「で、何でウチがこんな南端の倉庫なんかに連れ去られなきゃいけないんだ?」
サナエ・バンプ(30)
科学特捜課の課長。天才。
飛び級で王立中央大学を卒業後、一番充実した研究施設が警察の科学特捜かだったからとかそんな理由で入署。
翌年、課長に就任。19歳という異例のスピード就任であったがその後は出世もせずに研究にいそしむ生活と、ツッコミどころ満載の御仁である。
スレンダーな体躯に、白衣と腰まで伸びた黒髪のコントラストがあつらえたように似合う美人だが、いかんせん性格悪い、威圧感がある、酒臭い、タバコ臭いと回し蹴りのような人生を送っているせいか、こと恋愛話で彼女の話題が上ることはまったくない。
今日はロングの髪を先の方だけ三つ編みにして垂らしていた。
彼女は目蓋の落ちたトロンとした目で、隣のタツマを見下ろす。
...タツマも長身の部類なのだが、彼女の方が背が高いのである。
「いや、科特で暇そうな人見繕ったら、ナエさんだけだったんで」
「しかし埃っぽいな。外国の物ばっかりなんだろ、この倉庫って。変な菌とか混ざってないだろうな...」
豪快に無視して、ずかずかと倉庫を歩いていくナエさん。
「土とかは病原菌のこともあるから、徹底して落としてるはずですけどね」
確かに埃くさい。
――数日前までは、血の臭いもしたのだろうが。
「あった、これだ」
薄地の紙袋で覆われた、マネキンのようなシルエット。
タツマが(ルイスの) 様々な権限を活かして、あらかじめ運んでおくように頼んでおいたのだ。
「何だ、まだ紙なのかよ。東の方じゃ全部ビニールだってのに」
ぶつぶつと文句を言うナエさん。
これだから西は技術レベルがいつまでも周回遅れなんだとか、研究設備も東のお下がりばっかりだしとかなんとか、
「じゃあ東に行けばいいじゃないですか」
「...まあ、中古は中古で攻略本も出回ってるから、楽なんだよ」
「なんですかそれ」
自分と同じ背の高さの紙袋を破くと、血まみれ(乾いているが) の人形が姿を見せる。
「うわちゃ」 思わずのけぞるタツマ。スプラッタは嫌いなのだ。
「返品できるのか、これ。盗掘品だったんだろ?」
「...まあ、返さなくても良んじゃないですか。北の群島とは国交ないし」
腐れ官僚め、とぼやいてナエさんは人形をしげしげと見つめる。
「触っていいのか?」
「ご随意に、ただ」
「わーってるよ。気をつける。それより灯りをくれ」
確かに昼とはいえ倉庫の中は薄暗い。
タツマは腰の剣を引き抜いた。
グリップと刃が一体の鍔無しの小刀。
赤い刃に指先を触れさせて、小さく呟く。
「<発動>」
とたん、刃が淡く光ったかと思うと、次の瞬間には白く眩しい光明を生む。
「そんなにいらん、絞れ」
言われたとおりに、光量を絞ってから木製の人形を照らす。
赤黒い血で塗りつぶされた木製人形が生々しく映し出される。
木製の人形は、よく見れば胸から広がるように奇妙なかんじの模様があるが、血に塗りつぶされてほとんど見えない。あまり詳しくはないが、何かしらの魔法に関連した模様のようだ。
手足の造形などはかなりいい加減で筒を適当に組み合わせた程度。指も掘ってそれっぽくは見せているが、浅すぎてあってもなくても大して代わりがない。
股間を見る限り、雌雄の区別もないようだ。
というか顔すらない。口はあるが、ほとんど四角い穴である。その口にもおびただしい血の跡が残っていて、怖くて不快だった。
その人形の首に左右から紐が二本ぶら下がっていて、ちょうど肋骨の下辺りで切れた跡を残した端っこが揺れている。
ナエさんは、人形の後ろに回ったり下から眺めたり触ったり叩いたりしたあとで最後に口の中をのぞき込んで、
「なるほどね。まあ、努力の跡は認めてやらんとな」
と、そんなことをコメントした。
「わかったんですか?」
「およそ、この手の物には余分がない。裏を返せば、全てに意味があるってことだ。それより、あの魔女っ娘はどこだ?」
「魔女っ娘は知りませんが、メイなら海が珍しいらしくて埠頭でずっと波を見てますが」
「...そんな錆と油だらけの海なんて見ても情緒無いだろうに。
今度、海水浴にでも連れて行ってやるんだな」
「日焼けで泳ぐどころじゃなさそうですけどね」
長年、森に暮らしていた弊害は思いの外大きいらしい。
「迎えに行け、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「いや、言ってみただけだが。シチュエーション的に」
「...今回は別にそんな伏線」
――盗掘団。
「あったなあ、そう言えば...」
ため息をついて灯剣を手渡す。
BackstageDrifters.