「事故でいい」 とは墓守協会の長、タカさんの言葉だった。

 甦生で得た結果をメイが伝えたときの台詞である。

「事故か殺人です」 と、これはメイ。

「で、自殺かもしれないだって? なんだそら」

 飛び込み台を見上げて、タツマは誰ともなしにぼやく。
 屋根付き(壁はない) の水泳場には今のところ誰もいない。昼休みだから当然と言えば当然ではある。

 ノートン商には水泳部とスイミングサークルが存在する。前者が競技水泳を主にしているのなら、後者は是非もなくレクリエーション、お遊びの為の部だ。
 特に水泳が盛んな高校だということではなく、むしろ南に海を臨むオークノートはどこでも水泳が盛んなので、大抵の高校がこうして競技と趣味の部活を分けて運営しているのだ。

 東の王都でも、タツマの在学していた警察学校がやはり全警連(全国警察学校連合) 優勝を目指す野球部と、趣味で野試合ばっかりしている草野球部に分かれていたが、あれと同じである。ちなみにタツマは草野球部に所属していた。さらにちなみにどうでもいい話、その警察学校は草野球部の方がなぜか強かった。

 さて、

 この4段もある飛び込み台専用のプールも、隣の10レーンに渡る50mプールも、高校の設備としては割りとメジャーな方なのだが、
 ヤナシ・ウェルストン(48:非常勤講師) はこの飛び込み台の4段目、10mの高さから泥酔状態で飛び降りて、おぼれて水死した。らしい。

 タカさん曰く「事故」 メイ曰く「でも本当は他殺」

 他殺と来れば俺の分野だ。完全に傍観者を気取っていたが、そうもいかないというところだろうか。
 推理小説じゃないんだから、手っ取り早く教えてくれてもよさそうなものだが、メイは何故か真相を語ることをためらっていた。

「少々調べてきます。ナガノさんにお会いしたら引き止めておいてください」

 ナガノ・ウェルストン(17:ノートン商業高校生)。ヤナシの一人娘。
 彼女の母親、つまりヤナシの妻は彼女の幼いうちに離婚して行方知らずだとか。

 もし事件が殺人だと言うのなら、一番怪しいのが保険金を相続した彼女だ。

 と言うのも、ヤナシは相当額の借金を抱え、その返済に首が回らない状態だったからだ。あくどい金貸しに手酷くやられ、方々からかなりきつい取立てを食らっていたらしい。べたな話だが、その返済に娘まで引き合いに出されたとか何とか。

 ノートン商の事務所には、ナガノにこの水泳場に来る様にと呼び出しを頼んでおいた。公用ではないのだが刑事であることを語ると、一発で了解を得ることができた。

 ところが、呼び出すように頼んだメイがどこかへと消え去っている。
 一体どうすればいいと言うのだ。

「あの...」

「ん?」 と、振り向けば見るからに純朴そうな女生徒が立っていた。

「その、こちら...水泳場でいいんですよね」

「いや、君の方がよく知ってるだろ」

「い、いいえ、そういう意味じゃなくて、そのあの、さっき放送が放送されてて、その」

 と、手を握り指をせわしなく動かして喋る碧髪のロングの少女。
 こんがり焼けた肌に、鼻の周りにそばかすを散らせた彼女が多分ナガノ・ウェルストンなのだろう。
 なんというか非常に気が弱そうな人間だ。虫ぐらいは殺せそうだが、ネズミは殺せなさそうだ。

 とても人を殺せまい、と、疑って何ぼの刑事でさえ思ってしまった。


BackstageDrifters.