「好物」第2話


「悪い事は言わない。あの島には近づかない方がいい。」

ゾロはサンジと別れてから、さっきの果物屋に戻り、鑑札の入手方法などを
主人から聞き出した。

果物の値段よりも高い鑑札の値段に少々驚く。

「・・・とにかく、この果物を手に入れるのは 危険らしいんだ。
詳しい事は判らないんだが・・・。どうしても手に入れたいんなら地元まで
足を伸ばしたらどうだね?」

果物屋の主人は、ゾロにその果物の産地を教えてくれた。

ゾロは、そこからまる一日、夜通し歩いてその地に辿り着いた。

自分でも、本当に馬鹿馬鹿しいと思うのだが、とにかく 一刻も早く 
あのへそ曲がりの前に 好物を積み上げたい一心で、休まずに歩いてきたのだ。

(なんとしても、大量に手に入れてやる。)

鑑札が手に入らなくても、奪ってても手にいれるつもりでいる。

ゾロは、さっそくそのあたりを歩いている人間を捕まえては その果物のことを尋ねた。

何人に聞いても、同じ言葉しか言わない。

「悪い事は言わない。あの島には、近づかない方がいい。」

その果物は、特殊な土壌でしか育たないらしく、船で200メートルほど行った沖にある
無人島で栽培されているらしい。

「なんで、近づいちゃいけねえんだ。」ゾロは、何人目かの人間に訳を聞いた。

農民らしい男は、溜息をついて、
「あんたは旅の人だろ?訳を知ったところでどうしようもねえだろうが・・・。」と
前置きし、しぶしぶ話してくれた。


その「果物島」を地元の人間が呼ぶ島は、普段は そこで果物を育てている農民しかいかない、のどかな場所だった。

それが、一変したのは招かざる客がその島に上陸したからだ。

魚人島の受刑施設から脱獄し、逃亡してきた凶悪な魚人達だった。


魚人の恐ろしさは、ゾロも充分に知っている。

だが、アーロンと闘った時はミホークにつけられた傷を負っていたこともあり、
苦戦を強いられたが、今は違う。

あの頃よりも、数段強くなっている、という自惚れでない自覚もあるし、
何よりも そんな話を聞いて 今更引き下がっては 剣士の誇りが
廃る(すたる)と言うものだ。

「・・・何人いるんだ。」と尋ねたゾロに、農家の男は眉根を寄せた。

「悪い事は・・・・。」と何人もが口にした同じ言葉をやはり口にした。

だが、ゾロはその言葉などまるで聞こえていない風で、
「退治したら、好きなだけその果物を貰ってもいいか。」と尋ねた。

男は驚いて、ゾロをしげしげと眺めた。

素人目から見ても、相当の猛者だと分かったのだろう。

「ああ、もちろん。そんな礼でいいんなら、いくらでも持って行ってくれ。」と
快諾してくれた。

「魚人退治」の依頼と報酬の交渉は成立した。


魚人というのは、その個体の特徴を生かして、人間では考えられないスタイルを
以って攻撃してくる。

それは、既に経験済みだ。

さっきの男の話しからして、魚人達は3〜4人、といったところか。

それぞれがどんな能力をもっているのかまでは判らないが、そんな
未知なる相手と闘えることにゾロの胸は踊っていた。

農家の男が手配してくれた小船を例の島に漕ぎ寄せて、ゾロは上陸した。

海岸沿いを道なりにゾロは堂々と歩いていく。

幅の広い道が島の周囲を囲んでいるようで、人っ子1人いないせいか、波が打ち寄せる音だけが耳に入って来る。

ゾロは、ふと視界の端になにか動くものを捉えたような気がして、そちらへと視線を向けた。

防波堤の向こうには、砂浜が広がっている。

その波打ち際に、向日葵色の柔らかい髪を潮風になびかせている
我侭で意地っ張りでへそ曲がりな男が立っていた。

そして、ゾロの視線に気がついたようで、ゆっくりとこちらを向いた。

「サンジ・・・・?なんで、ここにいるんだ・・・?」
ゾロは口の中で呟いた。

ゾロは、防波堤を飛び越え、砂浜の上に降り立った。
そして、その場所からジッとサンジの姿を見つめた。

「好物」第3話


ゾロは、防波堤を飛び越えて、砂浜の上に降り立った。
その場所からジッとサンジの姿を見つめた。

サンジは、いつもどおりのふてぶてしい態度で、黙って煙草を吹かしている。
そして、別れた時のふて腐れた顔のまま、ゆっくりとゾロに歩み寄ってきた。


