埠頭。
消波ブロックの上で潮風に白衣をはためかせるナエさん。
遠くから聞こえる汽笛の音、そろそろ明るさを増してきた灯台の光が時に港を照らす。
「悲しい事件だったな...」
「べつにそうでもなかったような」
叙情的な歌謡曲が流れてきそうな雰囲気で呟くナエさんに、おもわず口を挟むタツマ。
なにゆえこんなところで、そんな雰囲気に浸っているかというと、倉庫の方は盗掘団を捕まえに来た警察の応援でごった返しているからである。
後々、事情聴取は必要ではあるが今はそれどころではなかった。
「いいから、そう言うことにしとけ」
「そうは言われましても」
所詮、この話は間の抜けた事故だ。
成果と言えば、盗掘団が暴行未遂で逮捕されただけ。
上手くいけば殺人の容疑も追加されるのだろうが、
「結局貧乏くじを引いたのは、ハーシィなんでしょうね」
人形と鍵を、あるいは口の鍵穴を見つけなければ、忌まわしいデストラップに引っかかることもなかったであろうに。
「腕が噛みちぎられてもなお"施錠"をしたプロ根性は認めたいがな」
どの辺がプロ根性に当たるのかがよくわからないが...
本人は「いやもう無我夢中でさぁ。頭パニクってとにかく口から手を取りもどさなきゃとかしか思ってなかったんだよなあ。もうちぎれてるっつーのに」 と言っていたか。まあ、名誉のために黙っておこう。
どうにも死後でも会話をしているせいか、いまいち神妙になれないな。
海を向いたまま、ナエさんは「まあ、そうだな」 と呟いた。
「ウチら技術者にしてみれば自業自得なんだがな、
未知に挑むのも、術を会得するのも含めて――」
それを求めても仕方あるまい。言外にそう含んでこちらを向く。
「人間、鍵が在れば試さずにはいられない。ウチとて同じだ。
だが、あの鍵は壊れて...いや壊されていた」
金製の鍵は、櫛が一本折られヤスリがかけられていた。明らかに人為的な細工だった。
「遺跡の保管者か、バイヤーか、はたまた盗掘団か。
誰かが未完成な装置の暴走をおそれ、意図的に壊したのだろう。
そうすれば、あの殺人装置は動かない。タダの美術品だった。
しかし双方に運の悪いことに、彼氏は魔術で鍵を無理矢理開ける方法を知っていた」
そして、ハーシィは鍵穴に鍵を詰めたまま、
――その鍵を抜いて手に握り――、
腹を刺され、嵌めていた指輪型の"杖"を起動させ、手首と杖と鍵を噛みちぎられ、飲み込まれた。
「なまじ鍵を開ける手段を知っていたため、迷わずにそれを選択した。
――人間、手段(かぎ)が在れば試さずにはいられない」
波音と潮風が耳朶を打つが、ナエさんの声は不思議とよく聞こえた。
「だから結局、彼氏に人殺しのスイッチを押させたのは、本来あり得ないはずの鍵を開ける手段、不可能を可能にする力――魔術だ」
そして科学もな、と呟いて、ナエさんは消波ブロックを跳んでタツマの側による。
「だがなタツ。不可能と言うことには、不可能で在るなりの意味が存在するんだよ。鍵が壊れていたのにも意味があったのと同じく、な」
タツマの背中を少し眺めて、歩き出す。
「ゆめゆめ、気をつけんといかんぞ...お互いにな」
背中越しにそう聞こえた。
ナエさんの足は灯の多い倉庫へと向かっていた。
そろそろ、警察の逮捕劇も一段落付いてる頃合いだ。
「...そうですね」
タツマもそれに習って歩き出す。
無理が通れば、道理が引っ込む。
道理が引っ込めば、危険が舞い込む。
タツマの肩で寝息を立てている少女は、果たしてそれに気づいているのだろうか。
夜に近づく風がどんどんと背中以外の体温を奪う。
震えが起きそうだった。
「とりあえず、コートを新調しないとなあ、」
と、タツマは考えるのを止めて、ため息をついた。
続く。
翌日、タツマはメイに南国の花飾りの乗った麦わら帽子を買い与えた。
メイは、飛び上がらんばかりに喜んで礼を言っていたが、署の経費で買った物である。
正直にそれを言おうと思ったのだが、ルイス含めナエさんタカさん、果てはヒュリィにまで止められたので黙っておくことにした。
知らぬが花、ということなのだろう。何が花なのかは判らないが。
ちなみに、コートの新調費は経費では降りず、給料から少しずつ天引きされることになった。
世の中、何かがおかしい。
BackstageDrifters.