まるで、夜に落ちる雨粒みたいに突然で、
ふいと明かりに照らされた瞬間に、頬を叩くかのような。
「どうかしてるわ、あんた達」
「達」
「複数形ですね」
ややあって、ぞるるるると、蕎麦をすする音。
学食の蕎麦がよほど気に入った(安さを)らしく、メイは夕食代わりに食べて帰ると駄々をこねた。
正直とっとと帰りたかったタツマだったが、「帰りに奢ってやる」 の一言が出ず(ケチだから)に、結局それを了承した。
蕎麦を食べるメイに、パイプを吹かすタツマ。
そんなテーブルに――どこで聞きつけたのか、イタラがずかずかと歩き寄り、ひとこともの申したという次第だ。
イタラはこめかみに青筋を立てて、蕎麦をすするメイを睨んでいる。
「あ、あんた達結局何しに来たのよ」
「達」
「ふふひゅーへーへふへ」
「食べるか喋るかどっちかにしなさい!!」
15分が経過した。
することがないタツマが時計の針を追っていたのだ。
15分でメイが蕎麦を食べ終えたかというとそうではなく、
「ああもう、食べるのは後にして喋りなさい!!」
業を煮やしたイタラが、前言を撤回しただけだった。
「遺言です」
きっちり覚えていたメイが、言うだけを言った。
「遺言? あんなの見せといて、更に何を聞かせるって言うのよ」
と聞いたが、よく見るとメイは再び蕎麦を食べていた。
もぐもぐと噛んで、噛み止む気配がない。
「...あんなのと言うのは」
時間がかかりそうなので、タツマが言葉を受けた。
パイプをくゆらせて、器用に訪ねる。
「ヤナシが自殺しようとして、失敗して、娘を見つけて、プールに飛び込んだことか」
突然予想外に聞かれたイタラは、言い淀んで答えない。
「それとも、娘に見つかりたくないからプールに隠れるように飛び込んだヤナシを、あんたが上から押さえつけて殺したことか」
まるで普通の雑談のように喋るタツマの言葉を、学食の客達は気にも止めない。
驚いていたのは、目の前のイタラだけだった。
彼女は二回、呼吸をして、顔色を元に戻した。
「...知ってるのに見過ごすって言うの」
「まあ、どうがんばっても証拠不十分だろうし」
そもそも、あの日ナガノとイタラが学校のプールに忍び込んでいたと言う証拠すら掴めていない。
「下手にアリバイ崩すと、あんたの親友が疑われるだろうな。そうなりゃ今度は冤罪だ。正直、今より状態を悪化させてもな」
「...あんた、それでも警官なの?」
「今日は非番だ。あえて、警官の立場で言わせてもらえれば...そうだな、利益がない」
絶句、とでも表現するべきだろうか。
イタラは何も返す言葉が無く、口をぱくぱくとしている。
難儀な奴だ。ため息をついてタツマはパイプから口を離した。
「勘違いするなよ。人は、人を殺したぐらいじゃ、悪人になんてなれない」
ちょうどそのとき、メイが蕎麦を飲み込み終えた。
再び食べようしたので、タツマはすかさず頭をこづく。
「な、なにをするのですか。痛いじゃないですか」
「正常だ。よかったな」
「え、あ、はい...あれ?」 腑に落ちない顔をしたメイだったが、気を取り直してイタラと向き合った。
「ヤナシさんの遺言は、あなたへです。イタラ・ノンクレイム」
新情報が飛んで出た。
「ヤナシの遺言は“娘をよろしく頼む”だったんじゃないのか?」
「そうですよ。それをイタラ、あなたに伝えることが、わたしの使命でした」
「...そうか、」
頼まれたのは、ヤナシの遺志はメイへのモノではなく、そのままナガノの最も近い人間へ伝える遺言だったのか。
BackstageDrifters.