「好物」第4話


「人間にしては腕が立つようだな。」と含み笑いしているような声が聞こえる。


その時、突風が起こり、地面を覆っていた落ち葉が不自然に舞いあがった。

「!!」だが、そんな目潰しなど、ゾロに効く筈がない。

恐ろしいほど揺るぎ無い平常心で、見えない金属製の武器からの攻撃を
刀で受け止める。

一本の刀で防御可能なゾロにとっては、拙い技だ。

防ぐことが出来るのだから、攻撃に転じるのは容易い。

相手がどんな形状をしているのかわからないが、
次にゾロへの攻撃しかけてきた時には 一太刀で斬り倒せるという確信が湧いてきた。


「・・・がっかりさせてくれるぜ。」ゾロは心底そう思った。


今の自分をより高めてくれるほどの相手でないと判って、少なからず落胆する。

ゾロに、2度もかわされたというのに、姿なき魚人の攻撃は
また 姑息にもゾロの視覚に訴えかけたものだった。

今度は、落ち葉ではなく、まだ青々としている木の葉が風に乱舞する。

その緑の渦の中で 銀の刃が瞬いた。

「グアアア」

ゆっくりと降り落ちてくる木の葉をその体に受けた、やけに平べったい、
目の大きな魚人の屍がゾロの足元に転がっている。

「こいつあ・・・。ヒラメか・・。」

サンジの肴のウンチク話にいつも付合わされているせいか、
ゾロも最近では、カレイとヒラメの違いが判別できるようになっていた。

「・・・もう、一匹いたはずだが・・?」

ゾロは周りを伺ったが、相変らずなんの気配も感じなかった。

姿を周りの景色と同化すると言う特殊な生態を活かしていたとはいえ、
スナイパーの技としては未熟なヒラメの魚人が気配を殺しながら攻撃するという
高度なことが出来るとは思えない。


さっきのアンコウの魚人とのことを合わせて考えてみると、
どうも、武闘派でない、魚人がいる可能性に思い当たった。

つまり、ゾロの内面を読み、生き物の放つ「気」を自在に操る能力。

だが、そんなものを使ったところで所詮、ゾロの敵ではない。

「・・・あと、何匹いやがるんだ。」

ゾロは、尚も先へと急ぐ。



とうとう、果樹園に辿り着いた。

樹を鉄柱を支柱にしてその上に這う様に繁らせ、例の果物はその葉の下に実を結んでいる。

「・・・もう、邪魔しに来ねえのかよ。」とゾロは誰に言うともなしに呟いた。

途端に、目の前にたわわに実っていた果物が一気に切り落とされ、ばらばらと
地面に落ちてきた。


その風景を ゾロはさして 驚きもせずに眺めている。

「お前は剣術使いらしいな。」

全身、銀色で、牙が口からはみ出た醜悪な面構えの魚人が木陰から現われた。

その魚人の隣に、分厚い唇が特徴的な、どこか笑いを誘うような、人をくったような
可笑しな顔つきの魚人が薄く笑って佇んでいる。


「剣術使いじゃねえ。」


ゾロは銀色の魚人の言葉に不敵な笑みを浮かべた。
再び、鞘から刀を抜く。

そして、ゆっくりとそれを肩に担ぎ、気迫を込めて相手を睨みつけた。

「俺は、剣士だ。」


その気迫と 銀色の剣士の放つ気迫がぶつかりあった。

銀色の魚人は両手そのものが大きな太刀である。

「フン」ゾロは、鼻でその形状を笑った。

「てめえは腕だけか・・・。なら、俺の敵じゃねえ。」
ゾロは、以前 全身金属の刃物で出来ている能力者と戦い、勝利した事がある。

銀色の魚人の太刀がどれだけ大きかろうと、固かろうと、恐れることはない。

ゾロは、尚も薄笑いを浮かべたまま、銀色の魚人と向き合う。
「てめえは聞いた事がねえか?鉄でも斬れる剣士の話しを」

「お前は・・。まさか・・・。」
銀色の魚人の気迫が見る見る萎えていく。

「ロロノア・・・ロロノア・ゾロか・・?」
ゾロは、口の端を釣り上げ、ただ、笑ってその問いに答えた。

「おい、タッチー!!」その様子を見ていた もう1人の魚人が口を挟んだ。

「俺がついてる。怖れる事はねえ。」
「だが、幻覚も、殺気を消す技も通じなかった。」

ゾロは、二人(二匹)が口早に言い争うのを聞いて、サンジの幻の謎の答えを悟った。

そして、戦意とは別の、羞恥とも、憤りとも、言えそうな複雑な腹立たしさが
込み上げて来た。

「人の頭を勝手に覗いたのはてめえか。」

ゾロの怒りを含んだ声は魚人達の諍いを中断させた。

マヌケ面した方の魚人がゾロに向き直る。
「生き物ってのは、雄と雌で交尾するのが普通だと思ってたが、人間てのは
雄同士でも交尾するのか。・・・。最低だな。」
とさもバカにしたような顔でゾロに言い放った。

「セックスも出来ねえ下等種族に言われたくねえ。」
ゾロは負けずに言い返した。

「人間てのは、相手も、性別も選べる高等な動物なんだ。」
「てめえらがどう足掻いたって、俺には勝てねえよ。」

銀色の魚人の顔が悔しそうに歪む。
彼はゾロから見ても、相当の剣士と見て取れた。

だが、自分の適となるには、程遠い。
そして、それを充分に理解しているようだった。

「てめえが、自分を剣士だと思うなら、取るべき道は2つだと思うが?」
ゾロは、銀色の魚人だけを見据えた。

「高みを目指すか、ここで無駄死にするか・・・だ。」

銀色の魚人の太刀が水かきのついた手の形へと変化していく。

「今度会うときは、お前の名を聞いても怯える事のない力量を身につけておく。」

ゾロは、表情を変えないまま、
「いい選択だ。楽しみにしてるぜ。」と答えた。

卑屈な態度ではなく、己の未熟さを自覚して 無駄な争いを避け、
己の技を磨く道を選んだ銀色の魚人にゾロは好感を覚えた。

「あとは、てめえだけだ、デバガメ野郎。」
ゾロは残ったもう一人の魚人を睨み据えた。

「姑息な手エばかり使いやがって。」

「ひ!!」
自分の力を過信し、ゾロの力量を見ぬけなかったこの魚人など
ゾロの敵ではない。

ゾロは、一気にケリをつけようと刀を抜いたまま 駆寄ろうとした。

だが。

まるで、目の前に見えない壁があるようで、ゾロの足は前へ進まない。

「く・・・・。」それでも、ゾロの怪物地味た馬鹿力は、その圧力をじりじりと押し返していく。