平成12年12月3日(「理科を楽しむ2・第5話「見えないものを見る=胃カメラの映像を教材に」です)

  正倉院近くの池のほとりにある銀杏の木の落ち葉がきれいな写真が表紙になった奈良県教育振興会の「やまと」12月号が届きました。ここに掲載されたのは,理科を楽しむ2の第5話「見えないものを見る-胃カメラの映像を教材に-」です。次のお話は,今から,38年も前の思い出です。
 このページにお名前をあげた先生方のうち,後に,十人会の執筆代表として「遊歩」全7巻を上梓された菊一圭司先生はすでに故人です。そして,中口正夫先生も平成12年12月6日にお亡くなりになりました。ご葬儀の日に仕事のあった私は前夜にお参りさせていただきましました。星がきらめく夜空を眺めながら「この文を読んでいただけたかなあ」と考え,謹んで,玉串を奉献させていただきました。


 2つ目の勤務校である桜井小学校も,ずいぶん研究熱心な学校でした。19クラス,児童数が約 900人,教職員は校長以下24人という学校です。ここでは,教職について4年目から6年目までの3年間を過ごしましたが,2年間は最年少の教員でした。
 この学校まで送ってきてくださった神末小学校長の「この先生は音楽もできます」が「この先生は音楽ができます」と伝わったらしく,配付された校務分掌表の音楽部のところに私の名前が書かれていました。そして,毎週土曜日の朝に行う全校音楽会の担当者として,全校児童が一堂に会しての斉唱や輪唱,合唱,あるいは全校合奏を指揮し,指導することになりました。さらに,2年目には鼓笛隊を創設することになり,その指導も私の仕事になりました。
 この学校に在職していた昭和37年,近畿学校視聴覚教育研究大会を引き受けることになりました。視聴覚教材を生かした指導とはいっても,16ミリや8ミリ映画,テレビなどを見るためには視聴覚教室に使っていた畳敷きの部屋か理科室に行くのがふつうで,教室で利用するものといえば,ラジオ,テープレコーダー(それも,極めて重量感のあるオープンリール式のものです)が主でした。まだまだ,ビデオは一般的なものではなく,録画利用などは思いもよらないときのことでした。
 この大会の受け入れ体制については,運営委員会で論議され,教科等については,社会・理科・音楽・道徳の4つの部を構成し,全職員が取り組むことになりました。それまでは音楽部に所属していた私は,その仕事を継続しながら,この大会準備に当たっては理科研究部の部長を仰せつかることになりました。最年少の私でしたが,理科の指導やそこでの視聴覚教材の活用についてのヒントを求められる立場になり,研究の中心的存在であった中口正夫先生や菊一圭司先生の指導を受けながら,ずいぶん勉強したときでした。
 大会当日までには,何度となく校内での研究授業を行いました。その1つに,「胃のしくみとはたらき」の授業があります。この学習に使える視聴覚教材には,NHKや毎日放送の理科教育番組,各社の8ミリ映画や16ミリ映画,スライドなどがありました。しかし,これら市販の教材には物足りないところがあると思いました。それは,申し合わせたように給食の風景から始まり,歯と唾液のはたらき,食道のしくみとそのぜん動(蠕動),胃の様子,十二指腸と小腸,大腸…と一連の学習内容が羅列されているシナリオで,ごていねいに元気に運動する子どもたちで終わっていることでした。
 「胃のしくみとはたらき」の学習には,そのところだけをしっかりと把握できる教材が欲しいと思いました。胃液のはたらきについてはペプシン溶液にタンパク質を浸してその変化を確かめる実験ができます。しかし,「これが胃の様子なんだよ」と見せることはとても難しいことです。そんな教室ではできないところだけを手助けしてくれる教材はないのか。そんなことにこだわっていたときに思いついたのが,父が撮ってもらったという胃カメラのことでした。そんなことを家で話していたら,父がフィルムを借りてきてくれました。これは,8ミリ映画のフィルムと同じサイズで,パーフォレーション(フィルムを送るための穴)も同じでした。早速,映写機にかけてみると,カラーの映像が映し出され,新しい1つの教材として活用することができました。
 その後,勤務した中学校でも,「小腸における養分の吸収を理解させる」ことをねらった教材として,長い理科番組から「揺れ動く柔突起」の映像だけを取り出し,1分間だけ視聴させたことがあります。学習の主体者は児童生徒であり,指導の主体者は教師です。視聴覚教材は,極めて欠陥の多い私たちを援助してくれる教材だと考えればいいと思います。こんな考え方で活用したいものです。
 古い木造校舎,不十分な電気系統,そうした中で,ほとんどの学級が一斉に機器を利用することへの対処の1つとして電気工事店の方まで待機してもらったこの大会は無事に終了しました。
 次の文章は,桜井小学校 100周年記念誌の中から見つけた,当日の新聞記事です。この中には,私の授業中の写真がありました。それは,勤務して5年目の若い教師の姿でした。


    「進んだ教育にみんな感心」−−−桜井小で視聴覚教育研究大会−−−
 近畿学校視聴覚教育研究大会は2日午前9時から桜井小学校で開かれ,2府4県か ら参加した 400人の先生が公開学習を参観,テレビ,テープレコーダー,スライド,16ミリ, 8ミリをフルに使った学習に目をみはった。 公開学習の各教室は,先生が廊下にあふれていた。

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