「ミートカーソル・オン!」
言うがいなや、ナエさんの斜め正面、膝から胸にかけてに長方形のラインが浮かび上がる。
キキキキキキキキィ――
ガラスが高速に研磨されるような叫声が響いた。
「見えた! 撲殺――プリズム打法!!」
咆哮のままに、ナエさんは空中に浮かぶストライクゾーンに神速のスウィングを叩き込む。
白い閃光が生まれ、爆ぜた。
次の瞬間、閃光が白球の形へと収束し高速で叩き出された。
ピッチャー強襲のライナー・ドライブ。
白の球は、空中でまさにプリズムのごとく七色の球に分割する。
そのそれぞれが、あらゆる方向から、
――コートを被ったまま立ち上がった人形に突き刺さる。
燃えた、凍った、たぶん痺れた、爆発が起こり、空間が歪み、カマイタチがコートをずたずたに破く。
その度に人形は弾けたり跳ねたり踊ったりしたが、最後に紫色の波動がみよんみよんと放たれたときだけは何のダメージもなかった。
「ち、さすがに精神干渉波は効かねえか」
毒づくナエさん。
金属バットを再び構えて、また同じ打法(?) を繰り返す。
相手がまだ動けるかとかそう言うのは確かめないらしい。
「コート弁償してくださいよ...」
「経費で落とせ」
落ちるかなあ。
あのコートもかなりじょうぶなほうだが、さすがに燃やされ切り刻まれては耐えられるはずもない。
「盗掘団やっつけたのもそれですか」
「おうよ。テロ殲滅武器マイナス5号「ブライアント君」 だ」
「...とりあえず、7号から6号までの間に何があったのか知りたい」
「特徴としては、テロを殲滅した後に高校野球にも出ることが可能だという」
「高野連が許しませんよ、んなモン。というか、あ〜」
タツマはコートに別れを告げながら、メイに向き直った。
「ゆっくりでいいから、無理しないでいいぞ」
「はい」 とメイは、術に集中していてそれどころではなさそうではあったが、額に汗を流してそう答えた。
「<施錠>」
淡く光る杖の先端(地面に付く方) が、もはやピクリとも動かない人形の胸を叩く。
音を立てて何かが巻かれる音。
人形の口が開いてぽっかりと空洞を見せる。
体中のトゲや爪が引っ込み、最後に腹の刃が腹に収ま...ろうとして、収納部のどこかが歪んでしまったのか、ガッと音を立てて戻らない。
「これ、やり過ぎなんじゃないですかナエさん...」
人形は、もはや原形をとどめていなかった。
腕はちぎれ足は奇妙な方向にねじ曲がり、木製の皮膚は裂けて中からケーブルやら回路っぽいのが見えている。
マネキンがマンションの屋上から飛び降り自殺でもしたら、こんな風になるのではなかろうかとそんなことを考える。
「しかたなかろう」
ナエさんは、バットを肩にふんと鼻息をたてた。
「油断したら、不意打ちで死んでしまうパターンだぞ。お前が」
「おれ確定ですか」
「魔女っ娘。疲れてるところ非常に申し訳ないが、最後の術を頼む」
無視してナエさんは蒼い瞳の魔術士にそう頼んだ。
「...はい」 メイは少しだけ自分の調子を探るように目を閉じて、頷いた。
呪文が流れる。
「模倣素体。その本来は、対魔獣用に造られた戦闘兵器だ。
"鍵を持つ者"の遺伝子を採集し、それを模倣して人造の兵士を作り上げる、戦闘用"ゴーレム"
――ジーン・オブザーブド・ラーニング・マテリアル=マヌカン...」
ナエさんは、人形を蹴飛ばして転がした。
「こいつは、それの習作。そして...劣悪な出来損ないだ。
ロクに遺伝子も真似られず、ただ肉を喰らい、それをエネルギーに暴れるだけの、デストラップ...」
人形の背中がむき出しになる。
「ここだ、頼んだ。」
その肩胛骨の真ん中に、メイは杖を置いた。
「――<解錠>」
ガコ――と、その音だけが鳴った。
いや、よく見ると背中に長方形のスリットが生まれている。
メイが、そのスリットを杖の先で下にずらした。
生まれた空洞には。
赤黒い血のこびりついた金色の鍵と、
時間が経って肉が腐り骨が剥き出しになった手首と、
その人さし指に嵌められた白銀の指輪――
メイは、最後の気力を振り絞り、杖でとん、と地面とこづいた。
彼女の身体を覆う蒼い粒子が、発散して霧散する。
「...以上で今回の依頼を終了いたします」
そう言って微笑んで、それからようやくふらりと倒れ込んだ。
BackstageDrifters.