「血まみれ人形とは大層な銘だな」
タカ・セイビナ(46)
黒褐色の肌に剃り込みハゲのパンチパーマ。
掘りの深い顔に鋭い眼光、大工のように自然と鍛え上がった体躯。
これで墓守協会の長(しかもインテリ) だと言うのだから世の中は分からない。
「ちゃんと手は合わせただろうな」
「警察ですから手は合わせませんよ」
警察はすべからく賢勇界に所属している。
故に墓前への挨拶儀礼としては敬礼が正しい。
「そういう意味では言っておらん」
「礼は欠いていませんよ。それと、こっちも別に人形自体が本当にそう言う名前と言うわけじゃないんです」
タツマは、頭の上がらない口調でそう言い返す。
「モノ自体は、奇妙な模様がありますがただの木製人形でして、それがこう、」
と、手を上げるが、どう表現すればいいのか思いつかずに額の汗を拭く。
「とにかく血まみれになってしまいまして」
「その鍵を探せと来たか」
「ええ、別の税関局員――こいつは倉庫に施錠して先に帰ったんですけど、ああっと鍵は内側からは開けることも閉めることも出来ないそうです。
なんでそれなのに鍵を掛けたかというと、鍵を定時に返す必要があったからだそうです。
で、そのハーシィは施錠と解錠の魔術が使えたからだそうで、鍵を締めて帰らせたのはハーシィの指示だったそうです。侵入者対策ですね。
施錠はともかく解錠は資格のいる魔術で事後報告書とか必要で面倒なんですけど、ハーシィはその部分は了承したそうです。
で、ここからが本題で、そいつ、ええとハーシィじゃない方の税関局員が見たそうなんですけど、どこかの遺跡周辺の村で購入したとか言う木製の人形、それが倉庫の真ん中に、でん、とマネキンみたいに立っていまして、そいつが首からこう」
首にネックレスをかけるように手を動かす。
今度は表現できた。
「紐で括って下げていたそうです、木製人形と同じ模様の金製の鍵を」
「相変わらず敬語の会話が整然としやんな、お前は」
...わかってはいるのだが。
一応、読解は出来たらしくタカサンは渋い顔でううむと唸る。
「金の鍵と木製人形の一対か。嫌な組み合わせだ。北海の品か」
「よくご存知で」
「北の群島には大陸から追われた魔王崇拝主義が今も栄えているらしい」
「魔王崇拝ですか」
「その遺跡を餌場にしている盗掘団がいると耳にしたがな」
「...よくご存知で」
タカさんは墓守長と言う職業柄、様々な宗教・思想・文化――そして情勢に詳しい。
タツマもそういう面で世話になることがあるわけで、
(にしても、魔王崇拝で盗掘団――ねぇ)
「しかしお前さん、そんな話をわしにしていいのか? 警察資料なんだろ?」
そう訊かれてタツマは、
「っても、これはメイの依頼ですからねぇ...いいのか?」
と、後ろを振り返る。
「へ、は...へふにはまわないと、思いまふぅ」
タツマとタカさんの少し後ろには、息を切らし汗を浮かべたメイがふらふらと歩いていた。
「って、えらいバテバテだな」
「じ、持久りょふには自ひんがあるのでふが」
暑さにやられたか。森暮らしが長かったメイには夏の直射日光はきついのだろう。
「そういや、陽の光が苦手とか言ってたなぁ」
「もぐらやあるまいに」
そうこう言ってる間にも、熱射病で倒れそうになっているメイ。
「...途中でジュースとかアイス売ってませんか。ババヘラとか」
「あるかそんなもん」
吐き捨てるように行って、タカさんは足を進める。
「ここ向こう行ったら茶店(ちゃみせ)がある」
茶店はあるのか。
メイとタツマがこうしてタカさんの案内で共同墓地を歩くのも、既に7回目だった。
何故案内が必要かと言うと、地図だけでは確実に迷うからだ。
街の真ん中に位置する共同墓地は、年々同心円状に広がっており、今やその規模は街の10分の1にまで達していると言う。
共同墓地は広大で、しかも入り組んでいる。
多様の宗教と、多様な歴史と、オークノート市民の価値観がそうさせたのであるが、それはまあ別の話だ。
まるで迷路のようだとはオークノートを訪れる観光客大半の言葉だが、オークノート市民がそれを聞けば「馬鹿言うな、迷路が墓場みたいなんじゃないか」 と言い返すことだろう。
オークノートの辞書では、墓場とは最も入り組んだ迷路の比喩として載っている。
「ちゃ、ひゃみへはどこでひょうは...」
「...いかんな、脳までとろけかけているぞ」
タカさんは手ぬぐいで汗を拭って、快晴の空をふり仰いだ。
遠くではセミの音が大量に鳴っている。
「帽子ぐらい買っておくべきだった――でしたね」
BackstageDrifters.