温泉を考える
1.日本の温泉の現状と課題

(1)現状

日本の温泉はバブル期にかけてその数を急激に増やしてきたが、バブル崩壊後もその傾向は止まらず、合わせて入浴施設の充実が進行している。
「温泉の増加・入浴施設の充実」には、3つの意味がある。
1つは宿泊できる温泉施設が増加していること。
2つ目は市町村が経営する日帰り温泉施設及び温泉を利用したスーパー銭湯が増加してきていること。
3つ目は入浴者の要望による露天風呂・貸切(家族)風呂の新設・増設。

この事実の背景には次のような理由がある。
1つは高齢化が進み、伝統的な温泉愛好者である中高年が増加していること。
2つ目は男女を問わず、若い人たちの温泉指向が強まってきたこと。
3つ目は全世代にわたって、健康・癒しへの願望が高まってきたこと。
4つ目はふるさと創生予算、公共事業、村興しによる日帰り温泉施設が増加していること
5つ目はデフレ下、手軽にできる国内旅行が相対的に増加していること(バブル期の数字には達していないが)

それでは、日本の温泉(地)の現状はどうなっているのだろうか。

@温泉地数
バブル期の平成元年(1989年)の温泉地は、2,302ヵ所であった。これが、平成12年度温泉統計によれば、約3,000(正確には2,988)ヵ所に増加している。
都道府県別では北海道(245ヵ所)、長野県(217)、青森(159)がベスト3、以下、新潟、福島、秋田、静岡、山形、岩手、群馬となる。こと温泉地に関しては東が西を圧倒している。因みに最少は沖縄県の3ヶ所。

「温泉地」とは、宿泊施設のある温泉場のことで、最近急増している日帰り温泉施設は勘定に入らない。
また、草津・有馬・別府のように源泉がたくさんあり、旅館の数も50、100を越える大温泉地でも一つにしか勘定されない。
逆に、岩手県の花巻温泉のように、「台温泉」から温泉を引いていても、別に「温泉地一つ」と勘定される。

A日帰り温泉施設
私の入浴した温泉数の中で一番多い温泉施設は、正式には「温泉利用の公衆浴場」と呼ばれるが、1989年度(平成元年)は3,283ヵ所だったものが、1999年3月には5,525ヵ所に増えた。現に私が毎年買い求める関東・東海・関西の日帰り温泉ガイドブックには、「新規オープン施設」の紹介があるが、毎年その数が増加している
これには、高齢化、健康志向、竹下内閣のふるさと創生予算、過疎化や林業・農業などの衰退による観光振興のたの補助金などの理由による。

B源泉数
2000年(平成12年度)温泉統計によれば、全国の源泉総数は26,505本であるが、これは自噴・動力湧出の合計である。

C温泉湧出量
温泉地・温泉旅館の死命を制するのが温泉湧出量だ。これには「自噴湧出量」と「動力湧出量」の2種類があるが、「温泉力」という立場からは自噴の多いことが望ましい。また、いくら湧出量が多くても、旅館・ホテルが多い場合には、一温泉施設当たりの温泉量が少ないことになる。
源泉の数も着実増加し、これにともなって温泉湧出量も増加しているが、これのほとんどが地中深くまで掘削して、動力でくみ上げる温泉である。

(a)都道府県別湧出量

ほとんどの都道府県で、動力湧出量が自噴湧出量を大きく上回る。
自噴湧出量(2000年度)・・・詳細は温泉アラカルト参照
一番多いのが北海道(129,156リットル/分)、次いで大分、岩手、長野、鹿児島、秋田、新潟、山梨、福島の順。

動力温泉量・・・詳細は温泉アラカルト参照
1位が北海道(171,764リットル/分)、次いで大分、青森、鹿児島、熊本、静岡、長野、福島、岐阜、新潟の順で、北海道・大分も動力によるものが自噴を50%以上回っている。 

(b)温泉地別湧出量

温泉地にとってもっとも重要なファクターである。
総じて自噴湧出が減少し、動力による汲み上げが増加してきている。特に大温泉地と言われる所にその傾向が顕著である。

自噴湧出量(2000年度)・・・詳細は温泉アラカルト参照
この多寡が温泉地のいわゆる「温泉力」の指標となる。
日本一は「草津」の約23,000リットル/分、次いで別府温泉郷(約15,000リットル)、奥飛騨温泉郷(約14,000リットル/分、以下、標茶、箱根温泉郷、那須温泉郷、玉川、沼尻・中の沢、湯布院、石和・春日居、指宿、登別、湯田中・渋温泉郷、霧島、内牧と続く。

動力湧出量・・・詳細は温泉アラカルト参照

大温泉地の既存温泉の枯渇、1、000m掘削に1億円と比較的廉価で出切ること、また、地熱探査・地質構造等を空中からのセンサー探知をにより、温泉を掘り当てる確率が驚異的に高くなってきたこと、などにより、動力湧出量が著しく増加してきている。
一番多い温泉地は別府温泉が約80,000リットル/分と突出し、次に湯布院(32,000リットル)、伊東(30,600リットル)、奥飛騨温泉郷、熱海、指宿、箱根、白浜、花巻などの大温泉地が続く。
ここから窺えるのは、大型温泉地の温泉枯渇、露天風呂の増設・新設による湯量不足などにより、動力湧出の比率が著しく高くなってきていることだ。
自噴温泉が自然の恵み、自然の余りを受益するのに対し、掘削による動力湧出は自然破壊に係わる手段である。これに対しては、日本人一人一人が温泉に対する認識をあらためて行く必要がある。

