1
2 3
チョッパーは、頭を抱えていた。
医者として、ある 選択を強いられている。
普通の医者なら、こんなことで頭を悩ませることなどないだろう。
ここはグランドライン。
色々な、悪魔の実が存在し、その能力者でひしめき合っている。
どんな人間と出会っても、さほど 驚くこともない。
自分自身、「トナカイ人間」なのだから。しかも、変身まで出来る。
だが、目の前に 突然 能力者になって、その所為で
本来の備わった体の機能を超えて 通常 考えられない生理現象(?)を
起こした仲間の処置に チョッパーは どうしていいのか
わからず、今 こうして 頭を抱えている。
話しは、2週間前に遡る。
「久しぶりに、ビビに会いてえな!」の、船長の一言で、
ゴーイングメリー号は、急遽 砂の王国 アラバスタへと進路を向けた。
その少しまえ、この船のコック、サンジは、ひょんなことから
「メスメスの実」を口にして 体が常に 雌雄不安定な状態だった。
それを知っているのは、彼と特別な関係を持っている 緑頭の剣士と、
この船医だけだった。
もう、子供でもないのだから、いちいち 避妊しろ、などといわなくても
当然 それくらいの責任を持って 肉体関係を持っていると考えていたのだが、
普段は どうやったって 子供など出来るはずもない 雄同士の行為に
慣れていた二人の頭には、そんな 面倒なことは 考えもしなかったのだろう。
それに気がついたのは、皆で食事が済んで、
チョッパーとサンジがその後片づけをしていた時だった。
サンジは、ここ数日、顔色が冴えなかった。
意外な事に、口に咥える煙草の数も激減している。
「サンジ、顔色が悪いな。」チョッパーがその様子に、どこか
体の変調があるのではないか、と疑って見た。
だが、サンジは、
「・・・寝不足だよ。ねりゃ、治る。」と取り合わない。
眼が落ち窪み、唇が乾いて、どうみても タダの寝不足ではなさそうだった。
その会話からしばらく、チョッパーはサンジを観察していたが、殆ど食事をとっていない。
口にするのは、水とどういうわけか 固めに焼いたパンだけで、それ以外の物は
一切口にしなかった。
それでも、時々 こっそり嘔吐している事に チョッパーはすぐに気がついた。
「胃炎かな・・・。」
「とにかく、疲れてるみたいだから、今日から3日間は、ゾロに体を触らせないように。」
一旦、チョッパーがドクターストップを出した以上、サンジはそれに従わざるを得ない。
指示にしたがないと、ハンストをするのだ、この頑固な医者は。
その旨をゾロにもチョッパーは伝えた。
「サンジの体調が良くないから しばらく 控えろ。」
「医者だからって、なんでそこまで 管理するんだよ。」
とゾロは反論した。
とは言うものの、ここ最近のサンジの 顔色の悪さが気にならないわけではない。
しかし、雌雄同体のサンジの体は とてつもない魔力を以って
ゾロの肉体を惹き付けているらしい。
「食欲もないし、酷い寝不足だよ。今、サンジの体は普通の状態じゃないんだから、
・ ・・・・。」とチョッパーは、自分の言葉でハッと気がついた。
まさか。
まさか。
まさか。
「なア、ゾロ。」ふと 浮かんだ 疑問をチョッパーは 単刀直入にゾロにぶつける。
「・・・俺が渡してるあれ、ちゃんと使ってるんだろうな。」
「あれ・・・・?」
サンジが 「メスメスの実」を食べて 中性化してから チョッパーは
ゾロに避妊具を渡している。万が一、ということが ないとは言えないからだったのだが。
「・・・んなもん、とっくに使いきっちまったよ。」
「じゃあ、ここ最近は、使ってないのか?」
ゾロの答えにチョッパーの声が裏返った。
果たして。
検査をしてみると、結果は 「陽性」、サンジの体の中には、命が宿っていた。
「・・・・二人とも、落ちついて聞いてくれよ。」
ゾロとサンジ、二人を揃えてから チョッパーは、結果を伝えた。
「・・・・サンジ、妊娠してる。」
「へ・・・・?」二人とも、一瞬 聞き取れず、チョッパーの言葉を聞き返す。
「だから、妊娠してる。おなかの中に子供がいるんだよ。」と
丁寧に言い直したチョッパーの言葉に二人は 同時に
「「なんだと〜〜〜!!」」と叫んだ。
