平成12年11月13日(奈良県教育振興会「やまと」に掲載された理科を楽しむ2の第4話です)

奈良県教育振興会の発行している月刊誌「やまと」の11月号が送られてきました。この号の表紙は,入江泰吉さんの素晴らしい写真「長谷寺秋暮色」です。この雑誌には,「理科を楽しむ」と題して25の話を書かせていただきましたが,先頃から,そのパート2を書いています。今回の第4話は,「生まれ変わった下駄箱」という話で,奈良県の教員としてスタートした昭和33年,御杖村神末小学校での話です。
お読みいただいた先生方からは,「昔懐かしい話だね」とか「昔は,そんなふうにすべての物を大事に使ったものだね」などのお言葉をいただきました。

 4 生まれ変わった下駄箱−−一目瞭然の実験器具棚−−
 奈良県宇陀郡御杖村は,4つの大字に分かれていて,それぞれに1つずつ小学校がありました。そのうちの1つが最初の勤務校である神末小学校でした。明治29年落成の木造平屋建て・トタン葺きの校舎と大正元年落成木造2階建て・瓦葺きの校舎は,古いけれども温かみのある校舎でした。
 神末小学校には,学校財産として学校林がありました。余談になりますが,「この学校林を育てた人々の労苦に学び,愛校心を培う」ことをめあてにした道徳の時間の教材として,録音構成「山の夜明け」を作ったことがあります。重いテープレコーダー(オープンリール式の旧型で10sくらいもあったように思います)を担いで,取材に歩きました。そのときにお聞きした古老のお話では,
 「自然のままに放置されていた山林を,職員と児童で開拓し,杉の苗木を植えたのだ。そして,これらから得た収益は,学校のために使おうというお話を聞いたものだ」
とのことでした。
 また,それぞれの大字は区有林を持っていて特別財産区として認められており,区の財産を管理するための区会議員がおかれていました。そうした収益の一部が学校の運営に充てられていたのでしょうか,学校の備品なども当時としては豊かなものであったように思います。
 大掃除の結果,廃棄することになった下駄箱もなかなかのものでした。今の物のようにきれいに塗装されたものではありませんが,しっかりとした木製で,年を経た今もなお,それなりの美しさがありました。それは,幅と高さがそれぞれ 180pほどで,7段7列に区切られていました。
 私は,校長先生のお許しを得て,これを理科準備室の実験器具の整理に使うことにしました。子どもたちにも手伝ってもらって汚れを落とし,磨きあげたこの整理箱には,セルロイド製の下敷きを切って作った備品名を書いた札や学習班の番号を書いた札を取り付けました。
 1番上の段には,アルコールランプと鉄製三脚や金網を並べました。2段目には試験管立てと数本の試験管を,3段目には大小いくつかのビーカーを,というように並べ,1列目から6列目を1班から6班に割り当てました。7列目は予備の列にしました。
 この整理箱にはいくつかの利点がありました。その1つは,何が破損し,何が不足しているかが一目でわかることでした。そして,2つ目は,もともと雨に濡れた長靴なども入れていたものですから,少々のことには動じない強さを持っていることでした。予備の列からは,必要に応じて補充したので「あれが足りなくて困った」というようなことはありませんでした。
 理科室のない,この学校では,この整理箱が理科学習の主役を務めることになりました。実験の前には,グループごとに,必要な器具を取りに行く姿が見られました。
 この整理箱は,長い間の使用で木目が浮きだし,節のところが膨らんでいましたが,最近の合板製で美しく塗装された備品棚と違い,傷や凹みにもそれなりの美しさがにじんでいました。作られた時が最高の美しさで,翌日からはしだいに汚くなっていく最近の品物に対して,昔から使われてきたものは,歳月を経てそれなりの輝きを増してくるように思いました。
 「これは,もう古くなったから…」
とごく安易にものを捨てる最近の風潮は,ずいぶん気になるものです。本来の役目を終えたものであっても,
 「2度目,3度目の勤め口を探してやりたいものだ」
と思います。
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 3年間お世話になったこの学校も,過疎化の波には勝てず,児童数は減少し,4つあった小学校が順次統合し,平成8年には御杖村立御杖小学校として新しいスタートを切りました。
 河島英五さんの,「御杖小学校の歌の作詞作曲を頼まれてねえ。こんな歌にしたんだよ」という話をMBSラジオで聞いた私は久しぶりに御杖村を訪ねました。教育長の竹村定先生にお会いし,学校統合にかかわるいろいろな話を伺いました。そして,私が勤務させてもらった昭和30年代の懐かしい話,伊勢湾台風の思い出などを語りました。
 お土産に,「あゆみ」と題する御杖村小学校統合記念誌をいただきました。A5判118ページのこの書には,なつかしい思い出がいっぱい詰まり,新しい御杖小学校の歌(校歌)が出ていました。
「光の中をあまごがはねる    ピシャッと大きな音を立てて
  御杖の里に木もれ陽あふれ  あかるい声がこだまする
  みんなは風の子どもたち   みどりの山をかけてゆこう
  みんなは風の子どもたち   まあるい地球を駆けめぐろう」
 新しい学校が,これまでの伝統の上に,さらなる発展をとげられますようお祈りします。

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