「さてと、」
といいつつ、ナエさんは人形の半径10m内で倒れている人間を外へ蹴飛ばしにかかる。
「魔女っ娘。解錠は使えるか?」
「一応は。ただ、相性は悪そうです」
ナエさんは四人目を蹴飛ばしながら頷いた。
「相性」
「ええ、基本的に魔術師は、理屈で言えばどんな魔術でも使えるのですが...個人の魔力の性質で、得手不得手がありますから」
「魔術というモノはソフトウェアだ」
メイの言葉を受けて、ナエさんが詳しく説明する。
「魔術技師は魔法著作権協会から、そのたびに必要なソフト――術式を借りて、その式を杖にダウンロードする。
つまり、どういうソフトがあるかという知識さえ持っていれば、魔術技師はありとあらゆる魔術を使うことが出来る」
とは言え、専門用語が多すぎてタツマにはほとんど解らなかったが。
「だが使うことが出来るからと言って、使いこなせるとは限らない
個人の持つ魔力の性質・容量、使用する杖の機能・容量・演算能力。
そして術者の魔術との相性、その全てが影響するからな」
等と言いつつも蹴飛ばすのは止めていない。
ようやく全ての人間を蹴飛ばし終えると、ナエさんは腱を伸ばして背筋を伸ばした。
デスクワークが多い割にしなやかで伸びがある。
「よし、じゃあ解錠を頼む。対象は...」
顎で、それを差す。
「――この人形だ」
「はい、頼まれました」
メイは頷いて登山杖を取り出した。
要するにそういうことなのだ。
屍骸術は、自殺者を甦生できない。
そして、解錠の魔法が使えるハーシィは、施錠された密室のど真ん中で死んでいた。人形に盛大な返り血をまき散らして。
そして、未だ見つからぬと言う手首と杖と鍵と鍵の紐。
ある一つの簡単な要素が欠け落ちていて、それ故にその要素を知らぬ人間にとっては不公平ではあるのだろうが...それを差し置いても思い当たる可能性はある。
と言ってもまあ、その要素さえ知っていたら答えは簡単なのだが。
現に盗掘団の長は、ハーシィが何故死んだかを言い当てたらしい。
メイが、水晶のストラップが付いた登山杖を高く掲げる。
「万物ノ理ヲ体現スル、我ハ世界ノ杖也」
唱えたかと思うと彼女の周囲に淡く青い燐光が発生する。
リィィン――
鈴の音を引き伸ばしたような澄んだ音が響いた。
「これが待機状態だな。"杖" を起動して準備状態に置く。
この場合の"杖" とは魔術の補助演算装置の意で、魔女っ娘の場合はさしずめ登山杖に括り付けたストラップか」
呟くナエさん。
その呟きはタツマが相手ではなく自分への呟き。
自分の思考への言語化。自分の思考への返答。
今の彼女の目と口は科学者のそれだ。
「魔術を見るのは久しぶりですか?」
「<発火>や<施錠>レベルのなら何度かは見たが、このレベルの魔術士の技は...そうだな。大学以来だ」
その間もブツブツと、何事かを呟いている。
今のこの状況、メイという希有なる才能を持った魔術士の技を、賢明に脳裏に焼き付けようとしているのだろう。
「<閲覧開始>...検索」
「いつもの術と違うな」
それは、ほとんど無意識から出た言葉であったが。
「なんだと?」
その言葉にナエさんは反応した。
「タツ、それはどういう...いや、今はいい」
「...検索完了――...理歴21...年製作、著作者シェ...ンライ...あ〜、これは...」
「ん、どうした」 と、これはタツマ。
メイはうっすらと笑みを浮かべた。
「これならおそらく大丈夫です。一部、得意な術も使えますし」
そう言ったかと思うと、人形に杖をかざす。
「<踏査>」
次の瞬間、人形の中心から蒼い波が伝うように空間を広がっていく。
なるほど、これはよく使う術だ。
「踏査――?」
いぶかしんだのはナエさんである。
「たしか、踏査は限定空間を構成する物質・エネルギー・ベクトルを粒子レベルで四次元解析する超高等解析術だったはず。
...どういうことだ。
たしかに解錠は鍵の構造を理解して運動エネルギーによってそれを外す術だが、鍵の構造理解程度で踏査のような高度な解析術は使用しなかったはずだ」
「自分の得意な魔術で応用したんじゃないですか?
高等とかそういうのは知りませんが、踏査は彼女の得意な術ですし」
「応用、だと」
やはり何とはなしに言ったのだが、今度もギロリと睨まれる。
「タツお前自分がどれほど途方もないことを言ってるのか解っているか?」
「いや、すみませんけど...」
タツマは魔術にはそんなに明るくはない。
それでもオークノートの一般人よりは詳しくはあるのだが、
「解析終了...あの」
言い合う二人に、申し訳なさそうにメイが訊ねてきた。
「鍵、二つ発見したんですけど」
その言葉に、ナエさんは瞬時に思考を切り替えて、メイに向き直る。
「おお、やはりか。とりあえず口の方を頼む」
無言で頷く、メイ。
タツマはそっと、メイの前に立ち抜刀する。
「一応、それ言うの自分の役目なんですけどね...」
「馬鹿言え、お前はせいぜい"壁"だ。それ以上でもそれ以下でもない」
逆に、ナエさんは少し下がりバットを構えた。
メイも杖を水平に構えて、人形へと杖の先を触れさせた。
「行きます――<解錠>」
カチリ、と音が異国の埃に満ちた倉庫で小さく鳴った。
BackstageDrifters.