「冗談じゃねえ!野郎同士でどうやって妊娠するんだ、くだらねえ冗談言うんじゃねえ、バカトナカイ!」
サンジは 物凄い形相で怒鳴った。
だが、チョッパーは怯まない。
「冗談なんかじゃない!はっきり 結果が出たんだよ。」
動揺した二人を落ちつかせるのは、大変だった。
「で、どうする・・・・?」
ゾロの方が先に冷静な頭を取り戻した。
「ああ?なにが!」サンジはというと、相変らず、頭から湯気を出さんばかりに 怒っている。
「・・・何がって・・・・。その 腹の中の・・・。」
子供、というべきか、赤ん坊と言うべきか、ゾロは迷って言い澱んだ。
「んなもん、テメエは関係ねえだろ、放っとけ。」
「関係なくないだろ、サンジ。」
思わず、チョッパーが口を挟んだ。
だが、そのチョッパーをサンジは 凄まじい目つきで睨みつける。
「俺が俺の精子で勝手に妊娠したんだよ。こいつの子供だって言う証拠なんかネエだろう!」
「いいから、テメエはこの始末を黙ってしてくれりゃそれでなんの問題もねえんだよ」
「えっ・・・始末って・・・?」とその勢いに押されつつチョッパーはサンジの言葉の意味を尋ねた。
「俺は、産む気なんか、ねえからな。さっさと始末してくれ。」
「おい、ちょっと待てよ。」
おされ気味のチョッパーにゾロが援護に回る。
「ちょっとくらい、考えろ。お前のめちゃくちゃな理屈より、俺のタネだって方がまだ理屈に合うだろうが。」
だが、当事者のサンジにしてみれば、何をどう言われようと、
考える気など 微塵もない。
「なにが理屈だ、最初からめちゃくちゃじゃねえか 誰のタネかなんてどうでもいい事だっつってんだ。」
と 煙草の煙りをプカプカと吹かす。
ゾロとチョッパーは顔を見合わせた。
本人がここまで頑なになっている以上、今は 何を言っても無駄だ。
サンジが大人しく話しを聞く相手に
せめて、冷静な頭を取り戻すように 説得を依頼するしかなさそうだった。
そして、その結果。
「ナミさんに喋りやがったな、このクソヤブ医者!!」
チョッパーの体が甲板の側面の板に叩きつけられる。
いや、正確には蹴り飛ばされて 吹っ飛んでいったのだ。
「サンジ君、落ちついてよ!」
ナミが珍しく ほんの少しだけ取り乱している。
朝食が終って、後片付けをしていたサンジにナミの方から、
「サンジ君、悪いけど あとで 紅茶をあたしの部屋まで持って来てくれる?」という言葉がかけられた。
(ナミさんが部屋に入れてくれるのか♪)とナミの言葉に誘われ、
スキップをするかのような足取りで女部屋に向かうサンジの姿をゾロとチョッパーは物陰から伺っていた。
(こんな大事な事を人任せにしなきゃならネエなんて、情けねえ。)と
思っては見たものの、まるで 親の敵を見るようなサンジの目つきに近寄りがたくて どうしようもない。
その上、ゾロ自身、取り乱しているので どうして欲しいとは言えない。
俺はあいつにどうして欲しいのだろう。
その答えさえ見つからないのに、サンジに何を言えばいいというのだろうか。
とにかく、考えなければ行けないのは自分も同じなのに、
サンジにだけ 冷静になれ、というのもおかしな話しだ。
とにかく、ナミなら サンジも大人しく話しを聞くだろう、と
チョッパーは思いついて、昨夜の話し合いの後 すぐにナミにこの事実を告げた。
ところが、甘かった。
ナミに知られた、とわかった途端、その怒りはチョッパーに向いた。
余りの怒りの激しさに いつもなら 得意の拳一発で黙らせるのだが、
今のサンジを殴りつけるわけにはいかず、ナミも困惑している。
「ちょっと、大人しくしてよ、サンジ君!!」と、取りあえず、大声で怒鳴ってみた。
サンジの動きが 唐突に止まる。
「そんなに激しく動いちゃ、体に触るじゃないの!」
ナミさんが俺の心配をしてくれてる・・・♪と、一瞬 頬が緩んだが、その原因が原因だ。
「とにかく、大人しくあたしの話しを聞いてよ。」と
今度は 少し、哀しげに、懇願するように、媚びるようにサンジにその魅惑的な表情を向けた。
ナミにこんな顔つきをされると どんな原因であれ、もう、サンジに否を言う 勇気も度胸もなくなる。
ナミのおかげで少しは頭を冷やしたようだが、それでもサンジの言い分は変わらなかった。