(5)温泉施設・・・詳細は温泉アラカルト参照
日本全国の温泉施設の数は約22,000ヵ所(平成13年度温泉利用状況/環境省)である。
これを温泉地別に宿泊施設数を見ると(但し、資料は日本温泉協会2000年度調査)、1位は箱根温泉郷(621ヵ所)、2位が伊東(537ヵ所)、3位が熱海温泉郷(429ヵ所)、以下別府温泉郷、奥飛騨温泉郷、草津、白浜、湯河原、那須温泉郷、湯布院の順である。


(2)日本の温泉の課題

温泉ブームや温泉(地)の増加、入浴施設の充実(露天風呂・貸切風呂の新設・増設)等に由来して、さまざまな課題が生じてきている。

@温泉不足

わが国の温泉地、温泉施設にとって、もっとも深刻な問題である。
特に旅館やホテルなどの宿泊施設が50軒・100軒・300軒、1日の宿泊者収容人員が5,000人・10,000人・30.000人とその数が多くなる大温泉地ほど温泉不足が深刻になり、その地域に及ぼす経済的影響も大きくなる。私が耳にした東と西の大温泉地の温泉不足とそれに対処している方法は、もはや温泉地とは言えない惨状だ。
温泉不足には次のような理由が挙げられる。
*自噴温泉・動力温泉の枯渇
*温泉施設の増加
*内湯の拡大、露天風呂・家族風呂の要望増大とこれに対応した新設・増設
古来の自噴温泉から動力(による汲み上げ)温泉への切り替え、蒸気利用、循環湯、加水などにより天然温泉とはとても言えない状況、さらには温泉法に基づく温泉とは言えない段階に達している温泉施設もかなりの数に上っている。
実際、複数の温泉施設の浴槽の湯を採取、分析した結果、温泉分析の掲示証(温泉法に基づく)とはまったくかけ離れた数値がでて、かぎりなく水に近かったという報告がなされている。(温泉657号)
沢の水や井戸水を温めて供給していたのではなかろうか。

A循環湯
公正取引委員会の調査により、全国に約2万2千ある温泉施設などの約7割で、一度使った湯を殺菌・循環して再利用しているにもかかわらず、「源泉100%」「天然温泉100%」など実態とかけ離れた表示が急増していることが判明した。同委員会では、この調査報告を2003年7月に公表、今後、特に悪質な宣伝をした温泉施設のほか、旅行会社にも景品表示法違反で排除命令を出す方針だ。

悪質な温泉施設の中には、「掛け流し(温泉の流しっ放し)」に見せるため、湯船から湯をあふれさせ、シャンプーの混じった水とともに循環させたり、濾過装置をカモフラージュして客に見せないようにしているところもある。
一方、循環湯は、レジオネラ菌による肺炎を発生させ、泉質の低下に留まらず、生命を危うくする危険性を含んでいる。
殺菌も、塩素系薬剤はアルカリ性泉質の源泉では消毒効果が低下する。泉質に応じて、塩素薬剤の他、オゾン殺菌、紫外線殺菌などを使用しなければならない。

B行政の監督責任
実際に多数の温泉を周って見ると、
*温泉法で定める温泉分析表の掲示を見かけない温泉施設
*20年、30年前の温泉分析表が掲示されている
*PHが高く、本来はヌメリ感のある温泉なのに、まったくそれがなかった
*掛け流しに見せる設計の浴槽があった(別に違反ではないがシャンプーの混じった水といっしょに循環してもらっては困る)
といった事例に多く出合った。
温泉法では、都道府県知事に温泉施設の立ち入り検査の権限を付与しているが、その実施状況が十分でないように思われる。レジオネラ肺炎による死亡事故でもないかぎり、これを行わないのではないか。
厳しく泉質検査などを行うと、温泉施設・温泉地に多大な経済的負担、さらには経営危機を招来することが推測され、それの配慮も皆無とは言えない気がする。
私は、循環湯の役割を完全に否定するわけではないが、少なくとも生命に影響を及ぼすことのない安全・衛生面の監督をお願いしたい。

C温泉への理解
われわれ入浴客も温泉に対する理解を深めていかねばならない。
温泉は自然の恵みであり、有限である。温泉を大切に使わなければならない。
*温泉全般について正しい知識と認識を持つ。
*目的に応じた温泉・温泉地・温泉施設を選択する。
*源泉掛け流しの温泉施設は多くなく、そこに出かけるには、多大の費用と時間を要する。
 循環湯を承知の上で入浴すれば次のようなメリット・効果が得られる。
(施設側が万全な衛生面の対応をする、という前提で)
・近所にあり手軽に廉価で入浴できる
・湯舟・浴槽等の入浴施設がバラエティに富んで充実している
・自然に恵まれた環境の施設も多くリフレッシュができる
・温泉成分による化学的効能は期待できなくても、温熱作用・浮力作用などによる効能は期待できる
・村おこしに懸命な町村への貢献ができる
*露天風呂・貸切風呂の有無を温泉施設の最大評価ポイントとしない。(実際の湯量以上の温泉が必要となる)
*入浴マナー(掛け湯を行う、タオルを浴槽に入れない等)を守る
2へ続く→