墓場だというのに蝉の声がうるさい。

 メイは茶店の長椅子に仰向けになって、太陽の隠れた天井を見上げていた。
 その顔をファイルでパタパタとあおぐタツマ。

「日射病だな。顔が蒼い」

「め、めんもくありまへん」

 じっとりとした汗に、血の気のない顔。
 体温が上がり、意識もかなりもうろうとしている。
 直射日光に当たりすぎて生じる、日射病の症状そのものである。

「二時間近く術を行ってたからな。無理もないさ」

 寧ろ、彼女の体調の悪さに気づけなかった自分の方が間抜けだろう。

「に、にっしゃびょうのばあいは、木陰で足をたかくして衣服をゆるめて、」

「もう全部やってる。いいから呼吸だけしてろ」

 屋根の影に据えられた長椅子に仰向けで寝ころぶメイ。
 足は靴と靴下を脱いで、同じ長椅子に座るタツマの膝の上に乗っかっている。
 衣服は、元から緩いシャツと半ズボンだけだった。そのズボンのベルトも緩めている。

「...お日さまの光は嫌いです」

「苦手じゃなくて、か?」

「森の中は、こんなに眩しくも、暑くもありませんでした」

 前髪を揺らす風に目を閉じる。
 呼吸はずいぶんと落ち着いてきているようだ。

「まだフラフラするか、他に何かして欲しいことは?」

「まだ少し。そうですね、あとは塩水を」

「塩水なんて売っとらせんわ」

 茶店の中に消えたタカさんが、盆にラムネの瓶を二本乗せて帰ってきた。

「炭酸...」 タツマにはありがたいが、日射病の人間にはどうだろうか。

「嬢ちゃんはこっちだ」

 盆を持っていない左手に瓶を握っていた。
 スポーツドリンクだった。

「わたしもラムネがいいです」

 しぶるメイを無視して、盆からドリンクの入った瓶を受け取る。
 飲み口の細長い、ビール瓶を小さくした感じの瓶だった。

「タカさん、コップなんてのは...」

「茶店にあるわけないだろ」

「...茶店ちゃみせならあってもいいんじゃあ」
 長椅子の先の机を見たらストローがあったのでそれを一本拝借する。
 紙袋を破いて蛇腹付きの曲がるストローを出して、蛇腹を伸ばして瓶に差す。
それで長さは、何とか足りた。
「ほら、ゆっくり飲め」

「ひゃい」 メイは体を起こして、おずおずと瓶を受け取った。
 ストローに口を付けて、ゆっくりと吸いこむ。

「上品なモンだな」

「瓶で飲めないんですよ。飲み方が解らないとかで」
 正確には飲み口が細い容器に入った飲み物を上手く飲むことが出来ないのだ。
「この前は傾けすぎて服にこぼしたし、その前は吸いすぎて舌が抜けなくなったし」

「まるっきり子供なわけか」

「ええ」

「...なんだか人格に不当なレッテルを貼られている気がします」

 ずいぶん正当な気もするが、とは言わないでおく。
 ラムネの瓶の蓋を裏返して、手のひらで瓶の口を叩く。
 ポン、と音がしてラムネ瓶の中にビー玉が落ち込み、しゅわしゅわと泡が出た。

「ラムネなんて久しぶりかもな」

「なんだ、もう懐かしさを楽しむようになったか。古くさい奴め」

「ほっといてください。どうせ古くさい人間ですよ」

 泡を食べてから、ラムネを飲む。
 喉に爽やかな炭酸の痛みと、ほのかな甘味が通り抜けていく。
 その様子をメイが羨ましそうに見ていたので、タツマはそちらは見ないようにしてラムネを飲み干す。
 かかとで思いっきり膝を踏みつけられたが、それも無視した。

「いちゃつい取るところ悪いが、話の続きをしてくれんか?」

「こっからは企業秘密ですよ」

 取り合わないタツマ、と言うより彼も実のところかなりばてていた。

「守秘義務は守らないのに、企業秘密は守るのか。殊勝な商売だな」

 呆れた様子で、タカさんはラムネを飲む。
 タツマは苦笑して、

「じゃ、最後に四つだけ。
 使われた魔法は"解錠" と次に"施錠"。どちらも対象に、扉の鍵なら最低でも扉に触れなければ発動しません。
 メイが受けた依頼は、杖と、手首と、鍵と、凶器を探すこと。
 そして被害者は何かで腹を刺され、手首を切断され、その手首と手首が持っていたであろう杖が見つからない。
 そして鍵。鍵の紐は血まみれの人形に掛かったままでした。倉庫の中心に置かれた血まみれの人形に。まるで、鍵のぶら下がってる部分だけ、こう、」
 手刀をおろす。
「刃物で切られたように」

「ふん」 タカさんはラムネの瓶を空に透かして、おもしろくもなさげに息を吐いた。

「つまらん、推理もクソもないな」

「そりゃ、推理は警察の仕事ですからね」
 透かした空き瓶の中では、ビー玉がころころと輝いていた。


BackstageDrifters.