かつて大陸には人の天敵がいた。

 魔族、あるいは魔属と呼ばれる存在。

 彼らは突如として人より生まれ、絶望を糧に兵隊を増やし、生存本能を天秤に仲間を増やし、わずか数ヶ月足らずで大陸の半分を支配したという。
 ナエさんはとつとつと語り出す。

「人類のピンチに、国を滅ぼされた民達は一つに集い、一つの軍隊を造った。
 それはまさに大陸の全勢力。まさに国中の武技、魔術、兵装技術が集った。
 最新技術から、秘伝、秘奥、伝説の武具まで、ありとあらゆる情報が全ての国から一挙に集い、残らず開示され、それを元にして高められていく。
 ただ一つ、魔族と立ち向かい魔王を滅ぼすという目的のために。
 その時代、人々の技術と、能力は通常の人類史ではあり得ない速度と精度で高められていた」
 ナエさんの口調はどこまでも羨ましげで、しかし切ない。
「研究者にとって、これほど理想的な時代はなかったろう。
 また、これほど命がけで挑戦できた時代もないだろう。
 一つの目的に命がけで挑むことの出来る物を天才と呼ぶ。
 この時代の人間は全ての人間が天才であった。
 故に後の世の人間は、この時代をこう呼んだ。
 全ての人間が天才となる時代――才渦の時代クレイジー・フィーバーと」

 羨ましいのだろうか、羨ましいのだろう。
 タツマならば、そんな時代になど生まれたくもないが。

「才渦の時代...これがその時代の兵器を真似た品だと?」

「ああ、才渦の奇跡クレバーメンズ・アーティファクトとは、その時代の超技術によって造られたアイテムの総称。希少価値や技術レベルでは神々の落宝ロスト・オブ・ゴッド刻の遺産ザ・ドリフターズに及ぶべくもないが、それでも昨今の技術では再現不可能とさえ言われていたハイテクノロジーの塊だ。
...まあ、これはそれの、習作だが」

 習作。つまり、いつか本物にも負けず劣らない物を造るための練習作品。

「何で、魔王崇拝主義者がそんな物...っていうか、なんで人間がこんな物造る必要があったんですか?」

 だんだん恐ろしくなってきたな、とため息をつく。
 既に一刑事につきあえる話ではない。

「は?」 と、ナエさんは馬鹿を見る目つきで、
「お前、まさか魔王崇拝主義がどういうものだかちゃんと知っていないのか」

「え、ですから魔王を崇拝するんでしょう?」

「またアホみたいな誤解をしとるな...魔王崇拝主義って名前自体あくまでこっちがそう呼んでるだけなんだがな。
 タツ。じゃあ聞くが、そいつらは魔王を崇拝して何の得があるんだ?」

「え、それは」
 魔族の王、魔王。一説には人を魔族にする力があったと言うが。
「自分が魔族になるため...とか」

「阿呆。確かにそう言う輩もいるが、そりゃまた別の思想だ」 いいか、と続けて、
「魔王崇拝主義ってのは魔王を再び召喚して人類と戦わせようという団体だ。
 どっちにしろ危険だからウチの国じゃ禁止されてはいるが、その支持者は一般人が考えるより遙かに多い」

 支持者多いのか。

「魔王を――召喚? なんでまた」

「それぐらい自分で考えろよ。魔女っ娘は分かるよな?」

「はい、えっと...」
 と言うメイは、どこかフラフラだった。
「人類の天敵を復活させて、またみんなで一つになって戦おう、と言うことですよね」

「メイ。君、体は大丈夫なのか?」

「ええ、術を使ったせいか、数刻前の目眩が少しぶり返してきたようで...」

 聞くより先に、デザインチェアに座らせる。
 メイは座り心地の良さにびっくりしている様子だったが、とりあえず背にもたれて落ち着くように言った。
 それから、メイの解答をようやく思い出して、

「また戦うために? それは才渦の時代をまた起こすってことか」

「それもあるが、それだけではない」
 続けたのはナエさんだった。
「過去、一つにまとまったはずの大陸の国々は時代が進むにつれ再びいがみ合い、今も小規模な小競り合いが起きているところがある。
 それ以上に大陸の外に向ければ、未だに戦争をしている国や、何かと抗争に持ち込もうとしている国が後を絶たない。我が国もいくつかの国と交戦状態だ」

 つまり今度は世界すら巻き込んで一つにまとまり、高め合おうというわけか。
 それはなんというか、

「理屈は解りますし、宗教よりも現実味もありますけど...
――なんか、馬鹿みたいですね」

 平和のために、争いを創る。
 原理は雨降って地固まるだが、降るのは血の雨だ。

「ウチもそう思うよ。技術にしても、あまりにも急速に高まりすぎた故に、後世に伝えきることが出来ずにその大半が潰えたが――いつかは追いつくことは出来るだろうし、潰えなかったいくつかの技術では追い越してさえある」
 殺人人形をバットでこづき。
「これも、本物の"模倣素体クローニング・マテリアル" 自体は既に現存しないが、技術自体は再現が可能だ。まあ、国家予算クラスの資金がいるから誰もつくらねーけどな」

その人形はと言えば、赤黒い剣と血に濡れた歯に染まり。

「で、なんで人間がこんな物造る必要があったんですか?」

「阿呆、誰が戦乱のくそ忙しい時期に、こんなあからさまに対人のデストラップ作るか。こいつは、習作だといっただろ。本物のある機構を真似ようとして失敗して、結局こんな機能に落ち着いただけで――」

 そこまで言ったところで、ナエさんは突然黙りこんだ。

「ナエさん?」

「まずいな。刺したり齧ったりがそう言う意味だったとしたら...メイ!」
 余裕の無い声で、チェアに座る少女に声を掛ける。
 メイは、声は出さずに見ることで呼びかけに応えた。

「施錠を頼む。今すぐだ」

「はい――」

 詠唱が始まる、それよりも先に。
 人形が小刻みに揺れて、胸の紋様が怪しく輝き出す。

「タツ、メイを守れ」

 彼女自身はバットをほうり捨てて、白衣の袖に手を入れる。
 嫌な予感、と言うよりナエさんの真剣さに圧されて、タツマは言う通りに動いた。

――人形が飛び上がり、メイを襲うような動きを見せたのは、その直後だった。


BackstageDrifters.