躍りかかる人形を相手に、タツマは剣をがむしゃらに打ちおろす。
剣が人形の腹から生えた刃にあたり軌道がメイからそれる。
腹の剣は意外と軽い素材で出来ていたらしく、短いタツマの灯剣でもあたり負けすることはなかったが、さしもに人形の勢いまでは止まらなかった。
残った体に肩からぶつかる。
熱い感覚が肩口を走り、痛みに耐えかねてそれを突っぱねるように人形から遠ざかる。人形は体当たりを食らってそのままがらんごろんと転がった。
「タツ!」
ナエさんが悲鳴を上げた。
「...大丈夫ですよ」
一瞬だけ見るとコートの肩口が裂けている。
ぬるりと、二の腕を伝う温い感触。
そこら辺に転がった人形の指先に、いつのまにか金属の爪が伸びていた。
右手中指が赤く染まっている。
――全身武器か。やっかいな。
腕も武器と考えれば...リーチが圧倒的に足りない。ハリネズミに爪楊枝で挑むようなものだ。
ナエさんのバットをもらっておけば良かったと後悔しつつも、剣を捨てる。
そして、腰に手を回してベルトから黒筒の三段警棒を引き抜いた。
この警棒は警察官のサブウェポンとして支給されているもので、タツマはこれを刀身の短い灯剣と併せ好んでよく用いる。
ボタンを押し込みロッドを振ると、刀身が瞬時に伸びて一般の刀剣程度の長さになった。
「にしても、一般人の血肉だけで、あれほど動くか」
「それって...」
聞こうとしたとたん、人形が跳ね上がってタツマを標的に襲いかかってくる。
タツマは両手で警棒を握りこみ、力一杯に袈裟懸けに振った。
人形は全ての勢いを根こそぎ奪われて、派手に吹っ飛ぶ。
「メイは?」
「だめだ、暑さにやられてる」
「はい...すみません、しばらく時間がかかりそうです。」
メイは、気丈に振る舞うこともなく、ただ今の状況を正確に伝える。
と、後ろの高い位置から肩を叩かれる。
「タツ、五秒稼げ」
「...了解」
何をするのかは解らないが、ナエさんがそう言うのなら信じればいい。
再びはいつくばった人形は、関節を奇妙に曲げながら倒立し、腹の剣を突き出すようにして走る。
カラコロと遅れて付いてくる手足が無性に気持ちが悪い。
再度の袈裟斬りで剣を結ぶが、突如、相手の刃が腹から抜け落ちた。
「なっ――」
勢いを殺しきれずに身体が沈む。
そこに隙が生まれた。
人形が腰を文字通り回転させて腕をぶるんと振りあげる。
巻き込まれるように回転する左手の手刀が、タツマの後頭部へと吸い込まれ、
――警棒を捨てて、後頭部を両手で押さえた。
そこに、金属の光を携えた手刀が叩き込まれる。
手の側面に、本物の刃が生まれていた。
手刀が手首に食い込み、コートの袖ごと切断したかと思われたが、そうはならない。
手刀は袖を突き破ることもなく手首で止まっていた。
人形の古くさい武器の鋭利さに、コートの強化繊維が耐えたのだ。
タツマは、痛む手首を庇うように体を入れ替え、人形に足払いを掛けた。
二枚蹴りをもろに食らった人形はなすすべもなく、みたび転ぶ。
足払いの際の交錯で、またどこかを斬ったらしく足から鋭い痛みが走ってきた。
が、そんなことを気にしていられない。
即座にコートを脱いで、人形に叩きつける。
投げたコートは、投網のように広がり人形を覆う。裏地の各所に強い摩擦性があるコートが、人形にへばりつきいてその動きを阻害した。
「ナエさん!」
警棒を拾いながら、後じさる。
「ようし、下がれ!」
そう言ったナエさんが手に持って振りかぶっていた物は、
一見すると、金属バットのように見えた。
BackstageDrifters.