「一昨日未明、ミナミの保税倉庫にて税関局員が殺害された」
「ほ...ぜいかん?」
小首を傾げるメイ。
「税関ってのは物の輸出入を取り締まって関税を賦課・徴収するところ。
保税倉庫は外国の貨物を関税の徴収を保留したまま蔵置しておく場所だ」
「...はぁ」
更に小首を傾げるので、ため息をついてタツマは、
「あとで説明してやる」
と腰を落として、耳打ちをする。
「あっはっは。仲が良いな、お二人さん」
警部であり同期であり幼なじみでもあり強犯課の上司のルイス・ヴァインは、そんな二人を微笑ましそうに眺めている。
タツマは思わず、デスクを蹴飛ばそうとしたが、逆にめんどくさいことになりそうなので話を進めることにした。
「殺害は確定なのか?」
「ああ、刃渡り20センチ以上の刃物らしきもので腹部を刺されている、凶器は見つかっていない」
と、新しい厚紙に綴じられたファイルを手渡す。
黄色のファイルに綴じられた資料をパラパラと捲っていくと、3ページ目で死体の写真が貼られていた。
至って普通の死体だ。血溜まりの中にうつぶせているので傷口は見えない。
次のページを捲ると、それを簡易に線画化したものと、人体図に損傷箇所を赤斜線で塗りつぶしたもの(こちらは前後ろ二つ) が添付されていた。
写真のイラストはカラー写真が未だに劣化が激しいための措置なのだが、死体の生写真を見るのに抵抗のある人間にとってはそれ以上の役割もある。
メイが手を伸ばしてきた。
反射的にファイルを上へ上げる。
「タツマ、見せてやれ」
「あの、大丈夫ですから。慣れてますし」
「...そうだったな」
彼女は、自分よりも死体を見てきているのだ。
「すまん、俺が慣れてなかった」
ファイルを手渡し、ルイスを見やる。
「右の手首がないようだったが」
「ああ、事件現場、その周囲からも見つかっていない。それらしい血痕もな」
資料を渡したルイスは、既に別の書類を片付けにかかっている。
ファイルの色みから察するに盗掘団に関する案件のようだが。
「倉庫には内側から鍵がかかっていた。他に出口はない」
「その通り、俗に言う密室だな」
「言わんでいい。鍵は?」
「見つかっていない。そこが問題なんだ」
「問題」
怪訝な顔をする。
「合い鍵は?」
「合い鍵?」
ルイスも似たような顔をした。
「...ああ、"そっち"の鍵か。事故当時は、全部管理されていて手のつけようもなかったそうだぞ」
"そっち"はともかく、ずいぶんと適当な物言いなのが気にかかる。
どうやら、倉庫の鍵はあまり関係ないらしい。
思い至ることがあったので、メイからファイルを取り戻し、ページを捲る。
半ば奪い取るようではあったが、特に身を入れて見てはなかったらしく、文句は言われなかった。
「魔術の使用記録があったんだな」
「察しが良くて助かる」
捲っていくと、右肩に魔法著作権協会とかかれたプリントアウトに行き当たる。
魔術は犯罪には向かない。“空”に記録が残るからだ。
機械的に書かれたシートには、住所と、
「事件当時発生した魔術は二つ。<施錠>と<解錠>がそれぞれ一回ずつだ」
そこで使用された二つの魔術の記録。
それぞれが、文字通りの効果を発揮する魔術ではあるが、
「ばかばかしい、密室でもなんでもないじゃないか」
「俗にと言ったろうが」
小難しい顔の、ルイス。もっとも、その顔は書類を向いたままだが。
「施錠はともかく、解錠は資格が要ったよな」
解錠呪文は犯罪に使用されやすいため、魔法著作権協会が厳重に管理している。
使用に特定の資格・権限がいるのはもちろん、一回でも使用が確認されれば、その使用者に何に使ったのかの報告書を書かせるぐらいに。
「ああ。ちなみに、使用した人物は有資格者で、その点は問題がない」
「話が見えん」
魔術の使用者は殺された被害者本人だった。
つまり、解錠・施錠者が犯人ではない。
この時点で密室はまた密室に戻ったわけなのだが、
「見えなくてかまわないんだよ。そこはどうでも良いんだ」
まあ、それはそうか。
ただの密室殺人事件程度では、彼女が呼ばれる理由がないのだから。
書類を一通りチェックして、ルイスは万年筆のキャップを外してサインを描く。
「君たちに依頼したいのは他でもない」
「はい」 と、応えて居住まいを正すメイと、
「たち、じゃねぇ」 ぼやくタツマ。
ルイスは微笑ましくそれを見てから、書類を180度反転してそれをつきだした。
「被害者の税関局員、ハーシィ・ハートゲイトを甦生し、失った"右手首"及び"杖"と"血まみれ人形の鍵"の回収につながる情報を聴取してもらいたい」
ああ、あと、とルイスは付け足した。
「ついでに"凶器"もだ」
BackstageDrifters.