ゾロは、用心深く そのサンジの動向から目を離さない。

サンジの気配がいつもと違う。
見も心もサンジなのかどうかをゾロは見定めるつもりなのだ。

ゾロの目の前、1メートル余りのところまで近づいてきたとき、ゾロは判断した。

同時に、銀色の軌道がサンジの体を二つに切り裂く。

だが、なんの手応えも感じない。

その次の瞬間、サンジの足元の砂がいきなり 大きく開いて
ものすごい勢いでその穴に砂が零れ落ちていく。

ゾロは咄嗟に サンジを切り払った刀を逆手に持ちかえて 穴の中に突き立てた。

「ぎゃああアアアア!!」

ゾロの刀を半分の見込んだ穴の中から、すさまじい叫び声があがり、同時に砂浜が
せり上がった。

突き立てられた刀ごと、ゾロを持ち上げ 砂の中から3メートルほどの巨体の魚人が
姿を現した。

「・・・出やがったな。」ゾロは薄く笑い、突き刺さっていた刀を引きぬいた。

「ガああアアア!!」身の毛のよだつ雄叫びをあげて、ゾロに掴みかかってきた。

頭の先から、光沢のある、丸い玉がぶら下がっている。

「・・・提灯アンコウの魚人か・・・」つまり、あの玉がサンジの姿を作りだし、
ゾロをおびき寄せようとしたのだ。

醜く大きく開いた口には、鋭く光る牙が唾液に濡れて光っている。

しかし、図体が大きいばかりで他に武器がないこの魚人など、ゾロの敵ではない。

ゾロは刀を一閃し、一刀のもとに アンコウの魚人を斬り捨てた。

砂ぼこりをあげて卒倒し、動かなくなったその魚人の体を眺めてゾロは
「これが、本物の魚だったらでかい アンキモでうまい肴を作らせるんだがな・・・。」
と呟いた。

ゾロは更に先へと足を進める。
果樹園へと続く山道に差しかかった。
周りは 雑木林である。

(だが、おかしいな。なんで、あのバカの姿をあいつが知ってたんだ?)


「お前の頭の中が、そいつで一杯だったからさ。」

ゾロの背後で声がした。

そこに何者かがいた。

今まで、気配などなかった。

ゾロは無言でそれに反応する。

体をすばやく反転させながら、刀を水平に抜き払う。

声の主はそこにはいない。


「・・遅いな。」また、後ろで声がする。

ゾロは一旦、刀を鞘に収め、周りを見渡すが相変らずなんの気配もない。
それが不気味だった。

「・・・ふふ。相当の手練のようだが。」


声の位置は瞬時にさまざまな方向から聞こえる。

「人間風情が」


「いくら足掻いたところで」


「魚人の敵じゃない。」


よく、耳を澄ませて聞いていると、声の種類は2つだ。

「あのでくの棒は、簡単に倒せたぜ。偉そうに言っても おまえらも
たいしたことねえな。」
「魚ってのは、人間の手でぶった斬られたら成仏するっていうぜ。」

ゾロは相手を煽った。

気配も姿をもわからない以上、相手の動揺を誘い、動いた時に一気に
ケリをつける。

と、空気が僅かに揺らいだ。

「!!」ゾロは、本能的に体を仰け反らせた。

シャツの胸あたりの布が 切り裂かれた。

「フンッ」ゾロは鼻で笑った。

恐怖は感じない。

いい鍛錬のチャンスだと思った。

相手が自分を殺すつもりで向かってくるのだから、どんなに気配を隠しても
攻撃してくる一瞬はそれが剥き出しになるだろう。

それに、遠隔攻撃をしているなら別だが ゾロの体にダメージを与えるためには
ある程度の距離までは近づかなければならない。

どんなに僅かでも、それには音が伴う筈だ。

ゾロは五感を研ぎ澄ませた。

目の前の枝がなんの前ぶれなく大きく撓んだ。(たわんだ)

ゾロは、反射的にそこへ視線を向けてしまった。

次の瞬間、背中に気配を感じ、体を反転させ様、刀をなぎ払う。

だが、やはり、手応えはない。
地面の枯葉が数枚幽かな音をたてた。

「大口叩いて、かくれんぼまがいの攻撃しかできねえのか。」
ゾロは尚も相手を煽る。

「人間にしては」


「腕が」


「立つようだな。」

と含み笑いをしているような声が聞こえる。




「あ、食わなきゃ成仏しねえんだっけな。うちのコックが言ってたぜ。」

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