CASE6「屍骸術師と密室の鍵」


 がつがつと最高級デラックス特選炭火焼きミラクル天ぷら丼定食〜そして伝説へ〜を食べる幽霊を眺めながら、
 タツマはパイポをしがみ息を吸い、ため息じみた息を吐いた。

「なるほど、こんな味だったのか。こりゃうめえわ」

 男は本当に上手そうにその天丼定食(味噌汁と漬け物付き)を食べている。

「美味いならもっと味わって食え」

「ゆっくり味わってなんていたら味なんてわからないじゃん」

 ...言いたいことは解らないでもないが。
 ハーシィ・ハートゲイト(享年25際)。彼が甦り、メイに協力するための条件。それは非常に明確だった。

 時価・要予約・一年待ち。
 オークノートでは割と有名な伝説の「天丼定食」 を一度でいいから食べたかった。

 まあ、それ自体はタツマでも納得できる遺恨だが、

「にしても、毎回こんなめんどくさいことやってるのか」

「今回は難易度が高かったですね」
 隣で折りたたみ椅子に座っているメイが、かた耳で答えた。
「一番の問題は、私もハーシィさんも最高級デラックス特選炭火焼きミラクル天ぷら丼定食〜そして伝説へ〜を見たことが無いと言うことでした。
 以前も申しましたとおり、屍骸甦生術は死者の持つ後悔・遺恨を生存本能、魂のエネルギーとして甦生します。そのため、術師はその遺恨を晴らすことを公約する必要があります」

 つまりそれは、誰かに遺言を伝えたり、残された家族の将来を補償することであったり、ベッドの下に隠したエロ本を黙って焼却することであったり、一生に一度でいいからアレを食べたかったというような願いを叶えることであったりする。

「最後にアレが食べたかった。と言う遺恨自体はそう珍しくない部類の願いに入ります。その場合屍骸術師は死者に対してそれを食べたという幻を見せることで契約を果たしますが」

 つまり、今やっているこれである。

 現在メイのネクロマンシーで甦っているハーシィは、無体甦生――つまり幽霊の状態である。
 正確にはメイとタツマの見る幻影として甦っているらしいが、まあそれはどうでもよい。
 ともかく、その幻覚に対してさらに天丼定食の幻覚を見せ食べさせていると言うわけだ。
 お互い幻覚同士と言うわけではないが、ハーシィからすれば幻覚でも錯覚でもなく、ちゃんと本物を食べていることになっているらしい。

「いかにネクロマンサーと言え、情報にないものは創り出すことは出来ません。
死者が一度でも食べたことがあるのであれば、その記憶を元に再生は可能ですが...」

 つまり、「あのとき食べた天丼定食をもう一度」 と言う願いならかなえられるわけだが。最初にメイが言ったとおり、術者も死体も知らない、見たことがない物の幻は造ることが出来ないと言うわけだ。

 そのため、今回の契約の履行には、術者であるメイが現物――最高級デラックス特選炭火焼きミラクル天ぷら丼定食〜そして伝説へ〜を情報解析する必要があったわけで。

 金もともかく一年も待っているわけにも行かず、あんな方法をとったが...

「まぁ、それでも店で売っているものだからマシな方か」

 まだ、世界の海をマッハ8で泳ぐという伝説のキングホワイトホエールを食べてみたかったなんて遺恨じゃなくてよかったと喜ぶべきだろう。

「そういえば、あの客さん泣いていましたね。別に食べられなかったわけではないのですけど」

「あ〜そうだな」 と微妙に声を上げるタツマ。

 きょとんとするメイには解らないだろうが...ああいうのは気分なのだ。
 一応、店主自らが厳選した素材と、最高級のの手間と料理技術が掛けられているらしいが、結局のところ、一年待って高い金を払わなければ食べられないというレアリティがその天丼定食を美味くしているのである。
 だから、その気分に一度でもケチが付くというのは実際、致命的なのだ。

 当のハーシィは今回の件でこちらが被った面倒を全く知らずに美味しそうに天丼定食をがつがつと食べている。

「なぁ、俺らもあんな感じに食べることは出来ないのか?」

「出来ない事もないですが、おばあちゃんは"みじめになるからやめとけ" と言っていましたね」

 ...まあ、そういうモノなのだろう。
 タツマは最高級デラックス特選炭火焼きミラクル天ぷら丼定食〜そして伝説へ〜を美味そうに頬張る幽霊を眺めて、再度パイポをしがんだ。

「うめぇ〜〜ふぅ〜〜!」 奇声を上げる幽霊。「生きてて良かったーー!!」

 死んどる。

「喜んでいただいて幸いです。実のところ、少々不安でした」

 メイは、スタンドしている杖をくるくると回してそんなことを言った。

「不安?」

「ええ、」
 うなづいて、それからメイは小首を傾げながら、
「厳選された素材と言う割には成分と成分の比率がスーパーで売っている食材と大差がなかったものですから...微量ですが何故か重曹も検出されましたし」

――ちなみに重曹は天ぷらをさっくり揚げる家庭のウラ技によく使われている。
 タツマはパイポをしがんで息を吸った。

「...厳選したんじゃないか? スーパーで」

「あ、なるほど」

 パンと手を叩いて得心するメイをよそに、ため息じみた息を吐く。
 あとで誰にも言わないように釘を刺しておくべきだろう。

 サラリーマン達の夢を潰してはいけない。


BackstageDrifters.