を研究・開発し、治験を行い、有効性(効能)、安全性を科学的に厳しく審査され、薬として認可を得るまでに平均で10年、300億円以上の時間と経費がかかる。つまり、例えば神経痛に効く薬を病院向けに販売するまでに、それだけの時間と経費を要するわけである。健康食品等でも安易に効能を謳うと薬事法違反になる。
一方、温泉に関しては、(1)〜(4)の現状でも、効能・適応症として、「神経痛」「リュウマチ」「動脈硬化症」等と安易に謳われ、行政もそれに対して取締りをしてるわけではない。
以上の理由により、別掲の温泉施設紹介の各種参考データの内、「適応症」を意識して記述を省略した。
(3)行政・業界団体の対応
@公正取引委員会・・・詳しくは「温泉の基礎知識」→「とんでもない温泉施設の実態」
,先述したが、2003年7月31日付けで公正取引委員会は「温泉表示に関する実態調査について」という調査結果を公表した。「源泉100%」「天然温泉100%」といった旅館・旅行業者のパンフレット・宣伝などにおける表示について実態調査を行い、景品表示法上の違反の疑いを指摘するとともに、パンフレット類で温泉に関する正しい情報をより積極的に行うよう、関連事業団体に周知を要請した。
公正取引委員会の景品表示法という法律上の指摘であり、今後、業界はこれに対する誠実な対応が求められている。
A日本温泉協会
社団法人日本温泉協会は、「本物指向のいま、温泉情報公開が必要」として、2003年1月8日、天然温泉について加熱、加水の有無などの「自然度」を表示した看板を同年春に導入することを明らかにした。
温泉側から申請があった場合に審査し、浴槽ごとに設置する。看板には「旅館名等の施設名、源泉名」のほかに「源泉の所持地と浴槽までの湯の導入方法」「泉質」「加水や加熱の有無」「温泉の湯をろ過・循環させているかいないか」などを表示する。これらの要素は自然度の高い順に「適正」「おおむね適正」「それ以外」の三段階で評価する。
「温泉側から申請があった場合に審査」とあり、低い評価が予想される温泉施設はすすんでこれを申請することは少ないだろうが、これまでと比べて一歩前進であることは間違いない。
温泉を考えるー2頁目
3へ続く→