「始末する。」の一点張りだ。
「サンジの子供を俺は見たいぞ。」と全てのことをクルー全員に チョッパーが報告した時、ルフィは即座にそう言った。
「産めばいいじゃねえか。可愛がるぞお。」とにこやかに言うルフィの顔に
サンジの足の裏がめり込んだ。
「産むわけネエだろ、俺に死ねって言うのかよ!」それを聞いて、ルフィは瞬時に顔色を変えた。
「子供産んだら、死ぬのか、サンジ!」
「死ぬに決まってんだろ。男の体でガキなんか産んでみろ、腹から血を垂れ流して死ぬんだよ!」
なんの根拠もないサンジの言葉にルフィの顔がますます 引きつった。
「嘘だよ、ルフィ!」チョッパーが二人の会話に割って入る。
「大丈夫だよ、死なないようにするために俺がいるんだから。」
「・・・・サンジとゾロ次第だよ。」
サンジが皆に構われて、大騒ぎしている間、ゾロは落ちついて考える事が出来た。
ものの弾みだとは言え、確かに サンジの体に宿っている命は、半分は自分の分身だ。
できるなら、その姿を見てみたい、という欲求に駆られた。
サンジが女の体になったからと言って、扱いを変えた事はない。
サンジがそれを強く望んだからそうしてきたつもりだった。
だが、その存在そのものに庇護欲を掻き立てられて 本当は女だろうが、
男だろうが 何よりも大事であるという事に変わりなくて、
いつもいつも 「お前を守ってやりたい」と口にも態度にも
出したいけれど それは 自分たち二人の関係には必要のないものだという事も知っている。
そんなことをすれば、サンジのプライドを酷く傷つけることも判りすぎるくらい、判っている。
子供を産んだからと言って。
二人の関係に変化など、あるわけがない。
それだけは確信できる。
二人で何かを生み出せるなど、夢にも思わなかった。
男であるサンジに自分が 理屈で言えない力で引き寄せられ、
サンジもその流れに飲み込まれるように寄り添ってきたのは、
この命を誕生させるためだったのかもしれない、という考えに至った。
サンジがあれほど 嫌がっているのだから結果はわかっているし、それを覆すことも難しいかもしれないが、せめて 今の自分の気持ちだけでも サンジに落ち着いて聞いて欲しかった。
その夜。
昼間、殆ど 食べていない体で 大暴れしたサンジは 酷く気分が悪かった。
水も受けつけず、だが そんな体に腹もたつし、誰かに見られて 労わられるのはもっと嫌だった。
一番 見られて嫌なのは、もちろん ゾロだ。
今は、心底、ゾロの顔を見るのも嫌なのだ。
ゾロの気持ちなど 本当にどうでもいい。
そんなことまで考える余裕はないし、ゾロの戸惑っている顔を見ると思い切り 蹴っ飛ばしたくなる。
無関係な顔をしてくれた方がずっと気が楽だ。
自分の気持ちは決まっているのだから。
産む気など、微塵もない。
誰がなんと言おうと、その考えをかえる気はなかった。
こんな不気味な、得体の知らない生き物が体の中にいると思うだけで ますます 気が滅入る。
妊娠して日が浅いのに、悪魔の実の力の一部なのか、その胎児の成長スピードは速かった。
殆ど 体型が変わっていないのに、サンジの腹の中で元気に動きまわっている。
こうやって、一人でキッチンに座っているのに、
腹の中では 人の拳が腹の中でくるくる回っているような感覚があり、
その部分を手で押さえると、まるで 逃げるようにその感覚が消える。
か、と思えば 唐突にその手にくんっと軽く 蹴るような
律動がサンジの筋肉に包まれている腹部で沸き上がる。
胎児の大きさは、チョッパーの話しだとまだ ピンポン玉程度らしいのに、
もう その生命力の逞しさをあからさまにサンジに伝えてくるのだ。
(・・・気味悪イ・・・。)
まるで、大きな寄生虫を腹に飼っているような物だ、とサンジは思った。
それが却って サンジには 恐怖だった。
通常、女性が感じる 幸福感には程遠い。
チョッパーが栄養剤を注射してくれるから 体調は回復したけれど、心は晴れない。
サンジがこれほど嫌だと言っているのに、チョッパーは
処置を施す決心がつかないらしく なんだかんだと理由をつけてサンジの望む手術を先延ばしにする。
それなら、自分でなんとかしよう、とサンジはとうとう決心した。
トップページ 次のページ