「好物」  1  2  3  4


ゾロの大好物は???である。
サンジは、それぞれの嗜好を熟知しているが、ゾロはふと、
サンジの好物はなんだろう、と考えた。

大体、貪り食う、という食べ方をしない。

たまに、ゆっくりと席について食べる時もあるが、まるで猫が少しづつ
口に含み、、そろそろと喉の奥へ押しやりながら食べるのに似ているような
食べ方をする。

かと思えば、他の連中の食べ残しを殆ど噛まずに飲み下していたり、
食べ方一つとってもその時、その時で違う。

だが、「好物」というものの話をした事がなかった。

ところが、ひょんな事からそれがわかった。


その日は二人で買い出しにきていた。
とても活気のある大きな市場で 肉、魚、野菜、果物などの種類も豊富で、
サンジは瞳を輝かせながら、次々と食材を選んでいた。


特に野菜や果物は色鮮やかに山と積まれ、ゾロの目から見ても圧倒される
迫力で並んでいる。

目移りして困る、と言いながらよりよい食材を求めて右往左往するサンジに付合う
ゾロだったが、その嬉しいそうな様子になんとなく自分の表情も揺るんでしまう。

果物屋の前まで来た時、その山と詰まれたさまざまな果物に引き寄せられるように
近づいたサンジだったが、そのうちの一つに目が釘付けになったのを
ゾロは見逃さなかった。

「ヘエ。これにこんなところでお目にかかれるとは・・・・。」
口元をほころばせてそれを手に取り、眺め回している。
ゾロはサンジが小さく呟く言葉も聞き逃さない。
しかし、あえてそれには気がつかないような表情を装っている。

何気なく「買うのか?」と尋ねた。

サンジは、少し残念そうな口調で、
「いや、高い割に好き嫌いのある味なんだよ。他の連中の口に合わねえだろ。」
といいながら、もとの位置に戻してしまった。

だが、視線は尚も その果物に注がれている。

その様子を見てゾロは、
「買えばいいじゃねえか、1個くらい。」と促したが、
サンジは
「いや、俺だけが食うのに、そんな無駄遣い出来ねえよ。」
「1個、1万ベリー近くするんだぜ。」とあくまでも自分の為に買う気はなさそうだった。

「お前、これを食った事あるのか?。」
食べた事があるから、味を知っているわけだが、ゾロは露骨にサンジへ
「これ、好きなのか?」と口に出せば、サンジを甘やかしているようにとられそうで、
少し的外れな質問をしてしまう。

鈍感なサンジはそんなゾロの微妙な心理など判らない。
だが、的外れな質問をされている事にも、気がつかなかった。
「ああ、食った事があるどころか、大好物だ。一回でいいから、死ぬほど食ってみてえよ。」と言う。

「ふーん。」今度はゾロがその果物を手に取った。
華やかな色合いでもなく、どちらかと言えば地味な色の分厚い皮に覆われていた。

だが、ずっしりと重いその中身にはみずみずしい果肉が閉じ込められているようだった。

サンジがナミから預かった金を無駄遣いしたくないのなら、
ゾロは自分の金で買ってやろう、と思った。

ゾロは行く先々の島や、海上で遭遇する海賊を海軍に突き出しては、
その賞金を手に入れている。

当然、自分も海賊なのだから、海軍に直接連れていくわけにはいかない。
だが、その金も、その仲介をするブローカーにかなり仲介料をとられてしまうし、
手に入れた金も半分以上ナミに渡すのでゾロの手元にはいつも、
酒代と刀の磨ぎ代くらいしか残らない。


だが、酒を我慢すればこの果物をサンジに買ってやれるのだ。

「おやじ、これ、一つくれ。」ゾロはその果物を店主にさしだした。

「・・・まいど。」と他の買い物客との会話をやめて、店主は愛想良く
ゾロに応対した店主だったが、その手に握られている果物を見て
申し訳なさそうな表情を浮かべた。

そして、
「お客さん、その果物を買うのに、鑑札がいるんだよ。旅の人だね?
「悪いけど、売れないね。」とゾロの手から果物を取り上げてしまった。

「鑑札だア?なんで、果物を買うのに鑑札がいるんだよ?。」と不平を言うゾロに
店主の方も、もっともだ、と言わんばかりの顔つきと声音で
「全くね。この島にも色々厄介な連中がいるって事さ。でも、決まりは決まりだし、
売っても罰せられるんだよ。悪いねえ。」とあくまで売ってくれる気はなさそうだった。

ゾロは
「鑑札って、どこに行けば手に入る?」
「いいよ、ゾロ、面倒だ。」

尚も店主に食い下がるゾロをサンジが止めた。

サンジは、ゾロが自分の好物を手にいれようとしてくれている姿が素直に嬉しかった。

だが、決まりを破ってまで 見ず知らずの果物屋の店主に迷惑をかける訳にもいかない。

ゾロは、食べさせたい本人が「いい。」と諦めているのに、これ以上無理を
言っても仕方がないを思い、その場を離れた。

店主は申し訳なく思ったのか、サンジの両手に一杯、果物を持たせてくれた。

それはそれで、サンジは嬉しそうに笑っている。

だが、それを見てもゾロは納得しなかった。

せっかく、サンジの大好物がわかったのだ。
それを、こんな風に両手一杯持たせてやりたい。

そうすれば、一体どんな顔で笑うのだろう。

ゾロは、その顔をどうしても見たくなった。
そして、そうなるとその事しか頭に浮かばなくなってしまう。


「俺の話、聞いてねえだろ、てめえ!!」
ゾロはいきなり、尻を蹴られて、ハッと我に返った。


どうやったら、手に入るんだ?
どこへ行けばいいんだ?
鑑札って、金が要るのか?

などと真剣に考えこんでいるうちに、サンジとの会話がすっかり
おざなりになってしまっていた。

ゾロにしてみれば、サンジがいきなりブチ切れて 怒鳴ったように感じたが、
サンジにしてみれば、自分の話しに生返事を返してくるばかりで 全く聞いていない様子に腹を立てたのだ。

「俺といて、退屈だったらどこへでも好きな所へ行け!!」
そう言い放つと、サンジはまるで頭から湯気を出しているかのような雰囲気を漂わせて
足早に歩き始めた。


一瞬、ゾロは唖然とした。

誰の為に 自分がぼんやりしているように見えていたのかなど、
サンジは全く判っていない。

あれだけ頭に血が昇ってしまえば、ゾロの言い分などすでに聞く耳も持っていないだろう。

それに、「お前の好物を手にいれる方法を考えてた。お前が喜ぶだろうから。」などと
照れくさくてとても口に出せない。

人ごみに紛れていく華奢な背中をただ、黙って見送るしかなかった。

自分が追わなければ 事態は更にややこしくなるのが判っていても、
サンジに取りすがるように言い訳するのもプライドが許さない。

口で示せないのなら、態度と行動で判ってもらうしかない。

こうなった以上、なんとしても例の果物をサンジの前に山と積んでやる、と
ゾロは決心した。

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