「飛び込み台の幽霊?」
それは、真昼のことだった。
ヒュアリィ・アヴェル――タツマの妹。
昼から、彼女がこの下宿寮「なみはや」 に来ているのは、彼女が受験生で高校の授業が昼までしかないからである。
受験戦争、等というばかげた物がオークノートというよりこの国にはある。
タツマもご多分に漏れず、当時は死にものぐるいだったものだが、まあそれはさておき、受験生の我が妹は、叔母の家じゃ小学生の姉弟の喧嘩がうるさくて集中できないと言う理由と、一応はエリート官僚であるタツマに勉強を見てもらうため、と言う理由でなみはやにやってくる。
まあ、それもさておき。
「うん、出るらしいのよ。夜のプールに。そんで、飛び込む水音に気づいてプールサイドに近づいた生徒を引きずり込んで溺死させるの」
コーヒーをかき混ぜながら、ヒュアリィ。下宿のキッチンは共用だが、今はタツマと彼女しかいない。
ちなみにタツマは非番である。
「なんだ、新しい創作か? お前もこりんなぁ」
呆れた様子で、タツマはぼやく。
「な、なによ兄キ。まるでわたしがあること無いこと噂にして広めたみたいな言い方じゃないの」
「中学の時、給食のハンバーガーにネコの肉が使われてるとかうそぶいて、危うく騒乱罪になりそうなこともあったな」
あのときはルイスが何とかして火消しに回り。保護者であったタツマ(当時巡査) が教師にこってりと絞られたものだったが。
「そういや、あの頃から付き合うようになったのか...」
「お〜い。あたしをほっとかないでよ」
懐かしむように、昔を思い出すタツマにツッコミを入れるヒュリィ(タツマ及び親しい人間はこう呼ぶ)。
「しかしな、学校の怪談なんて俺には関係ないしなぁ。青春ならよそでやってくれよ」
コーヒーを飲んで、そんなことをぼやく。
「あら、メイちゃんなら関係あるんじゃないの。あの子、今中学生ぐらいでしょ?」
「魔術士資格まで持っている天才児に中学もなにもないだろう」
「え、じゃあメイちゃんって学校行ってないの?」
「受験生のお前より、よっぽど頭が良いけどな」
角砂糖が飛んできた。
ついでに今、彼女は墓守協会に依頼を受けたとかで、仕事に出かけている。
「もったいないなぁ。別に勉強だけが学校じゃないのに」
「金だけが仕事でもないけどな。...あ〜っと、何の話してたんだっけな」
「怪談の話」
「それもどうでもいいなあ」
「なら兄キが何か話してよ」
ふてた様子でにコーヒーをかき混ぜる。
それこそどうでもいい。
「まあいいや、怪談の話しろ、ヒュリィ」
「...またそれだ。たまには自分で話題振ろうよぉ」
「俺の話はつまらないからいいって。いいから、続けろ。俺がつまらない分、他の誰かが周りをにぎやかしてくれなきゃ困る」
「ん〜っても」
人さし指を細いアゴに当てて、天井を見るように考え込む。
「わたしもその幽霊が昔水泳部のエースで、当時に番手だった水泳部員に溺死させられたってぐらいしかしらないし」
「それだけ知ってれば十分な気もするが」
「あとは、他の学校でも知ってる子がいっぱいいたってことかな」
「他の学校でも?」
「うん、なんか一気に広がった感じ。内容も登場人物も結末もほとんど同じ。雑誌にも載ってたけど。どうも、うちの学校がオリジナルじゃないっぽいのよねぇ。つまらないことに」
そこはつまっとけ。
怪談の元ネタが母校だなんて、不名誉も良いところだと思うのだが...
鈴が鳴った。
入り口扉が開いた音なのだが、この音を聞くたび喫茶店を連想してしまう。
「ただいま帰りました」
「おかえり〜メイちゃん」
メイはうひゃあ髪の毛が熱いです、とかそんなことを呟いてスリッパを履く。
「こんにちは、ヒュアリィさん」
「うん、こんにちは。お仕事上手くいった?」
ヒュリィはメイの仕事の内容を詳しくは知らない。
と言うか、知ろうとはしない。
「はい、順調です」 さておき、メイはパタパタとキッチンに入る。
ヒュリィがコップに水を注ぎ、メイがそれを受け取ってこくこくと飲む。
そんな一連の流れのあと、
「あの、タツマさん。今日お暇でしょうか?」
そんなことを聞いてきて、
「お、デート?」
と、ヒュリィが合いの手を入れるのもまあ、一連の流れではあった。
BackstageDrifters.