なみはや荘の食事は当番制なのだが、なんやかやで自分が作ることが多い。
メイの料理は食えないというわけでもないが、時間が掛かる上に老人が食べるような薬膳ばかり。他の住人に至ってはまともな料理が作れない。
「例えば、密室殺人だとかそういうアホみたいなものだったら、犯人を捕まえてから自供させればいいかもしれん。
だが、アリバイのある人間は、それを崩さないとどうにもならない」
「はあ、そんなものですか」
「事情聴取も限界がある。証拠も無いのに尋問したら、それこそ冤罪沙汰だ」
キッチンに立ち、鉄なべに火をかけながら答える。
卵を割り、器に入れる。からざを取り出し、手早く切るように箸で混ぜる。
部外秘のはずの捜査資料を公然とテーブルに開きながらメイは、自分の卵を溶く手つきをなにが面白いのか興味深げに眺めている。ふと、なにかに気付いたように
「でも、確か以前のとき……」
「ああ」はじめの事件のことだ。「あれは特殊だ。あの爺さんが権力振りかざしたからできた離れ業だよ」
それに結局、あのときの犯人は自供で落ちたのである。さらに言えば彼を自供におとしめたのは警察ではない。あの大権力者である爺さんの「どちらにせよ一族はお前を見限った」という一言である。
どれだけ警察に冤罪を主張できようと一族の自分の立つ場所が無いと断言されて、あえなく彼は絶望したというわけであった。
「あれは “わしの占いでこいつが犯人と出たからこいつを調べろ”って言ったと同じなんだ。それに頷いて調べざるを得なかったのが警察だったんだ」
「屍骸術は占いではありません」
「証拠にならないという点では、似たようなもんだ」
過ぎた技術は魔術と同じというが。実際に彼女の魔術はその実、すぎた技術のオンパレードなのである。彼女の技術をすんなりと世間と法が認めるには、さらに数百年の月日を有するだろう。
コンロ越しに頬をふくらませて睨むメイには悪いが、現場に居合わせた警官ですら何かの奇術だと思っていたらしい。
「まあ、それでもあらかじめ犯人がわかっているというのは恐ろしく便利なんだが……」
溶いた卵を鉄の匂いを消すためにレモンを振ってから油を引いたフライパンに流し込む。
「だが?」
「あのおっさん嘘ついてたりしないよな?」
がははと笑っていた恰幅のいいおっさんを思い出す。殺されるぐらい恨まれていた人間にしてはずいぶん豪快なおっさんであった。
「死者は嘘ついたりしませんよ」
「ふうん……」
まあ、誤情報に踊らされていたとしてもそれは自分ひとりだけの話だ。徹底的に信じてかかるのが利口だろう。
手際よく卵をひっくり返ししていると、「ですが」と呟きが聞こえた。
「あくまで死者と会話するだけですから、記憶違いというのはあります」
「記憶違いね……なるほど」
「記憶は生前の死体の記憶でしかありませんから...例えばその人が人違いをしていたり、時間を勘違いしていたりする場合は当然あります」
つまりそこら辺は普通の目撃情報と変わらないわけか。
それだと、もし相手が覆面をしていれば当然犯人は解らない。後ろから刺されても遠距離から射撃を受けても同様だろう。
被害者が生き返るとなると事件解決など朝飯前にも思えるが、意外と万能というわけではないらしい。
柔らかさを残したままくるみ上げたプレーンオムレツが出来上がる。フライパンに皿をあてがい、天地を逆にして皿に載せる。皿に盛り付けたオムレツのバランスを整えてから中心に切れ目を入れた。
ふわっと、中から固まりきっていない卵の層が湯気と供に姿を現す。
「凄い……」ぱちぱちぱち。
「そりゃどうも」
手をたたいて驚かれるが、どうにもむずがゆい。
BackstageDrifters.