5.温泉の歴史

「日本三古泉」という言葉がある。
誰が名付けたか不明だが、現在の有馬温泉(兵庫県)・道後温泉(愛媛県)・白浜温泉(和歌山県)の三つの温泉を指す。これらの温泉は、古事記・日本書紀・続日本書紀・万葉集、伊予国風土記などにその名が出てくる。
三つには入っていないが、玉造温泉(島根県)、別府温泉(大分県)も出雲国風土記に登場してくる。

清少納言は枕草子の117段で「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」と記している。
(七栗の湯は現在の三重県榊原温泉と長野県の別所温泉、、玉造は現在の玉造温泉と鳴子温泉の説有り)

「日本三名泉」という言葉もある。
この三つは、有馬温泉・草津温泉(群馬県)・下呂温泉(岐阜県)を指す。これは徳川家康以下4代の将軍に仕えた儒学者・林羅山が、摂津・有馬温泉にて作った詩文集第三に記した「諸州多有温泉、其最著者、摂津之有馬、下野之草津、飛騨之湯島(下呂)是三処也」に由来している。(しかし厳密には、室町時代の僧、万里集九がこれらを三名泉と既に書き残しており、林羅山はこれを追認したに過ぎ
ない。)

日本には、いつ頃から人々が集う温泉があったのか。出雲国風土記には、玉造温泉に入浴のためたくさんの人が集まり、「市」も開かれた、という記述がある。有馬温泉には舒明天皇、藤原道長・定家、豊臣秀吉などの時の為政者は入湯している。江戸時代になると、町民や農民が好んで温泉に入浴して資料が数多く残っている。お伊勢参り、熊野詣、金毘羅参りの往復に、温泉地に滞在したり、入浴することが1つの楽しみだった。箱根温泉郷でも、関所の通過前・通過後に温泉に立ち寄る旅行者で大変賑わっていた。

温泉行が大衆化する江戸後期、1810年(文化7年)に出版された「旅行用心集」には、全国の温泉292ヶ所が紹介されている。また、1817年(文化14年)には温泉番付表が作成されていて、最高位の東の大関は「草津の湯」、西の大関は「有馬の湯」となっている。
こうしてみると、古代から現代に至るまで、温泉に対する憧憬が日本人のDNAの中にめんめんと受け継がれてきたことは間違いない。

一方、歴史の古い温泉には、ほとんどと言っていいくらい開湯の謂れが残っていて、中でも弘法大師は全国で100湯を発見したと伝えられ、また、全国をまわった行基を開湯の祖とするところも多い。その他、神話時代の天皇・皇族が入湯した、動物の熊・鹿・猿、鶴・鷺などが温泉で傷を癒しているのを見て温泉を見つけたという伝承も数多く残っている。動力でくみ上げる技術がない当時、温泉はすべて自噴であり、これはまさに天恵と見て、宗教的色彩を帯びてくるのも理解できる。古くからの温泉地に行くと「温泉寺」や「温泉神社」をよく見かけるが、これも温泉の長い歴史・宗教性の証左と思われる。

6.温泉と文学

温泉と文学の係わり合いは非常に深い。
題材を求めて、あるいは執筆のため滞在したのか、多くの温泉地・旅館に、明治・大正・昭和の文学者が訪れている。
実際に創業が古い旅館に行くと、彼らの足跡を多く見ることができる。つい最近滞在した群馬県法師温泉には、駕籠に乗ってやってきた与謝野晶子を撮影したセピア色の写真が飾ってあった。入浴した箱根・芦の湯温泉の旅館・「きのくにや」には、滝廉太郎がここに宿泊して「箱根八里」を作った。
温泉と文学の係わり合いを示す事例をすこし挙げる。(尚、本論とそれるがテレビドラマも付記)

温泉名 文学者等 エピソード
道後温泉
(愛媛県松山市)
夏目漱石 夏目漱石が現在の松山市に英語の教師として現在の松山市に赴任したのは明治28年、ここを舞台にした名作「坊っちやん」には、道後温泉が「住田温泉」という架空の名前で登場してくる。
私はこの機会にこの本を読み返したが、道後温泉がはじめて登場する部分は次の通りだった。
「・・・四日目の晩に住田と伝う所へ行って団子を食った。この住田と伝う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばかり、歩いて三十分で行かれる・・・」
有馬温泉
(兵庫県・有馬町)
谷崎潤一郎 旅館・陶湶御所坊で、「猫と庄造と二人の女」が書き上げられた。
城崎温泉
(兵庫県城崎町)
志賀直哉 大正2年、志賀直哉は、山手線の電車にはねられて重傷を負い、その養生のために城崎温泉に三週間滞在した。「城崎にて」を書いたのはその4年後である。
熱海温泉
(静岡県熱海市)
尾崎紅葉 熱海の海岸を散歩する貫一とお宮の物語「金色夜叉」の舞台として知られている。
白骨温泉
(長野県安曇村)
中里介山 白骨温泉は、もともと白船と書かれていたが、大正2年に出版された中里介山の長編小説「大菩薩峠」のなかで「白骨の巻」として白骨の名を使ったことからこの温泉が一躍全国に知られるようになって、小説に使われた「白骨」がそのまま温泉名として定着した。
越後湯沢温泉
(新潟県湯沢町)
川端康成 この温泉が一躍全国的に知られるようになったのは、川端康成の「雪国」、その書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」はあまりにも有名だ。
湯ヶ島温泉
(静岡県天城湯ヶ島町)
川端康成 伊豆半島、旧天城街道川沿いの温泉は、川端康成の代表作の一つ、「伊豆の踊り子」の舞台であり、井上靖の「しろばんば」の縁の地でもある。
修善寺温泉
(静岡県・修善寺町)
岡本綺堂 源頼家を題材にした「修善寺物語」は戯曲の傑作
龍神温泉
(和歌山県龍神村)
有吉佐和子 日本三美人の湯である龍神温泉は、「日高川」の舞台になった。
奥津温泉
(岡山県奥津町)
藤原審爾 小説「津温泉」の舞台
塩狩温泉
(北海道和寒町)
三浦綾子 小説「塩狩峠」の舞台
銀山温泉
(山形県尾花沢市)
NHKテレビドラマ
大正ロマンの風情を漂わせる銀山温泉は、国民的ドラマ、世界中で放映された「おしん」の舞台である。
湯村温泉
(兵庫県温泉町)
早坂暁 吉永小百合が演じた夢千代日記のTVドラマ化・舞台化で一躍全国的に知られるようになった
伊根温泉
(京都府伊根町)
NHKテレビドラマ NHKの連続ドラマ「ええにょぼ」で「伊根の舟屋」は全国的に知られるようになった。

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