「もともと、父は酒に強い人ではないのです」

 聞くと話に聴取になるのは、刑事の性だろうか。
 休み時間の誰もいないプールサイドを見下ろすようにして、会話は続く。

「なのにあの借金取りに無理矢理飲まされて....」

 事故直前、ヤナシは借金取りと接待をしていた。
 無理矢理飲まされたのは事実だが、毎度のことでもあったらしい。
 そのこともあって、借金取りは今のところ彼女に無理な督促をすることを控えているらしいが。

「...どんな理由であっても飲むほうが悪いに決まっていますけど」

 先ほどから気になってはいたが、彼女は自分の父のことなのに、まったく弁護しようとしない。

「...こういう立場だから一応言っておくが、飲ます方にも問題がある。土地柄そういう意識が無いのが問題だがな」

 オークノートの住民は大半が酒に強く、故に下戸の肩身は極端に狭い。酒の強さは遺伝するというが、オークノートはどうにも酒飲みの遺伝子が濃いらしい。
 実際、酒に弱い人間は人口の一割にも満たない。

「わかっています...でも、だからこそ、人よりも責任を持って断るべきだったのです。その結果、こうなったのですから」

 おどおどとした喋り方にもかかわらず、断固とした意見だった。
 資料ではシーダンの家系は国教に属しているとあったか。
 国教では飲酒は自己責任であり、アルコールに弱いなら酒の誘いは断るのが礼儀だとされている。彼女もどうやらその教えを信望しているらしい。
 正義感が強いのだろう。必要以上とも思えるが。

「王道の教えとはいえなかなか断れるものでもないだろう。オークノートは国教の色薄いし、酒の席で親睦を深めるようなところがあるし」

 酒に強い人間は、酒に弱いということがどういうことか想像できない。
 そういう人間は盃を断ると、ただ単に「はめを外すのが恥ずかしい」 としか受け取らず、腹を割って話せないとは何事だと憤慨し、いいから今日ぐらいは飲めと強要する。

――その危険性を知らないまま。

「それより問題なのは、泥酔状態とはいえなぜ夜中に飛び込み台の上から飛び込もうと思ったか何だが...」

「...私もあとから聞いたのですが――その夜、プールから水の音がしたそうです。誰もいない飛び込み台でプールに飛び込んだような激しい水音が、何回も」

 聞いたことがある。その話は、

「まるで、」
 ナガノは言葉を切り、溜めて、小声でボソリとつぶやいた。
「まるで、あの飛び込み台の幽霊みたいに....」


BackstageDrifters.